大江健三郎『同時代ゲーム』 | ホーストダンスのブログ

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大江健三郎の長編小説『同時代ゲーム』を読みました。

以前に読んだ彼の代表作の一つである『燃えあがる緑の木』と同じく、愛媛県南予地方の森の中を舞台にした小説であり、どちらも日本の中の一地方であるにもかかわらず、さながら独立国家のように歩んできた当地の人々の歴史を綴った神話とも呼ぶべき幻想的物語となっています。


物語は語り手である主人公が双子の妹に対して書き送った書簡の形式をとっており、全体で6編からなります。

語り手は神主である父親のスパルタ教育により村の歴史をたたきこまれており、いずれは村の歴史を記録する人物となることを期待されていました。

語り手はメキシコの大学の教員を努めており、彼が妹に伝える物語は、現在の彼の生活から始まり自分たちの子ども時代の回想、父親から伝えられた村の歴史に関することなど、そのすべてが幻想に満ちた神話的な内容なのですが、中でも印象に残るのが村に伝わる「五十日戦争」に関する書簡です。


語り手の育った南予地方の森の住民は、江戸時代末期に脱藩者によって創建された独立国家的な体制の中で自給自足的な生活をしており、明治維新後も、大日本帝国の徴税や兵役を軽減するため、二人の人間に一人分の戸籍を当てがうという「二重戸籍」という仕組みを持っていました。

しかし、これに疑いを持った政府から軍が派遣され、これを迎え撃つ村人との間に「五十日戦争」が勃発します。政府軍と戦う村人たちの戦法は、さながらベトナム戦争でのベトコンによるゲリラ攻撃のようであり、地の利を最大限に活かした村人たちは装備面などで圧倒する政府軍と互角以上に戦います。戦況に痺れを切らした指揮官「無名大尉」はついに村全体を焼き打ちにする作戦を実行することを決意しますが、村の創設者である「壊す人」のお告げでその作戦を察知した村人たちはとうとう政府軍に降伏します。

終戦後、無名大尉が村人たちを戸籍上の人物と照らし合わせながら整列させ、戸籍に名のない約半数の村人を「そもそも大日本帝国に存在していない人間」とみなして彼らを処刑してしまいます。翌日、その処刑され吊るされた人間の中に無名大尉の姿も発見されます。度重なる作戦の失敗を恥じてか、村人との戦いの中で精神を病んだ結果かはわかりませんが、結局、政府軍側の指揮官も多くの村人と同じ運命をたどったのです。


物語全体を森に超自然的に君臨する創設者「壊す人」の幻影が覆っているかのようで、これが読む人に常に南予地方の鬱蒼とした森林を思い起こさせます。私も4年間愛媛の地で過ごした時のことを思い出しながら独特の大江健三郎ワールドにはまり込みました。

やや難解な部類に属する小説ではありますが、日本的神話の要素を取り込みつつ現代に至るまでのある民族の歴史をノスタルジックに描いた独特の小説としておすすめしたいと思います。