わかり合うことって、難しい
理解してもらおうと、言葉をつくしても、分かってくれない。黙っていたって、分かってくれてるはずだ……甘かった。分かりあっているつもり、でも、すれ違う。
僕を表わす言葉はこれだ。僕を表現する調べはこれだ。この映像が僕だ。手を尽くしても伝わらない。
会いたいだけじゃだめですか?説明は必要?
人間関係って。恋愛って。
そう嘆きたい時、心に沁みるのがこの「…そして、理解を」。きたはらいくが25歳の時に発売した珠玉のアルバムだ。
曲目リスト
1. 会いたいだけじゃ
2. 耳をすませば
3. ハナと頬の赤くなる頃
4. 心配なし
5. ディッダンドゥ
6. 最後のこだま
7. 忘却の途中
8. 未来へのおとしもの
9. 君は風(LIVE)
10. 馬と仲良く
11. 秋空へ
12. 空とピアノ
13. Learned in love
素朴な語り口なのに、ものすごく説得力がある。ピアノ中心のアコースティックな曲ばかりなのだが、その曲想はジャズ、ブルースなどのテーストを織り交ぜ、明暗多彩で、まったく飽きさせない。突き放すようでいて、優しく寄り添い、力づけ、癒してくれる。まったく深刻ぶらずに。
それは、彼女の落ち着いた声が心に優しいだけでなく、芯の強さと個性を持っていることにも帰因しているのだろう。声が個性的という意味ではなく、彼女というパーソナリティーが声に滲んでいるのだ。どこかの誰かの曲ではなく、そこに実在する彼女の臭いや表情が浮かぶのだ。
実は自分は、きたはらいくさんのライブ、一度も見たことはない。彼女の顔も雰囲気も知らない。それなのに、ここまで彼女の存在をリアルに感じられてしまう。そこに、きたはらいくの歌い手としての表現力を感じずにはいられない。
アーティストとして、ハセガワミヤコに似ていると思う。どちらも癒される。ただ、ミヤコさんが「まあ、深刻にならずに明るくいこうよ」と励ましてくれるなら、いくさんは「心配ない、問題ない、マイペンライ」(アルバム収録曲「心配ない」)と真面目に面白く力づけてくれそう。ミヤコさんがやや軽妙で、いくさんが篤実といおうか。
ただ、その言葉はダイレクトに、心に響いてくる。1曲目の「会いたいだけじゃ」(コンピアルバム「If The Girls Are United」では「会いたいだけじゃ、ダメかしら」に)が特に気に入っている。等身大の女性の心模様を、鋭い視点と平易な歌詞で伝える。
曲頭に「ねえ、会いたいだけじゃダメかしら、理由なくちゃだめかしら」と歌いだす。この、最初の「ねえ」が絶妙。不安と焦燥と愛情と切なさが、その一言で伝わってくるよう。そして、その先の歌詞がまたドキッとさせられる。
「君にはあの娘がいるってことくらい知ってるわ、でも今は関係ないの」。いや、そう言われても、とドギマギしてしまう。さらに何も進展なく別れる際に笑顔見せる君に、「予想通り期待外れのじゃあね、また」との心の声。うわ。びみょーに心当たりあり過ぎます。男側ですけどね。
そんな、絶妙な歌詞を、甘過ぎず、軽過ぎず、重過ぎず、真面目過ぎずの絶妙なラインで、歌っていく。彼女自身の軸がしっかりしているから、聞いているこちらも身を委ねたくなるのだ。ただ時折覗かせる不安漂う声音。彼女自身、強いけれども誰かに頼りたいのだろうなあ、と思わせる隙。それが、男心もくすぐるのだ。
結婚するなら、この歌を歌っている女性としたい、とアルバムだけで思わせるいくさんだが、残念。彼女は素敵な旦那さんと、南海の島でさわやかに家族を築いていらっしゃる、らしい。子育てに忙しく、学校で歌ったりされていると彼女のブログにあった。本人知らないし、ただの想像なのだが、きっとその豊かな感受性と好奇心で、彩りに満ちた生活を楽しんでいるのではないだろうか。
アルバムは、なーんと2003年6月発売。7年たっているが何も色褪せてない。そもそも、流行とか関係ない、きたはらいくワールドなのだから。流行りのメロディーやリズム、ラップなどの組み合わせを変えるだけで粗製乱造されてるヒット曲とは違う世界。そうなるとPOPULAR音楽ではない、となってしまうのだが。じゃあ、POPって何?
彼女は、どちらかというとアメリカのオールディーズとか、フォークとかが背景にあるのかなと思う。長い年月を経ても、心に残り続ける、そんな音楽がこのアルバムには満ちている。