a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4893469622?ie=UTF8&tag=hoowip-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4893469622">鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール


この本はなんとなく読んだ本です。

僕はバイト先で本を売ってるんですが、お客さんに「鏡の法則」って本ありますか?

って聞かれたからです。

それで漫画と活字の二種類があったので、

どちらかお選び下さいって言って二つ渡して、

お客さんが選ばなかった活字の法をちょっと読んでみたのです。

思いのほかいい本でした。

ある事例を小説形式で紹介し、筆者は以下のことを伝えようとしていました。


・人が自分にすることは、自分が誰かにしていることだ。
・人を許せないと思うことは、自分が過去に縛られることを許容したということだ。
・人を許すということは、その人の行いを認めるわけでも、その人の人格を認めることでもなく、自分自身を過去の呪縛から解き放つことだ。
・人を許すためのプロセス


人が自分にすることは、自分が誰かにしていることだ。

ってメッセージは、なんとんかう宗教的というかスピリチュアルというか、

理解しがたい感じがしますよね。

だからこそこの筆者は小説形式で紹介する方法を取ったのだと思います。

実際僕はこのことに関して完全に納得したわけではありませんが、

こう考えることで楽になるということは十分にあると思います。

もし考え方を少し帰るだけで気持ちが楽になるのであればそれはすばらしいことですよね?

なのでこの命題が心理かどうかは別として、僕はこの考え方が好きです。



人を許せないと思うことは、自分が過去に縛られることを許容したということだ。

一方、

人を許すということは、その人の行いを認めるわけでも、その人の人格を認めることでもなく、自分自身を過去の呪縛から解き放つことだ。


これは今まで僕が考えていた「許す」という言葉のイメージを根底から覆す考え方でした。

色んなアニメや小説、映画で、どうしようもない悪人を許すことが正義の味方の役割でした。

罪を憎んで人を憎まずというのでしょうか?

そして稀に主人公がまんまと復讐を遂げるようなストーリーは、

多くの人に爽快感と共感を与えつつも、

どこかキワモノ扱いされている部分がありました。


しかし、許すというのはそんな2人称的なものではないのです。自らの心の持ちようだというのです。許すということの対象は相手でも相手の行動でもなく、強いて言うのであれば自分の心だということなのでしょう。

そう考えることができればどんなに許せないと感じていた人でも、

それは相手があまりにも未熟であるが故であると思うことができるわけです。

これが許すという言葉の新しい定義となり得るか、というとそれは疑問です。

やはり人間はお互いに関わりあって生きていくものですから、

許せばその相手との今後の付き合いを拒絶することは難しいでしょう。

しかし、自分の心の中でのみこういった許しを行えば、

気持ちはずいぶん楽になるのではないでしょうか?



では、具体的に人を許すにはどうすればいいのか?ということも書かれていました。

でも僕はこの項で若干の矛盾を感じました。

なぜなら、この人を許す方法は、従来の意味での許す方法だからです。

それにも関わらず、僕がここで双方の項目に触れたのは、

どちらもいいことだと感じたからです。


で、具体的な手順はうろ覚えです。それでもよければ次に示すので読んでみてください。

1.許せない相手に対する感情を紙にかきまくる。あの時○○しやがってバカヤローっとか。

2.具体的に何が許せないかすべて書く

3.できる限りでいいので、感謝できることを書く

4.その感謝できることに関して、100回ありがとうと心の中で言う

5.本人にそのことをありがとうと言う。言うだけでいい。気持ちなんかこもってなくていい。もともと許せない人なんだからその人に対してどう思われても構わないはずだ

6.毎日許せない人たちにありがとうという時間を持つ

7.そのうち許せる



なんかこんな感じだったと思います。許せない人がいる方は、書店でパラパラっと読んで試してみてはいかがでしょうか?