おばあちゃんの介護が大変だ、しんどいと感じて、おばあちゃんに対して負の感情がわいていた……

けどそれは実は、おばあちゃんや対応/介護に対して不満や苦労があるのではなく、
自由に飛び回り探索の旅に出て感性に刺激を与えて充足感を得たい、というわたしののぞみが思うように叶えられないもどかしさや物足りなさから来ているものだ
っていうことがわかりました。

そうすると、おばあちゃんに対しての負の感情がなくなったし、色んな所へ行って色んなものを見たり聴いたりするためにショートステイを利用するという具体策も持つことができて焦りもなくなったんですが

わたしが思っているよりも、もっと住んでる世界が変わったみたいで

「まあ、そんな焦って出かけなくてもいいか」
って思うようになってるんですよね。


自分への理解が深まったと同時に価値観の変換が起きたみたいで

せっかく知らない土地に来て暮らしているのだから、何か新しい「もの/こと」を、体験「しなければいけない」っていう焦りみたいな気持ちがなくなったみたいです。

それに、介護生活を「1ヶ所に閉じ込められて2度と羽ばたくことができない状況である」と思い込んでいたんじゃないかな、と思います。

気持ちに変化が起きた今、それまでの頭の中をふりかえってみると、ちょっと笑ってしまうくらい思い込みが激しかったと思います。

もちろん、出かけたい気持ちがなくなったわけではないです。今もやっぱり色んなものごとを見たり聴いたりするために飛び出て行きたい気持ちはあるけど

出かけたければ、いつでも出かけられる。
わたしはちゃんと自由だ
って今はそう信じられていますニコニコ



ものごとの見方、捉え方を変えると、世界が変わるんですよね~~~……
この不思議な体験、何度経験しても感動がすごくて、これだからアドラー心理学を使うことをやめられないんですよ。(薬物みたいに言うのやめい)



写真は、昨日、通っているヨガのクラスで、神社にヨガを奉納させてもらった時のもの。

日差しの入る薄明かるいお社でのヨガ、とっても気持ちよかった✨





(笑)
ほら、けっこう自由にやってるじゃん

今日は月に1度のオンラインお話し会でした。


アドラー心理学をいっしょに学んで実践している仲間と、離れていてもこうやって集まれることがありがたいです。


しかも、今日はわたしの話を聴いてもらいました。おかげで、自分の本当にのぞんでいることや目的なんかが整理できたので、備忘録のつもりでこちらに書いておきたいと思います。


書くことでさらに整理できそうやしねにっこり



それぞれの近況報告の時、わたしは以下のようなことをお話しさせてもらいました。


最近、おばあちゃんの通うデイサービスのスタッフの方から、おばあちゃんの対応について

「大変でしょ、これは(おうちでも)大変だろうねってスタッフ同士でも言ってるんですよ」

って言われた。


おばあちゃんの認知の衰え具合や日頃の言動などを知る方から、同じことを感じていること、理解されていることを伝えてもらって、本当に嬉しかった。


介護度としては高くないから、「しんどい」「大変」って言えなかったし、自分はそれだけおばあちゃんのお世話を負担に感じていたんだ(「しんどい」と思っていた)ということがわかった。



この話から、

わたしの感じている「しんどさ」がなんなのか?どうしたらわたしが今よりもう少し楽になるか?


……を、テーマに参加者のみんなで話し合う流れになりました。



参加メンバーが疑問に思ったことや

わたしがどんなことを考えているのか

何をのぞんでいるのか

色んな質問をしてくれて、それに答えていくうちに、自分でも、自分がどうしたいのかがわかってきます。


「自分の場合は……」とか「わたしが思うに~~な気がする」とか、メンバーの考えを話してくれることも、

自分への問いかけとなって「たしかにそうだ」とか「そんなことは思ってないな」とかひとつひとつ自分の意見が明るみにでてくるので、人の考えから自分が見えてきたりもします。



そうして、わかったこと……


わたしは、認知症のおばあちゃんへの日々の対応をしんどいと思ってない。

毎日の暮らしが代わり映えがなくて退屈だから、鬱々としちゃうんだ。


ということ。

⬆️これは簡単に書いただけですが、そういうことか~~って腑に落ちたんです。


おばあちゃんが同じ質問したり、同じこと何回も何時間も言ったり、何回も着替えたり、言ったりしたりしたことを忘れたり、ありもしない話をしたり……などなど認知症あるあるへの対応については、

「受け流す」「話をそらせる」「ゆとりをもって準備しておく(着替え)」「そういうもの、という認知症についての理解を深める」「おもしろがる」などなど、色んな工夫をして、我ながら上手く対応しているよなって思うんです。


そして、おばあちゃんとの関係においては、別におばあちゃんの機嫌をとるわけではなく、自分が相手できないときは断るし、おばあちゃんが自分でできそうなことはやってもらうし、

介護する者とされる者という関係の中でも「ヨコの関係」でいられるような心構えでいるし、工夫もできてるよなって思いますニコニコ

おばあちゃんへの対応については、自分だけが我慢しているとは感じて暮らしてないです。



なので、劣等の位置に落ちちゃうのはどんな時かと思い返してみると

おばあちゃんにイライラするんじゃなくて、


自分が自由に動けないとき

かな~と気づきました。


おばあちゃんがいるから、身動きが取れない状況に陥るので、最終おばあちゃんが原因ともいえるんですが


今までみたいに、思い立って行きたいところに行ったり、見たいものを見たり、遠出したり、泊まりがけでライブに行ったり、できなくなってるんですよね。


そのことについて、オンラインのお話し会が終わった後も考えていたんだけど


わたしは、

気になることをとことん調べたり、それを確かめたりして新たな知恵や知識を得る、そのために外の世界へ行く

とか

素敵やな~って思うものを、直接見たり聴いたり体験したりする、それを探しに外の世界へ行く

とか


そういうことで、心がとっても充足されるんだなあと改めて思ったんです。

実際に自分で体験することを大切にしているな~と思います。


宮崎に来て、色々調べて、行きたいところ、見たいものが山ほどあるけど、ハッキリいって、全然動けない。

理想と現実のギャップに鬱々としているんか~~

って、わかったんです~~爆笑


だって、見知らぬ土地で暮らすことを、本当にワクワクと期待して引っ越してきたもんだから。



自分がのぞんでいるのはどんなことなのかわかったら、

その目的が自分勝手な目的ではないかどうか、

確かめてみて、合格したら次は、

それを達成するためにできることって何かな?って具体的な行動案を出してみます。

(わたしのやり方です)


今回は、

「自分へのご褒美が足りてないんじゃない?」

というメンバーさんの意見が、めちゃめちゃ刺さりまくったんですよね~~ニコニコ


色んな素敵なこと楽しいこと知らないことを体験したりゲットしたりするために外の世界へ行くことはわたしにとっては何よりのご褒美ですよ。



なので、具体的にできることとしては、

初めて「ショートステイ」を利用してみること、おばあちゃんにお泊まりしてもらって、わたしの時間を作ること。

これなら、できそうなんですよねニコニコ


何か特別なことがないとショートステイなんて利用するべきでない、みたいに無意識に思い込んでたけど、もっと気楽に使わせてもらおうかなと思います。

(たぶん今、仕事もしてないし、そういうのを負い目に感じて全部わたしがしなければと思ってる節がある)


けど、どうせショートステイを利用するなら、特別な用事を作りたいニコニコ

そうだ、そもそもわたし色んなイベントを企画するのも大好きじゃないか……


などなど、みんなに話を聴いてもらって、いっぱい話をさせてもらったおかげで、アイデアが溢れてきておりますオエー



いや~~話してみるもんですね。

そういうことか

っていう、自分への理解がすすむと、否定することがなくなって気持ちが楽になります。


自分が何をのぞんでいて、何を大切にしているのか、それがわかると、自分を責めていた考えがゆるんでいきます。



「そっか~~まみちゃん、そういうことがしたかったんか~~だからイヤな気持ちになってたんやね。じゃあそのやりたいことやるためにできること考えよかにっこり」「どうする?」「何ができそう?」


そうやって脳内で親友の自分とポジティブな作戦会議をする時は、本当に楽しいです。今までの負の感情はどこへやら。

それに負の感情は、何を大切にしてるのかを気づかせてくれる大切な材料でもありますからね。捨てるもんないですね。



ちなみに、今日の話の中で、わたしののぞむこととして

「夫さんにもっとわかってほしいんじゃないか?」

という質問もあったのだけど

その点はもうほん~~と~~に、夫はめっちゃわかってくれてるって感じてるし、おばあちゃんのお世話についてもめっちゃ頼んでるし、対応についてどうするのがいいかな?って相談したり協力しあったりもするし、本当に心強い同志としてそばにいてくれるのを感じています~~ニコニコ愛


今日のお話し会の内容も、さっそくシェアして

「……というわけで、ばあちゃんはショートステイ行ってもらってわたしもお出かけさせてもらいます~~」って話しましたニコニコ愛

(ランチいっしょにしたのでニコニコ)



長々と読んでくれた方いましたら、ありがとうございます


写真は、ランチのあと散歩に出て寄った神社と見かけたキンモクセイです。
清々しい秋晴れでした🌞



追記:

夕方、デイケアから帰ってきたおばあちゃんを迎えて、自分の中の負の感情がなくなってるのを感じました~~

本当の自分の望みがわかったから、八つ当たりするのやめたんですね~~爆笑




アドラー心理学では勇気づけ(

encouragement)を重要なものとしているんですが、

誉める、とか励ます、とは違う概念です。


育児プログラムのパセージ内では

相手(子ども)が

◯自分には能力がある(自分はこれでいいって思える(わたしの解釈です))

◯人々は仲間だ(居場所がある、味方がいると思える(わたしの解釈です))

って感じられた時に、勇気づけられるって考えてます。


大阪で育児プログラム「STEP」を学んでいるときにディスカッション中

「相手を勇気づけることができているかどうか、どうやったらわかるのか?」というテーマになったときに、そのグループのリーダーさんが

「相手との関係が良くなったら、勇気づけできたってことなんよねえ」

と話してくれたことがあります。


「わたしがこんなに勇気づけしているのに、相手は全然変わらない」

って思うことがあったし、仲間からも時々聞くのですけど、

そこにある本音は

「わたしがこれだけ(勇気づけして)やってるんだからはよ変わらんかい!わたしは努力しているんだからおまえが変わらんのはおまえが悪い!」

じゃないですか?


わたしはそうでした。

結局、「正しいわたし」「間違っているあの人」の形にハマってる、タテ関係でものを見てるんですよね。


それはアドラー心理学の目指すところとは違うと感じるのでやめたいなって決心しました。


なぜあの人との関係が良くならないんだろう?

なぜなかなか仲良くなれないんだろう?

なぜあの人は変わらない(不適切なままな)んだろう?

って感じたらその時

自分の言動、対応は、相手にとって「勇気づけ」になってないんだな

ってことを受け入れるようになりました。


これって「不完全な自分を受け入れる」ということでもあるから、勇気がいることだと思います。



でも、すごく便利で分かりやすいチェック方法だなって思います🤗

それに、相手との関係が以前よりも良くなったな~って感じた時は、自分が勇気づけをしてこれたんだって感じられて、自分への大きな勇気づけになります🤗



これってアドラー心理学勉強してなくてもよく聞くよね。

「わたしがこんだけしてるのに、あの人は全然~ない」みたいな話。

「正しいわたし」「間違っているあの人」から抜け出ないとずーーーーっとそこを堂々巡りすることになるなあ~と。


相手と関係を良くしたいなら、まずは、その人に向けている「きらいを探すメガネ」を外すとこからかな。

それもイヤだということは、そもそも仲良くなりたいと思ってないのでは?

気に入らないところを変えさせたいという支配が目的になっているのでは???


それならそれでいいと思うんだけど、口では仲良くしたいといいつつ心がこれではダブルスタンダードで聞いてる方もおや?と思うわ指差し

自分の目的を自分で把握しておかないと進む方向も間違うので、しっかりGPS働かさないとね。(自分を知って受け止める)

と、思います(I message)



昨日は、わが家の弟ネコチャンの誕生日でした(推定で設定)
晩ごはんに特別メニューニコニコ

生活リズムができて落ち着いてきたので、ずいぶん楽に暮らせるようになりましたニコニコ


おばあちゃんと近くなった距離にも慣れてきて、受け止め方や関わり方もわかってきたように思います。



おばあちゃん、とてもおしゃべりで、わたしたち夫婦の会話にも入ってきます。

けど内容がわからなくて、自分の理解できる事柄に変換して返事したり意見したりするので、会話は成り立ってなかったりします。


んも~~~今、夫とこの話したいんだけどな~~その話2分前にした~~って(イライラッ)とすることもありますけど凝視


おばあちゃん、認知症がすすんでくる前の元気だったころは、すごくしっかり者で物もよくわかっていて、家族や友人の間でも会話のイニシアティブを取るタイプだったので、

わたしたちの会話に入りたいし、よく理解して会話を弾ませたいと思うんだろうな~と思うんですよね。


おばあちゃんとわたしたち夫婦と3人でいるのに、夫婦2人だけで話していると、きっと疎外感を感じるだろうな……

そんなん自分だったら寂しく感じると思うので


なるべく3人でいる時はおばあちゃんもわかる話をしよう、夫婦で話し合いたい時はおばあちゃんのいない時/場所でしようって心がけるようになりました。



……と考えてみたら、これ、子育てでもそういう場面あったな~~


それに、友人関係でも、2人しかわからない話はみんなの前では控えたり、説明を加えながら話したりと気を使うよな~、と気がついて、


やっぱり人って目の前の人、人たちと「仲間でいたい」と望んだり「ここにいてもいいんだ」と安心したりしたいもので、それをわかってるから上記のようなきを配ることもしてきたんだなあ、と思いました。



ねこたちのおかげで、話題もあるもんね~~✨ありがとうねこたちニコニコ