安部公房『燃えつきた地図』 | ホーストダンスのブログ

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安部公房の『燃え尽きた地図』を読みました。

彼の作品は既にいくつか読んでいますが、この作品は『砂の女』『他人の顔』とともに「失踪三部作」とされているそうです。


主人公は、興信所の社員の男で、冒頭で、突然失踪したサラリーマンの捜索を依頼されます。つまり、主人公自身は失踪したわけではなく、失踪者を探索する側の人間として描かれ始めるわけです。

しかし、捜索を依頼したサラリーマンの妻は、夫に関する情報を求める主人公からの問いかけにも要領を得ない回答をするばかりで、そもそも本気で夫が見つかることを願っているのかも疑わしいような怪しげな女性です。

この妻の弟を名乗る男も、屋台のショバ代を稼いだり、会社のユスリをしているというヤクザ社会の人間です。

また、失踪したサラリーマンの会社の後輩にあたる若い男も、失踪した先輩のことを心配しているようでありながら、嘘の証言をするなど虚言癖のある変わった人間です。

さらに、事件の謎の中心にあると思われる喫茶店では潜りで運転手の斡旋をするという違法行為が行われているらしい、という情報もあります。


主人公はこうした妙な状況下で失踪した男の行方を探していきますが、その途上、依頼人の弟がヤクザ間の抗争で殺されたり、失踪したサラリーマンの後輩が自殺したりと想定外の事件が次々と発生し、ついには主人公自身も事件のカギを握っていると睨んだ喫茶店を訪れた際、暴行を受け、重傷を負ってしまいます。

結局、依頼された失踪者の探索は進展しないまま、主人公は重傷を負ったために記憶障害を起こしてしまい、自分の住んでいた地域の地名すら忘れてしまいます。しかし、そのような混濁した意識の中で、主人公はそれまでの人生を捨て去り、過去を振り返るのはやめにして未来に向けて進んでいこうという気持ちを取り戻し、作品は終わります。


作品全体としては、探偵小説風にテンポよくストーリーが展開していき、また、一つ一つの場面における登場人物のセリフや行動などは綿密に描写されていて読者は作品の世界に引き込まれていきます。謎が謎を呼ぶ展開なので、多くの読者はストーリーの続きが気になってどんどん読み進めていくことになるでしょう。しかし、残りページが僅かになっても「オチ」が全く見えてこないので、どんな結末になるのか不安になってくることでしょう。実際、私もそのような感覚に襲われ、結末はカフカの『審判』のようにサドンデス的に終わるか、あるいは同じカフカの『城』のように未完の形で終わるのではないか、と予想しながらラストの数ページをめくっていきました。


結果的には『城』のような形で作品は終結しており、純粋にミステリー小説として読み進めてきた読者にはやや拍子抜けの印象が強いのではないかと思われます。(私自身もそうでしたが)

巻末のドナルド・キーン氏による解説や、様々な書評を目にしてみると、都市社会における人間関係の希薄さやそこで暮らす個人の孤独、といったテーマについて、あるサラリーマンの「失踪」を題材として描いた傑作、という評価もできるようです。

私自身もこれらの論評を読んで、やや後付け的な感想にはなりますが、現代社会(作品が書かれたのは半世紀以上前ですが、基本的な社会構造は今も変わっていないでしょう)に隠された本質を抉り出した社会派小説の傑作と感じるようになってきました。

非常に読み応えがありながらも、何とも言えないモヤモヤした読後感の残る印象深い作品でした。