「あの女性に会いたいとは思わないの?」
私がそう聞くと、夫は言った。
「会いたくないし、彼女との未来はない。」
私はさらに聞いた。
「未来が見えたから付き合い始めたの?」
すると夫は首を振った。
「違うって。あの時の自分はおかしかったんだよ。」
夫は何度も同じ言葉を繰り返す。
“I was fucked up.”
自分を見失っていた。
壊れていた。
正常な判断ができなかった。
そんな意味を込めて話しているのだと思う。
「可愛いと思ったから関係を始めたんじゃないの?」
そう聞いても、
「見た目とかじゃなかったんだよ。でも何度も言うように、自分でもわからないんだ。」
と答える。
「でも不倫はしたんだよね?」
「不倫した。」
そこだけは否定しない。
私は夫を責めたいわけじゃない。
理解したいだけ。
なぜあんなことが起きたのか。
なぜ家族を失うかもしれない選択をしたのか。
なぜ私を傷つけたのか。
だけど夫は言う。
「それは無理だよ。自分だって、なんで不倫したのか理解できないんだから。」
その言葉に救われることもあれば、苦しくなることもある。
夫は今、「信用してほしい」と言う。
「もう傷つけることはしない」と言う。
実際、態度を見れば昔の夫に戻っていることも分かる。
優しさも感じる。
愛情も感じる。
それでも私の心は、まだ完全には安心できない。
不倫を経験した人なら分かるかもしれない。
相手を許すことと、安心できることは別なのだ。
夫が笑っていても、
優しくしてくれていても、
ふとした瞬間に思う。
「また人格が変わってしまったらどうしよう」
「また同じことが起きたらどうしよう」
そんな不安が消えない。
だから私は今でも、無意識に夫の顔色をうかがってしまう。
機嫌はどうだろう。
何か変わった様子はないだろうか。
傷ついた心は、危険を察知しようとしてしまう。
それは愛していないからではない。
むしろ今も愛しているからこそ怖いのだ。
再構築とは、相手を信じることだけではない。
裏切りによって壊れてしまった「安心感」を少しずつ取り戻していく作業なのだと思う。
