お風呂に浸かっていて😌♨️思い出したことがあったので覚え書き。
保育士として園に勤めていた頃、
自分の子どもたちがまだ小学生だった頃、
子どもは、自己肯定感を持ち、自分のやりたいことを持ち、目的に向かって意欲を持って、のびのび自己主張したり行動したりするのが良い!
と思っていて。
……いや、良いよ。
良いと思うし、すてきやなって思います。
けど、
子どもは、自己肯定感を持ち、自分のやりたいことを持ち、目的に向かって意欲を持って、のびのび自己主張したり行動したりしなければならない!
っていうのは、違うんじゃないかな~~~?と当時の自分に言いたい。
何かにつけて、
~~でなければならない、または
~~あらねばならない、と極端に思い込んでいたなあ、と思います。
たとえば、当時のわたしは、
大人が子どもをコントロールしてはいけない!と思っていて、
いや、それはそうだと今も思うんだけど、
大人が子どもを支配することを悪だと思い込むあまりに、なんでもかんでもコントロールだそれはー!って悪いとこみっけばっかりしてたと思います。
それってつまり、わたしのものさしで図って、悪だとジャッジされた人を非難するってことなんだよね。
子どもを叱る人のことを悪者だと思ってた。
今なら、叱る様子から、その人の大切にしていることを探そうとするだろうなあと思います。
それから、子どもはのびのび育つべき!と思い込みすぎて、わたしのものさしで「のびのびではない」とジャッジされた子どもは、「ダメ」だとレッテル貼ってたんよね。
(本当に本当にごめんなさい。保育している途中で気づけてよかった)
たとえば、大人に「○○してもいい?」って聞いてくるような子どもは大人の反応を気にしすぎていて、自分の意志が弱い!ダメ!
って思っていました。
そう思い込んでいるもんだから、「○○してもいい?」ってわたしに聞いてきた子どもへのわたしのまなざしはさぞ恐ろしかっただろうな……本当にごめんね……![]()
今なら、
○○してもいい?って聞くって、相手の思いを尊重しようとしている人だなあ、まわりと協力して暮らそうとしているんだなあ~ってホッコリ感じられる……。
そういう人になれてよかったです……。
わたしがその人をどんなまなざしで見るかによって、その人の自分への評価は変わっていくんだから、子どもたちに自己肯定感をもってほしいのなら、わたしが子どもたちのすてきなとこたくさん見つけて伝えていけばよかったんだよ。
「この子は自己肯定感を持てていない
」ってジャッジすることなんかいらんことだったんよな~~。
気づいた時は自分のしてきたことを悔いて落ち込みましたが、今思えば、いらぬプライドを捨てて、素直に間違いを認めることができたことは、
素晴らしかったなって思います。チャレッソ自分![]()
アドラー心理学の考え方を実践していくにつれて、
白黒じゃない、0か100かじゃない、中庸の道、白と黒の間の無限の可能性を感じることができるようになりました。(白って200色あんねん。by.
アンミカ)
ジャッジしなくていい世界、わからないものをわからないままに置いておく世界を生きることができるようになりました。
その世界では、人を悪者といい者に分けないんだよね。誰のものさしも尺度がちがって図れないんだよね~~。
って、おもしろく物事を見ることができるようになりました。
HAPPY🍀😌🍀


