拗ねてた自分も、きちんと出せば | セリの Happy ❤️ 幸年期 ‼️

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いらなくなったものはどんどん捨て去り、ワクワクを取り戻すのだ!
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Beトレの翌週、
母のところに行ってきました。

今度母にあったら、
褒めてもらおう
って、前月からずっと思っていたんだけど

台本通りにはいかないのが、人生(; ̄ェ ̄)


久しぶりにゆっくりお茶を飲みながら
うちの問題児受験生の話になり、
私がグチをこぼす ➡︎ 母が 慰める の恒例のパターン
(実はこのパターンにもカラクリがあったことに気づいたけど
それはまた別の話で)

そのうち、話が、教育とは、的な
デカイくくりになっていき、(苦笑)

なーーんか、母が、えっらそーに教育を語り出し、、、
反感が私の中でくすぶり出し、、、
子供の可能性、とか、親はそれを大切に育てなくちゃ、とか
とくとくとして語り出したので

拗ねっ子全開モードになった私は、
思い切り
「何言ってんのよ、お母さん!
自分の子供に対してどうだったか覚えてないの?」と一撃パンチ!

母は、全く予想外の展開だったようで、
一体何のことか思い当たらず、
「どういうこと?」と目を白黒。


その言葉にもムカついて、
私が子供の頃、習いたかったお習字を習わせてもらえなかったことの
恨みつらみを、たっぷり吐き出してしまいました。

お姉ちゃんは習わせてもらえて、
私も行きたいと言ったのに、
お前はダメ、今はそんなお金がないから
と軽くあしらわれたときのあの悲しみ、悔しさ。

お友達とお習字のお稽古をする姉を
教室のガラス戸の外から、羨ましげに眺めていた
小さかった私、、、

お姉ちゃんの方が私より大事なんだ!と拗ねて
私の気持ちなんて、どうでもいいんだ!とひねくれて
寂しくて
悲しくて
傷ついたんだから!


母の顔つきが、
私が子供の頃本当に嫌だった、あの
高飛車で、上からな、くだらない戯言と言ってるような、冷たい
ああまたあの表情だ、、、と思っていたのが
ふとゆるんで

優しく困った顔つきで

「そんなことあったの、、、

ごめんねぇ、、、


まったく覚えてないのよ。。。´д` ; 」



母は、記憶にまるでなかったらしい。。。_| ̄|○


それを見て、聞いて、自分の口から出た言葉に自分も驚いたが

「私、本当に悲しかったんだから!
それなのに、わたしを習字にはいかせてくれなかったのに、
行きたくもない空手教室に通わされてさ!」

あれ?


そうだった。そういえば、そうだった。

私は小3のときからずっと空手道場に通わされてた。
でもイヤイヤだったので全く上達せず、
結局5年通ってモノにならずやめてしまい
通っていたことも友達にも秘密にし、記憶も封印してた。。。

え?
お金あったんじゃない?
通わすお金、あったじゃん。
習い事、させられてたじゃん。
あれれ???


母が済まなそうに、

「お父さんが何考えたんだか、
空手に通わせるって言い出してさー
何考えたんだろうね、本当に。」

そこからふたりで、
亡くなった父の、在りし日の、いかに理不尽で横暴だったか話しで
グイグイと盛り上がり


ふと気づくと
ゲラゲラと大笑いしながら
私がいかに悲しい思いをしたか、
おかげで、結婚式や葬式の時に筆文字が下手で辛い思いしたとか
冬休みの宿題で書き初めはいつも姉に書かせてた話とか
(しかもちょっぴり下手に書いてね、バレるといけないから、などと小知恵を働かせた)
あーあ、ピアノだって習いたかったなー
英会話も習いたかったしさー
などと言いたい放題ぶちまけて


でも、結局は
仕方ないよねって。
親だって完璧じゃないし
私だってもっと本気でお習字習わせてって
真剣に頼んでいたら違ったかもしれないし
あのころは そうなってしまったけど
今は、ダンナさんが優しくて 私に甘くて
好きなことなんでもさせてくれて、私幸せだよ、お母さん。


お母さん
元気でいてくれてありがとう。
お父さんはもう死んじゃって
このこんがらがった私の切ない思いを伝えられなかったけど
お母さんがいてくれて
私の気持ちをうけとめてくれて

ありがとう。。。


また見つかったら、また行くからね( ̄▽ ̄)


まだ褒めてもらってないし。えっ