金庸作品の隠れ達人について語ってみる | 千紫万紅

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金庸作品には、気合だけで敵を吹っ飛ばしたり、指から謎ビームを発射したりといった、超絶的な武術を習得した達人が多数登場する。その中でも、本編の時系列から外れたところでは、さらに規格外の伝説的な達人が出てきたりする。代表的なのは、「神鵰侠侶」「笑傲江湖」に登場する独孤求敗。生涯一度も負けたことがない、とんでもない剣法を創作、鳥だけがお友達、などなど色んな伝説を持ったお方である。金庸小説の強さ議論でも、毎回別クラスとして扱われることが多い。
しかし、である。よくよく金庸小説を読んでいけば、話題にならないだけで独孤求敗クラスのやばさを持った達人が意外といたりする。ここでは、そんな隠れ達人についてちょっと語っていきたい。
 
 
達磨大師
ご存じ、少林寺の開祖。「天龍八部」をはじめ、多数の金庸作品でその名が登場する。作中における少林寺は、正派きっても一大勢力にして名門という立場ながら、敵に寺ごと乗っ取られる、寺が豪傑達の戦場になる、強敵の噛ませなど、はっきり言って良い扱いは受けていない。が、始祖である達磨大師については、凄まじい偉業がいくつも伝わっている。ざっと挙げただけでも
・七十二絶技を全て習得
・九陽真経を作成
・易筋経を作成

の三つがある。
まず一つ目について。七十二絶技は、達人とされる少林僧でも、せいぜい五、六種しか会得しておらず、最も抜きんでた者ですら十種程度が限界とされる難解な武功。が、なんと達磨大師はそれを全部使用可能だったという(開発者なんだから当たり前と言えばそうだけど)。これだけでも十分伝説級の実力者だ。
二つ目、三つ目についてはあれこれ語るまでも無いだろう。九陽真経はその一部が伝わった少林・武当・峨眉の三派だけでも強力な威力を誇り、その全てを会得した張無忌に至っては、作中無敵の内力を誇った。
易筋経も、習得にヘンテコ条件がついた欠陥気味の奥義だが、ヒョロガリ御曹司の游坦之ですら簫峯クラスの達人になれる可能性を秘めている。
そんなわけで、これらの強力な奥義を単独で生み出した達磨大師は、間違いなく金庸作品屈指の達人であると考えていいのではなかろうか。
 
 
黄裳
射鵰英雄伝に登場。本編でも争いの元凶になった九陰真経の作者。作中では、その伝説的な強さが周伯通によって語られている。何分、語っている人間が人間なので、いささか誇張や脚色がある気がしないでもないが、ざっと要約すれば下記の通りになる。
1、黄裳先生は道教に精通したエライ学者さまだ。
2、道教の書物を隅から隅まで読んでいたら、いつの間にか武術にも精通しちゃった。天才だから。
3、ちょうど蛮族の異教徒達(明教のことね)が、宋へ攻撃をしかけてきた。連中は達人揃いで宋軍は歯が立たない。怒った黄裳先生は会得した武術で、異教徒の達人どもをボコボコにしちゃった。つおい。天才だから。
4、異教徒達も黙っていない。味方を総動員して黄裳先生をボコボコにする。
5、何とか逃げ延びた黄裳先生。誰もいない山中で、ひたすら敵を破るべく武術の研鑽に励む。天才だから、敵の技も一つ一つ全部覚えてる。その敵の技を、わざわざ一個一個破る手を考えた。一周まわって頭悪いような気もするけど、天才なんてそんなもんだ。
6、よっしゃ!全員分の技を破る手段を思いついた! ついに山を下りた黄裳先生。が、何と外では既に四十年が経過していて、敵は全部死んでいた。おーのー。
7、四十年も時間を使ったのに、その成果を残さないのは勿体ない!と、自分の武術の全てを書物にまとめる。それが、九陰真経じゃよ!
というわけで、規格外の強さを持った達人なのは間違いない。九陰真経の内容はかなりバラエティ豊かで、内功増強や、体を鍛える易筋鍛骨法、実践的な武功である九陰白骨爪、さらに相手を操る移魂大法なんて変わり技も収録されている。東西南北の四大高手はじめ、九陰真経の技に対する評価は高く、これらを作り出した黄裳の実力は疑いようがないだろう。ただ、上記でも述べたように、周伯通以外に黄裳のことを誰も語ってくれないので、読者の中でもいまいち印象が薄い気がする。
 
 
葵花宝典の作者
笑傲江湖に登場。名前は不明で、前王朝(笑傲江湖の舞台設定は明代のようなので、時代としては元だろう)の宦官だったとされている。笑傲江湖を読まれた方ならご存じの通り、葵花宝典を会得した武芸者は作中トップクラスの実力を手にしている。が、よく読んでみるとわかるのだが、本編の時系列で登場した葵花宝典は、完全な形で伝承されていない。簡単な経過は下記の通り。
葵花宝典が作られた後、作者の死後に福建少林寺で保管→崋山派の岳簫・蔡子峯がそれを盗み見る→福建少林寺では葵花宝典を武林の災いとして処分。これにより、完全な形では失われてしまった。その一方、崋山派のもとへ事実を追求すべく渡玄禅師を派遣→崋山へ来た渡玄禅師は、使命を無視。岳簫・蔡子峯の話をもとに法典の一部を復元。その後還俗し、法典の内容をもとに僻邪剣法を開発。→崋山派へ突如日月神教が襲来。葵花宝典を奪い取る。これが、日月神教にてその後も保管され続けた。
上記の通り、東方不敗の手元にあった葵花宝典、および僻邪剣法は、あくまでその一部分でしかない。葵花宝典の秘密を語る方証大師の言によれば、欠損はかなり甚だしかった模様。にも拘わらず、東方不敗や岳不群は江湖最強クラスの力を手に入れることが出来た。
そういうわけで、完全な葵花宝典を習得していたこの宦官の実力は、さぞかし恐るべきものだったのではないかと想像される。