自助グループで先輩が教えてくれた言葉に

『親の「させたいことをさせる」んじゃなく、子どもが「したいことを手伝う」』

というのがあります。

「これは誰に結果がかえるか」と、課題を分けていくと、ほんとに親のさせたいことって、『親の思い』であって、子どもの物じゃないのですよね…

親のさせたいことをさせて、輝かしい結果を子どもが得たとしても、それで子どもの心のうちが幸福かどうかは、子ども自身にしかわからなくて、

幸福だと感じると、「親のおかげ」
不幸だと感じると、「親のせい」

自分がいなくなっちゃって、自分に価値を見いだせなくなってしまう「かも」しれないなあ~~と思うので、

子どもが自分に自信が持てるよう、「子どもがしたいことを手伝う」親でありたいなあ、と思っています。


暦の上では立秋。
もうすぐ新月なので細い細い三日月が空に。
スペースの子どもに、協力をあおぐため「お願い」をすることがあります。

少し乱暴にものを扱うのを見たときに、
「壊れて使えなくなると困るので、もう少し音が出ないような優しさで触ってもらえるかな?」
とか
「あなたの荷物ここに置いてあると踏んでしまうけどいい?自分のロッカーに入れといてくれたら助かるんやけど」
とかいう具合に。

でも時々子どもに「ホッピーに叱られた」と思わせてしまうときがあります。

自分にマイナスの感情があったら「叱られた」と思わせてしまうから、自分で自分の中をよく見て、マイナスの感情がないかどうか指差し点検してからでないと「お願い」もできないな。

実際これは失敗したり上手くいったりで、100発100中には至りません(^o^;)ファ~~
(けど7~8割は上手く伝わってる気がする!)

お願いする相手が、否定されていると感じないよう、こちらの目的を伝えて、協力をあおぎたいんですよね。
日々、お稽古です。


春頃、スペースで子どもにお願いしたとき、お願い相手とは別の子がニヤニヤしながら
「怒られたな」
と、その子に言ったのですが
お願い相手の子どもは
「怒られてないよ?」
と答えていました。

ホッ(^o^;)
お願い相手にはちゃんと伝わっていたよう。

怒られたな、と言った子どもには私が叱っていたように見えたようだし、やっぱり子どもによって使う言葉や表情などその子に合わせていかないと、勇気づけにはならないんだなあ~とも思います。

日々、お稽古(o^O^o)


写真は憧れていたイスクラさんの漢方薬(o^O^o)
夏バテ予防によいという麦味参顆粒、この夏は試してみます✨

いっしょに過ごす子どもたちと協力しあえる関係になっているな✨って実感できる瞬間は、本当に勇気づけられます。

まだ私のことを信じてもらえるまでになっていない子どもの行動に対して、マイナスの感情を持ってしまうこともあります😭

わたしがマイナスの感情を抱きやすいシチュエーションは、自分のことしか考えていないような行動を見た時が多いように思います。
自分さえ良ければ他の人のことはどうでもいい、ズルをしてでも自分に利益のある行動をとる、みたいなのを見たときムクムクとマイナスの感情が沸いてきます。

そして
「この子に、共同体感覚(みんながしあわせになるために私はなにをすればいいだろうと考えること)を『学ばせる』ためにはどうしたらいいのか!!」
と、競合的(わたしが上、子どもが下)な「考え」で頭がいっぱいになります。



先日もそんなことがあり、いつものように「この子に共同体感覚を学ばせるためにはどうしたら…」とモンモンとしていたら
別の子が、その子に対して寄り添い助ける行動をしているのを目にしました。


わたしは、目からウロコ…というか、そこに答えを見た思いがしました✨

寄り添い助ける行動をした子も、少し前まで私が「どうすればこの子に共同体感覚を学ばせることができるのか」とモンモンと考えるような行動をしていたのです。

友だちを思い、寄り添うように声をかけるというのは、わたしから見て、共同体感覚から出てきた行動だなあと感じます。

わたしから見て、自分のことしか考えていないような行動をしていたその子が、友だちを思って行動するようになるまでに、わたしがしたことってなんだっけ?

そう!
勇気づけ!
ですよね!

めちゃくちゃ簡単で、もう答えもわかっていようものですが、競合的な考え方に陥っているとわからないものですね😭
(何をしたか具体的に言うとパセージの内容の実践です)

「共同体感覚とは!」と授業したり、お説教したりして、コンコンと言葉で説明するんじゃなくて、
我が身で、共同体感覚を実践していくこと=勇気づけること、を示していくことで、その子はモデルとして、また、体験から、学んでくれたんじゃなかろうか…?✨


こんなふうに、子どもが他の人を勇気づける行動を目にすると、自分の実践が花開いた瞬間を感じて、また勇気づけられます✨


簡単やしシンプルなので、頭でわかった気になってしまうんですけど、ひとつひとつ、こうやって体験していくとグッと自分に落とし込むことができますね(o^O^o)✨

失敗もいっぱいあるけど、挽回のチャンスがあるのが人と人の関係。
特に子どもは本当に寛容で大人の失敗を許して好いてくれます…ありがとう✨
わたしにできることをしよう✨





うちの夫氏が、タイトルのとおり、学んでないのに「いつのまに本読んだん?」「なんか講演聞いた??」って思うくらいアドラー心理学の考え方を実践していることがあるので、本当に驚くし、ありがたいのです。

次男に聞いた話です。

次男が飲み終えた500ミリリットルのペットボトルを、捨てるのがめんどくさいからと、ベッドのヘッド部分に、ズラーーーーっと並べていました。

わたしは、次男の部屋のことですし、蟻が来て困るわけでもなし、気にならないのでそのままにしていたのですが、夫は前から気になっていたよう。

でも、声のかけ方は

「次男~このペットボトル集めよるん?」

だったそうです。

次男は
「お父さんすごくない??普通怒るよ??」

と、大絶賛していました✨


次男が「集めてない」と言うと
夫「ほな、捨ててくれる?」
とお願いしたそうです。
(次男はは~いと返事してさっさと捨てたそうです)

ほんま、素敵な人やなあ、とわたしも思います。尊敬する。
次男と夫との関係もとても素敵やなあ。
ありがたさで溢れかえる。



アドラー心理学の考え方って、当たり前のこと、前から知ってるようなとってもシンプルなことなんですよね。
四国地方会の岸見先生のお話でもそう言われていました。
コモンセンス(あたりまえ、常識)、でも奥が深い。


だから、特にアドラー心理学ですよ、と言ってない本や物事の中にもアドラー心理学の考え方と同じものがあるものも多いですね。

夫も、特にアドラー心理学を学んだわけではないけれど、「勇気づけ」や共同体感覚を自分の感覚で習得したんだろうなあと思います。



スペースのわたしの書斎(o^O^o)✨
キッチンにある棚の本来は炊飯器などを置く引き出し式テーブルを机にして、作業してます。

いつもスペースの子どもたちが宿題をしている時や、もの作りをしている時、本を読むことが多いのですが、
今はもっぱら岸見先生の「アドラー心理学入門」です(o^O^o)

わたしも勉強し始めの頃、まず読んだ一冊です✨
久しぶりに読みましたが、この間岸見先生にお会いしてお話を聞かせていたどいたばかりなので、とても新鮮です。

それに、学び始めの頃より、ずっとずっと深く広く(という感覚)「わかる…!」って感じます✨



月末の土日、日本アドラー心理学会の、四国地方会に参加してきました!

我が徳島の梅崎さんのボディワークや、四国の仲間のみなさんのシンポジウム、そして岸見一郎先生の講演会など、盛りだくさんの内容で、学びがいっぱいでした。

帰ってきた翌月曜日、疲れすぎて仕事中もへばってました。よほど頭を使ったんだなあ(^o^;)

参加録を書いたので、学んだことをまとめてみました。
盛りだくさんなので、こちらのブログには細かく書きませんが、今回いちばん胸に刺さったのは、岸見先生がシンポジウムの最後にお話しされた内容です。

パセージやアドラー心理学を知らない人を下に見たり、比べて優越感を持つような、そんな個人に、グループになってはいけない。

…ということ…!

仲間の中でいると居心地がよくて、客観的に自分を見ることを忘れていました。

過去に陥り、関わる人の勇気をくじいてきた経験があるので、本当に心の底から、そういう人になりたくない、ならないでおこうと思います…。

岸見先生の言われたことの意味、それを体感できる、思い出せる自分でいられてよかったと思います。

アドラー心理学の目標、共同体感覚を身に付け、みんなのために自分ができることを考え、行動できる人になること、忘れずにいたいと思います。



おか泉さんで生じょうゆいただきました(o^O^o)

本当に香川県はうどん屋だらけでおもしろい(o^O^o)美味しい(o^O^o)