朱唇 | 千紫万紅

千紫万紅

中国の文学、映画、ドラマなどの感想・考察を自由気ままにつづっているブログです。古代から現代まで、どの時代も大好きです。

朱唇 (中公文庫)/中央公論新社
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中国の芸妓をテーマにした、井上裕美子の短編小説集。主に宋代や明代を舞台としている。とりわけ明末の南京旧院は中国歴代王朝でも屈指の花街であり、華やかな都市だった。日本では余り取り上げられないが、中国小説を創作するなら是非知っておきたいところ。

本作に入っているのは七編。いずれも廓に生きる女性達のリアルな描写が素晴らしい。このあたりは、さすが作者が女性だけのことはある。歴史背景もきっちり描かれており、短編の割には密度が濃い内容。

 

以前本ブログで紹介した「臨安水滸伝」でも感じたことだが、この作者は歴史考証と物語の比重が前者に偏っていて、全体的に話が地味で盛り上がらない。芸妓が主人公なんだからしょうがないじゃんという意見はあるかもしれないが、北宋末期や明末のようにドラマチックな時代を扱っているのだから、もっと話にエンターテイメント性を盛り込んで欲しいものだ。妓女を主人公にしたコンセプトなら、「桃花仙」のようにダイナミックな物語だって作れるはずなのに。

また作中に登場する妓女達には実在の人物もいるのだが、歴史書の記述をほぼまんま引っ張ってきているのはさすがにどうかと思う。しかもそこから話が広がるわけでもなかったり。歴史考証を重んじる姿勢ゆえなのかもしれないが、もう少し何とかならなかったのか。

作者は長安異神伝などのファンタジーものも書いていたので、そちらの作品だったらまた毛色が違うのかもしれない。

収録作では、最も内容にハッタリがきいていた「歩歩金蓮」が好み。