遊仙窟 | 千紫万紅

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遊仙窟 (岩波文庫)/岩波書店



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唐代初期の伝奇小説。作者は張鷟。初唐ではかなり名を知られた作家だったようだが、中国では彼についての記録が殆どなく、作品も殆ど残っていない。本作「遊仙窟」も本国では散逸しており、後になって日本から逆輸入されて中国に再び伝わっている。





物語の内容は、主人公の張文成(張鷟は名を文成という。つまり作者自身)が黄河の源流へ向かっていく途中で桃源郷に迷い込み、そこにいた女と一夜を楽しむ、というもの。こう書くと耽美な印象を受けるかもしれないが、ようは主人公がオサレな詩文でひたすら女をくどき、一晩で何度もハッスルするというだけのこと。話自体は文学性のカケラも無い。恐らく中国で散逸したのもこの低俗極まる内容のせいだろう。


しかし、難解で読み応えのある四六駢儷文で書かれていることや、歴史上の資料的価値、当時の日本に与えた影響など、文学史を語るうえでその存在は大きい。





作中の登場人物は張文成とヒロインの十娘、取り持ち役の五嫂の三人のみ。かなり限定された世界観で話が進む。張文成が十娘に挨拶をして家に入り、さらに詩文をかわす流れは形式的な美しさがある。研究者によっては十娘のモチーフは妓女であり、作者は妓楼での体験を物語に昇華しているのではないかとの説も。もっとも、十娘自身は作中で自らを未亡人と語っており(十七歳だけど)、兄嫁や女中達と一緒に暮らしている。つまり張鷟は相手が操のかたい未亡人と知りながら狙ったわけで、もう道徳的に何が何やらという感じ。一応、十娘はしぶとく拒んで、二人の仲も一晩きりではあったが。


ちなみに張鷟自身が作中で名乗ったところによると、彼はもともと高貴な家柄で、祖先は漢代の有名な外交官・張騫だとか。本人も科挙に首席で及第したが、地位は低かったようだ。





本書が日本に伝わったのは奈良時代頃になる。その時代の日本古典には余り詳しくないが、張文成と十娘のウィットなやり取りは源氏物語の光源氏が女達をくどくシーンを髣髴とさせる。それを考えると、本作は昔の日本人の恋愛作法に相当大きな影響を与えていたんじゃなかろうか。


というか遣唐使、こんなものより他に持ってくるべき本があっただろう!