今、欲しいものは、だいたいお金を出せば
手に入るようになった。


物が壊れても、
ほとんどはお金で解決してしまう…


僕の友人のライターが壊れてしまった。
どうしても修理したいという。

奥さんからもらったプレゼントだからと…
二人でなんとか形になった。


お金で買えないもの…
僕も大切にしたいと思う…






たいせつな人が増えるということは、
お別れをする人が増えるということ…

どんな人とも、いつかは、
さよならをしなくちゃいけない時が来る…

昔の僕はそう思って、人と深く関わること辞めていた時があった。


それでも、人は人と関わりを持ちたいと、
思ってしまうものなんだとわかってからは
どちらの自分も否定しなくなった。


幸せと寂しさはセットなのかな…
幸せを感じるから、寂しさを感じるし、
寂しさを感じるから、幸せを感じるのかもしれない…


きっと、悲しみや寂しさを感じた自分に、
寄り添うことができたら、
本当に自分に優しい姿なんだと思うけど…

たいせつなことだからこそ、受け入れるのに時間がかかることもあると思うんだ…





僕は元気が出ないとき、
「そのままでいいよ」と言われても、
「元気を出してと」言われても、

違和感を感じてしまうことがあったんだ…

自分の中には、元気が出てこない自分と、
元気を出したい自分両方あるんだと思う。


もしかしたら人って、
自分で気づいていないけど、
どんな状況でも、心の奥底では、
なんとかしたいって、よくなりたいって、
思える生き物かもしれないです。






僕の家族は色々とあたりが強くてね、
本人は悪気もないし悪意もない…  
でも、僕の感覚と合わないことがある。

小さな感覚のズレを我慢すると、知らぬ間に不満が膨らんでいくことがあったんだ。


人のこと悪く言わない方がいいとか、不平不満は言わない方がいいよって、言われることがある。


悪口や不満や文句…

僕は本当に聴いてくれる人には話しても
大丈夫だと思っているんだ。

どうしてそう思ったのか、
どうしてそう感じてるのか、
言葉の先を聴こうとしてくれるから…

我慢することで言わないで居ることは、
身体に悪い気がするときもあるから…

大丈夫だよ。本当に聴ける人はそのままにしないと思うから…






本当に辛いとき、
話を聴いてくれる人はいるかな?

本当にいっぱいいっぱいのとき、
否定されない場所はあるかな?


僕は思うんだ。
「助けてほしいんだ」って、
「話をきいてほしいんだ」と言える人が、
多い世の中になってほしいと…


そして、
聴く人は相手の感じているものを、心から
わかろうとする人が増えてほしいと…


心はね、目には見えないから…
どれくらい キツイのか、
どれくらい 悲しいのか、

どのような つらさなのか、
どのような 寂しさなのか…

なかなかね、本当にわかろうとする人。
僕は日常では出逢えなかったなぁ…


きっと日常の中で出逢えなかったから、
僕はカウンセラーを目指したんだ。

日常で聴いてくれる人が、いなかったから
僕はカウンセラーになったんだ。


改めて、お正月長い時間親族と触れて、
感じさせて頂きました。