『ふぅ…』

一つ大きく息を吐きのび太は覚悟を決めた。瓶の首をしっかと掴み、一気に口まで持ってきた。そして、


ゴクリゴク…


ゲフン。ゲフゲフ。
ちょうど中の液体を一口飲み、二口目にさしかかった時にむせた。そして、周りに吹いてしまった。服や畳は一様に濡れている。しかしのび太は冷静だった。むせながらも中の液体を必死に五感を使い分析しようとしていた。そんな中一つの結論が出た。
中の液体はお酒のような臭いのする液体ではない。お酒の臭いのする『お酒』だ。しかもアルコール度数の高い泡盛だ。
のび太は中の液体を口に含んだ瞬間、昔家族で行った沖縄旅行を思い出していた。地元の民宿で夕食を食べている時に、民宿のオヤジさんから子供でも大丈夫だから少しだけ飲んでみなと飲まされた、あの泡盛の味を思い出した。たしかその時は、一口飲んだたけで気持ち悪くなりトイレに駆け込んみそれまで食べていた美味しい沖縄料理をほとんど吐いてしまった苦い記憶があった。しかし今回は気持ち悪くはなっていない。少し大人の仲間入りをした気にもなった。


『お酒かよ…』

やや呆れのび太は瓶をもう一度改めて見た。まだ、半分以上残っている。

『!?』

その時、のび太はある事に気付いた。

『嘘…八百…』

「USO800」と書かれたラベルはそう読めた。のび太は全てを悟った。つまり、この瓶の液体はドラえもんの道具でもなんでもなくただのお酒。ドラえもんの道具という事自体嘘だということに。ただのドッキリだった。のび太は「しまった!!やられた」という感情よりは、こんな大事な時にどうでも良いドッキリを仕掛けてくるドラえもんのお茶目な姿を想像してまたニヤリとした。
しかしこのドッキリ、単なるドッキリではなく副次的な効果も生んでいた。偶然中の液体がアルコール度数の高い泡盛だったこともあり、早めに酔いの回ったのび太はやけに強気になれた。そして、幸か不幸かその強気が次への一歩を踏み出す原動力となった。念のためにもう一度書くが、この展開はお茶目なドラえもんが瓶の中に偶然泡盛を入れたことで起きたラッキーで、計算された物ではない。流石の猫型ロボットもここまで計算していない。

『ヒック。やるじゃねぅかドラえもん…こりゃ確かに今までで一番元気の出る道具だ。ヒックうぃ…』

完全に酔いのまわったのび太には、冷静な判断力は残っていなかった。
~第一章終~
どれくらいの時間が経っただろうか。しばらくの沈黙が過ぎた。

そう言えば、以前ドラえもんがもしもドラえもんがいなくなって本当に困ったことが起きた時に開けなよと言っていた箱ががある事を思い出した。
『たしか…』
ガサゴソ…

『!?』

やはりあった、ドラえもんが普段寝ている押し入れの下段に。大きさは縦横それぞれ30センチ、蓋にドラえもんが印刷された箱だ。こういう細かい所に凝るのがドラえもんのいいところだ。随分ホコリをかぶっているみたいで、触る所触る所に指の跡がついた。のび太は、恐る恐る蓋を開けた…
ハラリ…

一枚の便箋がのび太の足下に落ちた。この便箋もドラえもんの形だ…いちいちこだわるんだなと半ば呆れながらも便箋を開いた、

「のび太君へ

元気にしてるかい?
君が今この手紙を読んでいるってことは、僕がそばにいなくて本当に困ってるってことだよね?
下を向いて悩んでも何も変わらないよ、さぁ上を向いて次の一歩を踏み出すんだ。
箱の中に一緒入たのは次の一歩を踏み出す手助けになる物だよ。くじけちゃダメだ。君はやれば出来るんだ。


僕はいつも君の味方
ドラえもんより」


『ドラえもん…』
またのび太は湿っぽくなった…改めて箱の中に目をやると、そこにはコルクで蓋をした透明な瓶が入っていた。瓶の表面には、「USO800」と書かれたラベルが貼られている。どうやら何かの液体らしい。

『U、S、O、800?』

のび太はラベルを声に出して読んで見たが、中の液体には見当がつかなかった。どうして肝心な説明書が入ってないんだと少しムッとした。

『…飲んでみるか。』

何を思ったかのび太はおもむろにに瓶のコルクを掴み開けようとした。かなり固い。

『ぐぬぬっ…くっ…くっ…そいやっ!』

ポンッ!!
コルクは気持ちいい音で開いた。とりあえずのび太は瓶の口に鼻を近づけ中の液体の匂いを嗅いだ。何やらお酒のような匂いがする…それも結構な刺激臭だ。一瞬クラッとした。と同時に周囲を漂う匂いが不安となってのび太を包み込んだ。「何だこれ?大丈夫か?」いや、しかし、小学生の僕にお酒なんか渡すわけないし、何よりドラえもんの道具だ。それにドラえもんの道具はだいたい第一印象はそんな良くない。のび太は部屋の電球に瓶をかざし、もう一度中の液体を凝視した。瓶の中の液体は電球からの光をくにゃくにゃと反射し案外綺麗だった。

ライトを当てるとスクラップはみるみる小さくなり、3分の1の大きさになった。今はその大きさと青さゆえに卓上地球儀といったところか。「どうして一緒にライトが当たっている畳は小さくならないのか?」というどうでも良い疑問を抱きつつ、のび太は小さくなったスクラップを脇に抱え階段を急いで降りた。部屋を出る時背中に、妙に物悲しい雰囲気を感じたが、一呼吸してその空気を払い落とした。

野比家には玄関を出ると、すぐ右手に小さな庭がある。のび太は、掃除道具入れからスコップを取り出し庭に出た。もうすっかり日も落ちてきている。のび太の中で明るい内になんとか片付けてしまいたいという気持ちがより大きくなっていた。庭の隅に以前朝顔を植えていた花壇があった。土も掘りやすそうだ。

『ここでいいか…』

そう言うとのび太は、穴を掘り出した。ドラえもんが死んでから、やけに独り言が出る。小さくなったスクラップを埋めるには、30センチ程の穴で十分だった。そこに優しく、スクラップを置いてやり、手で土をかぶせてやった。「命日にはどら焼きでも供えやるからな」と土をポンポンと叩き穴を埋めようとした、

ツー。

一筋の光が頬を伝った。それをきっかけに、涙が次から次へと溢れていた。ドラえもんから受けた形なき無償の愛が今、のび太の涙となって具現化されているようでもあった。もはやその流れ落ちる涙はどうしても止めることは出来なかった。庭の片隅で、背中を丸め、肩を震わせた。「ドラえもんありがとう」声に鳴らない嗚咽が喉を突いた。のび太はこの日生まれて初めて声を殺して泣いた。


玄関に戻ると、ばれないように必死に声を張った、

『今日おやつやっぱりいらな~い!』

キッチンの方へ聞こえるように言うと、すぐに2階の自分の部屋に戻った。のび太は壁にもたれかかりながら畳に座った。

…。


実に静かだ。窓から見える夕日は地平線に沈みかけており、空は橙色から濃紺へとグラデーションを描いていた。
空気のような当たり前の存在であったドラえもんはもういない。よく、「無くして初めてその大きさを知る」ということを耳にするが、まさかこんなにも早くそれを感じるとは思ってもいなかった。


…


ただただ沈黙が続く…
まるでこの部屋だけが真空になったかの如く…

…

どこか遠くで石焼き芋を売っているらしい。