11/1/12  倉沢桃子 キョロザワールド @四谷天窓 | 音楽偏遊

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最近見たライブや気になるアーティスト、気に入った店や場所など偏った嗜好で紹介してまいります。アーティストさんへの言及などは、あくまで私個人の見解であり、特に中傷や攻撃を意図したものではないこと、ご了解下さい。

高田馬場・四谷天窓へ渋谷から急ぐ。当初の出演時間通りだと間に合わないが、おしてると信じて。案の定、倉沢桃子の前に出ていたキョロの途中で滑り込みセーフ!

さあ、そしてトリの倉沢桃子だ。冒頭から聞けて良かった。 久し振りだったが、変わらぬ桃子節にしみじみ。

ギター弾き語り。椅子に座って訥々と、声を決してあげることなく、音符の数を抑えた静かなアルペジオにのせて、語るように歌っていく。

聞いている自分の意識が内へ内へと引き戻されていく。虚飾を剥ぎ取られ、裸にされていく。自分の根、原点を意識し始めてることに気付く。

沢山のライブを見る中で自分なりの尺度が出来て、アーティストの評価基準にしているが、こと倉沢桃子に関する限り、その尺度が当てはまらない。全く異質なのだ。ビートにのったドライブ感や攻撃的な歌詞、天晴れな声量や美しい声の伸びによる高揚感……そうしたものは、ほぼないから(笑)

ただ、彼女の歌が幻出する、あまりにもリアルな感情を伴なった情景に取り込まれてしまう。それは、ささやかな幸せを喜ぶ女性の姿や、家族の情景であり、孤独な風景でもある。ただ素朴に、そんな幸せと触れ合いたくなるのだ。

1)未完成
2)空白の一日
3)オリオン座流星群
4)家族写真
5)おかえり
6)鶏肉と塩コショウ
en.そんなふうに僕は

彼女のセットリストはいつも、まるで私小説のような曲が多い。「未完成」では、始めて自分にギターを教えてくれた存在の思い出を静かなアルペジオにのせて語っていく。想いが、二人の出会いに飛んでいく。「空白の一日」では、何にもしない一日を語る。「起きるのを止めて布団にもぐりなおし、じっと夜を待とう」と誰でもあるそんな気持ちになぜなるのか、説得力ある言葉で音楽が紡がれていく。

「家族写真」「おかえり」では彼女の親や祖母の姿が彼女の優しい視線で語られ、その中で珠々つなぎに継承されていく命の重みや、綿々と受け継がれる家族の絆が描かれていく。

ああ、自分ってそう思ってたのかもしれない。そんな自らも分かっていなかった深層心理を、彼女が自身の内側を深く深く見つめることで、さらりと言葉にのせてくれているようなのだ。静かな曲調でアンニュイな雰囲気なのに、彼女の紡ぐ歌詞の一つひとつに、自分の中で何かすごい衝撃が走っている。そんな歌手だ。

そして、この日一番驚いたのは、彼女にアンコールが出たこと。いや、決して倉沢桃子がアンコールを受けるに相応しくないと言っているのではない。彼女の歌はどれも、しみじみと静かな余韻を残して終わる。そのため、がーっと盛り上がってアンコールの手拍子が途絶えないみたいな展開にならない。

実際、この日も「鶏肉と塩コショウ」でいつのまにか共に暮らすようになった男女のささやかな幸せの風景を描いて静かな拍手を受けつつ彼女はステージを去った。ライブハウス側もこれで終わりとライトを明るくして、ビリー・ジョエルの「ピアノマン」をボリューム大きく流し始めたのだが、その静かな拍手が鳴りやまない。それどころか徐々に、徐々に手拍手が大きくなり、彼女の再登場を促した。ちょっと感動。

そして歌った「そんなふうに僕は」。僕がどんなふうに「君」を愛したいか、訥々とつづっていくいくだけの小曲。「君が寒さに震えるなら 僕のコートを貸してあげよう~」から始まる優しさに溢れた、彼女の「君」を包み込む愛し方が箇条書きのように歌われていく。その一つ一つが積み重なり、切なすぎるくらいに温かい気持ちが溢れてくる。

彼女の言葉の選択のすごさも感じる。「君が涙を流したら 雨宿りのカエルになろう」って、ちょっと思いつかないけど、頭のなかで反芻しているうちに、じわじわっと沁みてくる言葉だよなあ。

そして「君が死んでしまったら 僕は一日かけて泣こう 涙を心にしまったら 続きをいきはじめよう」なんてくだりでは、始めて聞いたときにワンフレーズごとに、次のドラマの放映日をハラハラと待ち焦がれる時のようで、彼女のしんみりと、ゆっくりと語るように歌う一語一語で顕わになっていく展開にドキドキしてしまった。

それでいて、ここまで、ずっと同じメロディーを単調に繰り返すだけなのだ。それなのに、この感動。鋭い感受性を持つ彼女がその歌の世界に完全に染まる。そして、我々が彼女の心象世界にシンクロして、単調なメロディーの上に描かれていく一つひとつの心に揺れてしまうのだ。

曲はそこで終わらない。「君」が死んだ後の想いもまた語られていくのだが、これがまた感動的で涙が出る。だが、そこは是非、本人の歌で聞いて欲しい。とても、言葉では伝えられない。

やはり来て良かった。倉沢桃子。彼女を知らずにいたら、本当もったいないよ。ただ、彼女を聞くにはタイミングが重要かも。ゆっくりと、静かに流れる時間を共有できないと、響かないから。一人になりたい、そんな夜はぜひ彼女のライブを見て欲しい。


倉沢桃子の前に歌っていたのがキョロザワールド。途中からしか見れず申し訳ない。彼女は本当に見た感じと、その歌力のギャップが大きく、いつもいい意味で裏切られる。かわいらしく身の回りの雑記風の歌を歌うのかと思いきや、大きな自然の理や人の営みを描き出そうと努力している。そしてギター弾き語りで、力強い音を奏でる。ラストの「愛とは」などスケール感は凄味ある。いい歌手だよ。

セットリスト
1)海にとかして
2)星の命のように
3)魚は海を歩けない
4)残像
5)愛とは