誰がために笛は鳴る -8ページ目

誰がために笛は鳴る

僕はサッカーを教えた。
息子は僕に、人生を教えてくれた・・

イメージ 1

そんなわけで、僕たち家族にもようやく普段の生活が戻りつつあった。
僕ら夫婦は仕事、朔太郎は学校、亜紀は保育園、とそれぞれがそれぞれの日常、それぞれの場所に戻りそれぞれの時間を生きていた。

とはいっても、「身近な人の死」というものは思った以上に僕らの心に重くのしかかり、特に朔太郎のサッカーのことで僕以上に心を痛んでいた妻にとって、「実の父の死」という受け入れがたい事実は、想像以上に彼女の心を打ちのめしているようだった。

転んだ人間を平気で蹴飛ばすようなマネをするなんて、神様ってのは大したことないな・・・。

と精一杯皮肉ってはみたものの、それは単にそんな彼女に何一つしてやれない自分自身を当てこすったに過ぎなかった。


そんな自分のふがいなさに背を向けるようにして僕はパソコンの電源を入れ、これまでしてきたように朔太郎日記に没頭した。

何のことを書こうかとあれこれ考えているうちに、なにか依然とは違った不思議な感覚に襲われた。

書きたいことが思いつかない・・・

ほんの数週間、いや数日前まで次から次へとあふれでてきた朔太郎のサッカーに対する様々な感情が、いまは浮かんでこない。
それどころか、逆にもうどうでもいい、もう仕方の無いことなのだという感情が芽生え始めているようにさえ思えた。

果たして人の心、僕の朔太郎に、サッカーに対する情熱は、こんな数日間の間に消えてなくなってしまうほど薄っぺらなものだったのだろうか?

興を覚えた僕は、そのことを台所で夕食の片付けをしている妻に話した。

「そんな風にして僕たち親は子離れをし、子は親を見捨て、月日の流れの中でついにはあれほど夢中になっていたサッカーのことすら忘れていってしまうのだろうね。」

と少し眉間にしわを寄せ、いかにも全てを悟ったような顔をして言う僕に、洗い物を終えた彼女はエプロンをはずしながらおだやかに、まるで小学生に言い聞かせるようにこう言った。

「うーん、それはないんじゃないのかなー?」

「だってサクがサッカーをやらなくなってから、パパがお酒を呑む回数は2倍、呑む量は3倍に増えてるのよ?それが元に戻るまではまだまだパパは乗り切れてないってことなんじゃないのかなぁ?気づかない?」

決して強がりではなく、僕はこの世の中で目に見えず捕らえどころの無いもの・・たとえば電気であるとか臭いであるとかあるいは幽霊に類は極端に怖がるけれど、目に見えるもの、物体として存在し且つ実際に手に触れられるもので怖いものは何も無いと自負していた。
でも今僕の目の前にいる、傷ついた心を抱えながら精一杯仕事や家事をこなし、そのうえ僕の心の慮るほどの気持ちの余裕を持つこのヒトだけは、敵にまわすとさぞ怖いことだろうと思った。

そ・・そうか、そうだったのか。
この、もうどうでもいいや感は月日の流れが僕にくれた永遠の安息などではなく、血中のアルコール濃度が気まぐれで僕に与えたちょっとしたご褒美程度のものでしかなかったのか。

心の中をピシャリと見透かされ、なんともいえない居心地の悪さを感じた僕は、モゴモゴと訳のわからぬ独り言をいうと、コップに入れたビールの最後の一杯をグビグビと飲み干した。
そして

自分はこれから先、まだまだサクのサッカーのことで泣いたり笑ったりしなければならないのだろう。そうしてその度にパソコンに向かい「自分の気持ちを誰かにわかってもらおう」などと極端に都合のいい解釈で、比較的都合のいい人生を送っていくのだろう。

っと思った。


翌日、要領を得た僕は仕事の帰りにしこたまビールを買い込み、夜中の12時ごろからチビチビと呑みはじめ、3時間半をまわった頃にはまたもや酒の神様の気まぐれにあやかり、あーもーどうでもいいや感満杯気分でチャンピオンズリーグファイナルのキックオフを迎えた。

結果はスコア2-1でバルサ優勝!

朔太郎がサッカーをやめて以来久しぶりに観た世界水準のサッカー。すばらしいプレイ、すばらしい試合を観て十分サッカーを楽しんだつもりだったけど、なにせ感情のベースが「どうでもいいや」というところからのスタートだったので、ラーションのパスが果たしてオフサイドだったのかどうかも、っというかどっちが勝っても負けてもすでに僕の心はどうでもよくなっていた。ってゆーか、ひたすら眠かった。

少し肌寒いくらいの5月の朝、モゾモゾと娘の布団(正確には僕の布団に娘が潜り込んでいる)に潜り込みながら、もう無理をしてサッカーを観るのはやめようと思った。
そうして、たとえそれまで10年かかろうが20年かかろうが構わない、いつか心からサッカーを楽しめる日が来たとき、その時は家族みんなでまた以前の僕らのようにサッカーを楽しもうと思った。
それまでは朔太郎のサッカーのことで、そして家族のことで人よりたくさん悩んで泣いて、喜んで・・・

そんな人生も悪くないだろ?なぁ(酒の)神様よぅ


薄れゆく意識の中で、僕はそう思ったような気がした。













でも実際に思ったのは

朝ちゃんと起きられますように・・お願いします(酒の)神様・・・

だったような気もする。
お義父さんの初七日法要も無事終わり、僕たち親子にも漸く以前のような生活のリズムが戻ってきました。

お休みしている間、「書き溜めたものを垂れ流しして、更新だけはしておいたほうがいいかな・・」と考えたこともありましたが、僕(たち)の心が止まっているのに、ブログだけ一人歩きしているというのもおかしなものだし、今すべきこと(義父さんの供養)をしっかりとしていきたいという思いから、一切パソコンには近づきませんでした。

にも関わらず、たくさんの訪問やコメントをいただけたことを素直にうれしく思います。
本当にありがとうございました。

すこしだけ生活環境が変わってこの先どうなるのか自分自身よくわからない状況ではありますが、一人でもココを訪れてくれる人がいる限り、このブログは続けていこうと思います。

これからも末永くよろしくお願いいたします。

イメージ 1

我が家にはもうひとりメンバーがいるのを忘れてました^^;;;

紹介しましょう、雑種イヌのゴン太くん(年齢不詳)です、パチパチ

この犬が我が家にやってきたのは、ちょうど下の娘亜紀が生まれるか生まれないかという今からおよそ6年前・・
成犬になってから誰かに捨てられたらしく、最初に見たときすでに今と同じサイズで、首輪をしたまま近所をウロウロしていました。
いつの間にかウチの玄関先に住み着くまではまぁよかったのですが、周辺の家々で「放し飼いの犬がいて危険だから保健所に連絡する・・」っと大騒ぎになる始末。
さすがに見殺しにするのは忍びないというので、家族会議をした結果ウチで引き取ることになりました。
今思い出したけど、あん時たしか朔太郎が「俺が面倒を見る」って言い張ったんだよなー・・・
散歩もエサも私がやってる現状ってどうなんでしょう??

で、最初に見たときになんとなく「ゴン太くん」という顔をしていたので、そのままそれを名前にして呼んでいたんですが、しばらくして股間のあたりを確認してみると実はメスだったという不運な経歴を持つ犬だったりします。

その後慌てて奥さんや子供たちで、女の子らしいかわいい名前をいろいろ考えたにも関わらず、それらには全く反応せず・・><
それなのになぜか「ゴン」とか「ゴンちゃん」という名前にはウハウハと尻尾を振って反応するので
「まぁー世を忍ぶ仮の名前ってことで、いいんでないの?」
っと、この名前に落ち着いてしまいました。

ご近所では今だにこの犬がオスだと思っている人も少なくないです、ハイ。

っというわけで、彼みたいな名前の彼女を含めた5人家族と、それを取り巻くサッカー関係者でお送りする「誰がために笛は鳴る」
これからも、見苦しき文体、お見知りおかれまして末長いお付き合いの程、恐惶万端引き立ってよろしくお頼申します。

※ちなみに上の画像は Macintosh版 Adobe Photoshop CS2 日本語版を駆使して作成いたしました。(作業時間約2時間

イメージ 1

ゴールデンウィーク・・・・

朔太郎がサッカーをやめたのが4月の半ば。それから数日間は引き継ぎやらなにやらでバタバタとしていて、気がついたときにはすでにゴールデンウィークはスグそこまでやってきていた。

当然のことながら何の予定もたててないし、どこにも予約は入れてない・・・

例年この時期は、泊まりで合宿に行くか地元のカップ戦に出るか(今年はカップ戦)のどちらかで、少なくても家にいるような暇はなかったが、そのサッカーがなくなった今、僕たち親子は「何もない連休」を過ごさねばならなかった。

この「何もない連休」というものは想像を絶する退屈さで、ある者(アキ)は庭で一人遊び、ある者(嫁)はテレビをボーッとながめ、ある者(サク)は半ば強制的に漢字の書き取り練習をさせられるという、親にとっても子供たちにとっても最悪のパターンに陥っていた。

僕はといえば、まさか昼間から酒を呑むわけにもいかず、かといって息子のいないチームのカップ戦を見に行くほどの勇気も持ち合わせていない。
今の僕にできることといえば、せめて現実と向き合う時間を少しでも短くするためにパソコンの電源を入れ、バーチャルの網の中へ潜り込むくらいなものだった。

午前中をなんとかやり過ごし午後になると、朔太郎と亜紀は近くの公園まで遊びに行くと言い出し、二人で仲良く手を繋ぎながら出かけていった。

僕は奥さんの「暇なら部屋のかたづけでもしてくれない?」というリクエストに反論できる理由がどうしても見当たらず、いつかはやらなくてはと思いつつ先送りにしていたボールの整理をすることにした。
さほど広い家ではないにも関わらず、各部屋のあちらこちらに散らばったボールをいざこうして一箇所に集めてみると、遠征バックに二つ半もあり、かなりガサが張ることに僕は少し驚いた。

チーム練習用のボール、試合用のボール、ナイター用の派手なモノ。
室内練習用のボールにリフティングボール。
まだセロファンに包まれたままの新品のモノや、中学生になったら使うようにと買っておいた5号球まででてきた。

このボールひとつひとつにそれぞれの思い出があった。

日々の練習で擦り切れてしまったボールもあれば、大事な試合でコーナーから直接ゴールしたときのボールもある。
そして悔し涙を流したときの試合球に、暗くなるまで二人で1対1を練習したときのボール、リフティング1000回達成したときのボール。

スパイク同様、僕にはこのボールたちを手放す勇気はないだろう。

仕方なく僕は自分の車まで運び、ラゲッジスペースに放り込んだ。
もの言わぬボールたちの声が聞こえてくるような気がした。

僕は静かにドアを閉め、蒼く晴れわたる空を見上げた・・・・

きっと今頃チームのみんなはこの青空のもと、必死にボールを追いかけていることだろう。
サッカーというすばらしいゲームを思いきり楽しんでいるに違いない。

そっと目を閉じる・・・

朔太郎の声が、朔太郎が走る足音、荒い息遣いが聞こえてくる・・・
「オーライオーライ!」
「もう一回くれ!」
「ナイスシュート!」
「いいよドンマイドンマイ」
まるでそこに朔太郎がいるかのように、それらは僕をやさしく包み込んだ。
そして息子とサッカーができるということが、どんなに幸せなことだったかということを知った。

目を開け、現実に戻された僕は大きく深呼吸してから家のほうへ向き直る。
それをベランダから見ていた妻が僕に優しく微笑みかける。
「OK。終わったよ。」
そう言った僕に向かって、彼女は少し悲しそうに、でも精一杯な笑顔で「うん」っとひとつ頷いてみせた。





僕たちはサッカーが好きだった。

イメージ 1

金曜日は朔太郎の授業参観があったので、僕は五歳の娘アキを連れて二人でノコノコと出かけていった。

朔太郎の通っている小学校にもサッカーチームがあって、そこのコーチとは大会や練習試合なのでたびたび顔をあわせているし、何度か一緒に酒を酌み交わしたこともあるので会えば当然サッカーの話をする。
今度のクラス編成でなんとそのコーチ(正確にはコーチ達)のご子息(ご令嬢?)と同じクラスになったらしく、僕らが少し遅れ気味で教室に着くとすでに二人のコーチが廊下で立ち話をしていた。

いつもなら僕は自分から大声で挨拶をするのだが、今日はなんとなく顔をあわせるのがイヤだった。
この時期、少年サッカー関係者の間で交わされる会話はひとつしかないからだ。
コーチ:「どーもお久しぶりです。」
僕:「こんにちわ、お世話になります」
コーチ:「今年は同じクラスみたいで、よろしくお願いします」
僕:「あっこちらこそよろしくお願いします」
コーチ:「で、どうでしたか?全日(全日本少年サッカー大会)は?」
キタ━━━━ヽ(゚∀゚ )ノ━━━━!!!!

っというか

キタ─( ´д`)y─────┛"""

あるいは

キタ━━━( ´∀)・ω・) ゚Д゚)゚∀゚)・∀・) ̄ー ̄)´_ゝ)-_)゚∋゚)´Д`)゚ー゚)━━━!!!!

このときの僕はきっと、あの電車男のような顔をしていたに違いない。

僕:「あ、はぁ・・まぁ・・いや、実はあのぉウチやめたんですよ」
コーチ:「えっ?またまたぁ~。冗談でしょ?(笑)」
僕:「いや、ホントに・・」
コーチ:「本当ですか?」
僕:「はい」
コーチ:「ってことは、いよいよ移籍ですか?」
僕:「いえ、どちらかといえば引退ですね」
コーチ:「どちらかといえばって・・・・」
っとなると、当然次の展開はこうなる・・・
コーチ:「また、どうして?」
僕はたちまち狼狽してしまった。

朔太郎がやめた理由を語るには丸二晩ほど酒を呑みながら語り明かし、途中二度ほど殴り合い、合間に何度か肩を抱き合って涙する覚悟がなければとても語りつくせないものがあるし、そのためにブログなんぞをこさえて自分自身整理しながらその答えを探し出そうとしているというのに、それをこの場で簡潔に要約して相手に伝えるボキャブラリーなんて僕には明らかに欠落していたからだ。
僕:「えぇ・・・まぁ・・・いろいろありまして・・・」
16年間学んできた精一杯の国語力を駆使して、僕はかなり巧みにそう答えた。
コーチ:「あーそーだよねー。いろいろあるもんねー」
っと、そのコーチは「言わなくってもわかるよ、うんうん」光線を、目元と口元の筋肉を器用に使って発射していたけど、おそらくたぶん彼がわかっている内容と僕が本当に言いたいこととはかなりの隔たりがあるのだろうなぁ・・などど思いながら
僕:「そんなわけなんで、まぁまたなにかあったらよろしくおねがいします」
っと全部ひらがな口調で言うと、僕たち父娘は「漢字の成り立ち」という授業の真っ只中へそそくさと逃げ込んだのだった。







肝心の授業参観だが、一番後ろの席でやけに横の席をキョロキョロと覗き込んでいる朔太郎を不思議に思い、アキと二人でそーっと後ろへ回り込んでみると、見事に国語の教科書を忘れた朔太郎がバツの悪そうな顔をして僕たちを振り返った。

僕は心の中で
「いいぞサク、参観日に教科書を忘れるとは、なんて子供らしい子供なんだ。それでこそ我が息子だ」
などと考えながら、まわりのお母さんたちが2、3歩後ずさりするくらい不気味にひとりニヤニヤするのだった。




夕食のときにそのことを妻に話すと、彼女もまた「さすがはサクだよね」というカンジのことを言いながらコロコロと笑っていた。

そう、彼はまだ参観日に平気で教科書を忘れていってしまうような年齢なのだ。
身長も伸びてきて生意気な口をきいて、叱られると一丁前にふてくされたりはしているけれど
生まれてから十年そこそこの未熟で不完全な少年で、決して「小さな自分」などではないのである。

その彼に僕は一体何を求めてきたのだろう?
あの細くて小さな肩に、一体何を背負わせようとしていたのだろう?

僕は夕食のおかずにがっつく朔太郎と亜紀に向かって、
「誰も取らないからもっとゆっくり食べなさい。焦らなくてもいいんだから、ゆっくりたくさん食べなさい。そしてゆっくりオトナになりなさい。」
と、まるで一人前の親のような口調でそう言っている自分が、なんだかとても滑稽なカンジがした。

イメージ 1

最初の練習日が決まると、僕らサッカー馬鹿家族はさっそくボール、スパイク、ジャージといったサッカーをするために必要なものを近くのスポーツショップへ買いに行った。

僕の極端に当てにならない記憶によれば、最初のスパイクはプーマ、ボールはナイキ、レガースとソックスはアディダスといった案配で、全員典型的なA型で何事もカタチから入る我が家としては大変珍しく、何ともありきたりでチグハグな多国籍軍仕様で望んだ。

当時低学年を指導していた長瀬コーチに軽めの挨拶(学生時代のようにちょこんと頭を下げて「っちゃーっスぅ」みたいなやつ)だけすませ「ほら、行ってこい」と息子の背中を軽く押してやると、彼は飛び跳ねるような足取りで色とりどりのジャージを着た子供たちの群れの中へと消えて行った。

「彼が初めてサッカーをした時のことは、今でも昨日のことのようにハッキリと憶えている・・・」
っと言いたいところだが、正直僕自身はこの時のことを「まるで絵に描いたようなダンゴサッカーだった」ということ意外にあまり憶えていない。
しかし当の本人はこの日のことをよく憶えているらしく

「最後に試合したんだよ。監督やコーチも混ざってミニゲームをしたんだ、そいでおれがゴール前でハンドしてPKになって、監督に「なにやってんだよ、オメェはー」って笑われたんだよ」

と恥ずかしそうに、でもすこしウレシそうに話してくれたことがあった。
今にして思えば彼が心からサッカーを楽しんでいたのは、実はこの頃だけだったのかもしれない。
無心にボールを追いかけ、ゴールすることしか考えず、疲れ果てるまで走り回っていたあの頃・・・・

いつの間に僕(僕たち夫婦?)は、それだけでは満足できなくなってしまったのだろう?

もっといいプレイをしてほしい、洒落たことをやってくれ、なんでエラシコやらないん?
人間の欲望はとどまるところを知らない。

僕がこの日のことでもう一つだけ憶えているのは、練習後に長瀬コーチが言ったひとことだ。

「朔はハシッこいよ」

どーゆー意味で言ったのかは未だにわからないが、僕にはそれがとてもステキな響きに聞こえた。


http://soccer.ring.hatena.ne.jp/

イメージ 1

さて、ではなぜジュニアサッカー関係者(特に指導者)の方は読まない方がいいのか?


それはこのブログのタイトルをみていただければわかると思いますが、ここは
「ジュニアサッカーでいったい誰のもの?誰のためにあるの?」
ということをテーマにしています。

答えは簡単ですか?子供たちのため?主役は子供?
そうですね、建前ではそうなっているみたいです。
ちょうど上のイラストにあるように、それは親のものでも、指導者のものでもないは
ずです。

でも現実はどうでしょうか?
僕たち大人は、胸を張って子供たちに
「ここは君たちのチームで、これは君たちのゲームだよ」
と言ってあげられるでしょうか?

実際には大人たちの様々なしがらみ、もくろみのなかで、子供たちはもがき時に苦しんでいるようにさえ見えます。

今までは我が子可愛いさゆえ、天に向かって唾を吐くようなことはできませんでしたが
息子がサッカーを止めたことで、天が天ではなくなり、ましてや個人的なブログなので
好きなことを書いていくことにしました。

そういった意味で、ジュニアサッカー関係者にとっては辛辣な内容になっていくと思 いますが、
これは誰よりも先に僕自身に向けられているんだということをご承知ください。
僕自身そのことだけはいつまでも忘れずにいようと思います。

朔のような少年を、二度とつくらないためにも・・・
ここでは僕がこの数年間、子供と共にジュニアサッカーという世界に身を置き、

そこで感じたことや考えたことなどをテキトーに書いていこうと思います。

が、ジュニアサッカー関係者(特に指導者)の方は読まない方がいいです。



理由は後ほど・・・・

イメージ 1

主に捨てられたスパイクたちは、見るからに寂しそうだった。

ついこの前までサクと一緒にグラウンドを駆け回っていたスパイクたち・・

もう二度とこのスパイクたちがピッチを駆け回ることは無いだろう。

「もったいないから誰かにあげちゃえば?」
「ああ、そうだね」

嫁の言った言葉にそう答えたもののやはり人に譲ることも、かといって捨てることもできずに
こうして玄関先に放り投げたままになっている。

(とにかく目につかないように箱にでも入れてしまっておこう。)

そう思った次の瞬間、僕は大変なことに気がついた・・・・


「ボ・・・ボールはどうするべ?」

http://soccer.ring.hatena.ne.jp/
http://scrapbook.ameba.jp/fantasista_book/