
そんなわけで、僕たち家族にもようやく普段の生活が戻りつつあった。
僕ら夫婦は仕事、朔太郎は学校、亜紀は保育園、とそれぞれがそれぞれの日常、それぞれの場所に戻りそれぞれの時間を生きていた。
僕ら夫婦は仕事、朔太郎は学校、亜紀は保育園、とそれぞれがそれぞれの日常、それぞれの場所に戻りそれぞれの時間を生きていた。
とはいっても、「身近な人の死」というものは思った以上に僕らの心に重くのしかかり、特に朔太郎のサッカーのことで僕以上に心を痛んでいた妻にとって、「実の父の死」という受け入れがたい事実は、想像以上に彼女の心を打ちのめしているようだった。
転んだ人間を平気で蹴飛ばすようなマネをするなんて、神様ってのは大したことないな・・・。
と精一杯皮肉ってはみたものの、それは単にそんな彼女に何一つしてやれない自分自身を当てこすったに過ぎなかった。
そんな自分のふがいなさに背を向けるようにして僕はパソコンの電源を入れ、これまでしてきたように朔太郎日記に没頭した。
何のことを書こうかとあれこれ考えているうちに、なにか依然とは違った不思議な感覚に襲われた。
書きたいことが思いつかない・・・
ほんの数週間、いや数日前まで次から次へとあふれでてきた朔太郎のサッカーに対する様々な感情が、いまは浮かんでこない。
それどころか、逆にもうどうでもいい、もう仕方の無いことなのだという感情が芽生え始めているようにさえ思えた。
それどころか、逆にもうどうでもいい、もう仕方の無いことなのだという感情が芽生え始めているようにさえ思えた。
果たして人の心、僕の朔太郎に、サッカーに対する情熱は、こんな数日間の間に消えてなくなってしまうほど薄っぺらなものだったのだろうか?
興を覚えた僕は、そのことを台所で夕食の片付けをしている妻に話した。
「そんな風にして僕たち親は子離れをし、子は親を見捨て、月日の流れの中でついにはあれほど夢中になっていたサッカーのことすら忘れていってしまうのだろうね。」
と少し眉間にしわを寄せ、いかにも全てを悟ったような顔をして言う僕に、洗い物を終えた彼女はエプロンをはずしながらおだやかに、まるで小学生に言い聞かせるようにこう言った。
「うーん、それはないんじゃないのかなー?」 「だってサクがサッカーをやらなくなってから、パパがお酒を呑む回数は2倍、呑む量は3倍に増えてるのよ?それが元に戻るまではまだまだパパは乗り切れてないってことなんじゃないのかなぁ?気づかない?」
決して強がりではなく、僕はこの世の中で目に見えず捕らえどころの無いもの・・たとえば電気であるとか臭いであるとかあるいは幽霊に類は極端に怖がるけれど、目に見えるもの、物体として存在し且つ実際に手に触れられるもので怖いものは何も無いと自負していた。
でも今僕の目の前にいる、傷ついた心を抱えながら精一杯仕事や家事をこなし、そのうえ僕の心の慮るほどの気持ちの余裕を持つこのヒトだけは、敵にまわすとさぞ怖いことだろうと思った。
でも今僕の目の前にいる、傷ついた心を抱えながら精一杯仕事や家事をこなし、そのうえ僕の心の慮るほどの気持ちの余裕を持つこのヒトだけは、敵にまわすとさぞ怖いことだろうと思った。
そ・・そうか、そうだったのか。
この、もうどうでもいいや感は月日の流れが僕にくれた永遠の安息などではなく、血中のアルコール濃度が気まぐれで僕に与えたちょっとしたご褒美程度のものでしかなかったのか。
この、もうどうでもいいや感は月日の流れが僕にくれた永遠の安息などではなく、血中のアルコール濃度が気まぐれで僕に与えたちょっとしたご褒美程度のものでしかなかったのか。
心の中をピシャリと見透かされ、なんともいえない居心地の悪さを感じた僕は、モゴモゴと訳のわからぬ独り言をいうと、コップに入れたビールの最後の一杯をグビグビと飲み干した。
そして
そして
自分はこれから先、まだまだサクのサッカーのことで泣いたり笑ったりしなければならないのだろう。そうしてその度にパソコンに向かい「自分の気持ちを誰かにわかってもらおう」などと極端に都合のいい解釈で、比較的都合のいい人生を送っていくのだろう。
っと思った。
翌日、要領を得た僕は仕事の帰りにしこたまビールを買い込み、夜中の12時ごろからチビチビと呑みはじめ、3時間半をまわった頃にはまたもや酒の神様の気まぐれにあやかり、あーもーどうでもいいや感満杯気分でチャンピオンズリーグファイナルのキックオフを迎えた。
結果はスコア2-1でバルサ優勝!
朔太郎がサッカーをやめて以来久しぶりに観た世界水準のサッカー。すばらしいプレイ、すばらしい試合を観て十分サッカーを楽しんだつもりだったけど、なにせ感情のベースが「どうでもいいや」というところからのスタートだったので、ラーションのパスが果たしてオフサイドだったのかどうかも、っというかどっちが勝っても負けてもすでに僕の心はどうでもよくなっていた。ってゆーか、ひたすら眠かった。
少し肌寒いくらいの5月の朝、モゾモゾと娘の布団(正確には僕の布団に娘が潜り込んでいる)に潜り込みながら、もう無理をしてサッカーを観るのはやめようと思った。
そうして、たとえそれまで10年かかろうが20年かかろうが構わない、いつか心からサッカーを楽しめる日が来たとき、その時は家族みんなでまた以前の僕らのようにサッカーを楽しもうと思った。
それまでは朔太郎のサッカーのことで、そして家族のことで人よりたくさん悩んで泣いて、喜んで・・・
そうして、たとえそれまで10年かかろうが20年かかろうが構わない、いつか心からサッカーを楽しめる日が来たとき、その時は家族みんなでまた以前の僕らのようにサッカーを楽しもうと思った。
それまでは朔太郎のサッカーのことで、そして家族のことで人よりたくさん悩んで泣いて、喜んで・・・
そんな人生も悪くないだろ?なぁ(酒の)神様よぅ
薄れゆく意識の中で、僕はそう思ったような気がした。
でも実際に思ったのは
朝ちゃんと起きられますように・・お願いします(酒の)神様・・・
だったような気もする。








