前回は、「祈りの手紙50」を記しました。
私は引き続き、このブログを通して福音を述べ伝えていきたいと考えています。
聖霊の時代を迎えた今、私たちはこれまで以上に聖霊を受けやすくなってきていると、RAPTさんの「御言葉」で知りました。
そして、聖霊を豊かに受けるには「祈り」と「賛美」が不可欠だということを教わりました。
「祈り」と「賛美」によって神様と一体となり、聖霊に喜ばれるような生き方を追求する必要があるのです。
では具体的に、どのような形で「祈り」と「賛美」を捧げたら良いのか?
まず、「賛美」についてはネット上の動画を視聴し、お気に入りの讃美歌を繰り返し口ずさむのが一番の方法でしょう。
中でも、絶対に外せないのはRAPTさんが作詞作曲された音楽です。
初めてRAPTさんの音楽を視聴した時は、既成の讃美歌とはあまりにも違っていたので、驚きを隠せませんでした。
と同時に、「これぞ聖霊の時代に相応しい、新しい讃美歌だ!」と思いました。
音楽のことは詳しくない私でも、その歌声とリズムがいつまでも私の心に深く刻まれていくのを感じたのです。
それらの音楽に共通するのは、RAPTさんの清々しさと温か味のある心音であり、神霊でありながらも親しみやすいものに仕立ててある点です。
私自身まだまだ、しっかりと歌いこなすレベルには至っておりませんが、さまざまな場面で楽しみながら、心を込めて賛美して歌っていきたいと思います。
一方、「祈り」については、できるだけ自分の言葉で、神様と会話するような気持ちで祈っておりますが、中々長時間祈るということができません。
朝の1時から4時30分までの祈りの時間に合わせて祈ろうとしますが、同じ言葉を何回も繰り返すだけで、仕舞いには祈りのネタがつき、何を祈ったら良いのか思いつかなくなってしまい、挙げ句の果ては睡魔に襲われて眠りこけてしまうのです。
やはりここは、「御言葉」の力を借りるしかありません。
朝の祈り会で十二弟子の皆さんが祈っておられるように、私も「御言葉」を授かった直後に感謝の意を込めて祈るという取り組みを試みてみようと思いつきました。
本来は言葉を発して祈るというのが一番良いとは思いますが、言葉をスムーズに発することが苦手な私は、言葉を文字に変換して祈るという方法を取りたいと思います。
どの「御言葉」を受けての祈りなのかが分かるように、「御言葉」が発信された年月日と要約文を最初に掲げて、その後に祈りを捧げるという形で進めようと思います。
題して「祈りの手紙」です。
皆様も、どうぞ一緒にお祈りしてください。
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祈りの手紙51
聖なる神様、聖霊様、いつも豊かな「御言葉」を与えてくださっていることを心から感謝します。
ありがとうございます。
長い間続いた私の風邪の症状も、ここにきてようやく軟化し、先日から久しぶりに農業の仕事に復帰しています。
時々咳き込み、まだ喉はヒリヒリして濁声のままですが、病状が悪化した時のあの何とも言えない倦怠感からは脱出でき、悪寒が走ることも無いので、意気揚々と農作業に集中することができています。
しかし、これで安心というわけにはいきませんでした。
ようやく明るい兆しが見えてきたと喜んでいたのも束の間、今度は違うことで悩まされています。
農作業を終えたその日の晩、突然、私の両腕に激しい痒みが生じ、あまりの痒さに掻きむしりながら目が覚めるという事態になりました。
明かりを灯してよく見ると、私の前腕全体が赤くなって、酷いところは水膨れのように腫れ上がっておりました。
ネット検索して調べてみると、どうやらこれは、毛虫の毒にやられたみたいです。
その日に行った農作業が、鬱蒼と生い茂った木々の間に手を突っ込まなければいけない仕事なので、その時、毛虫の毒が皮膚に触れてしまったのではないかと考えられます。
とりあえず家にある虫刺され用の薬を塗布して対応しましたが、まだその痒みは治っておりません。
一難去ってまた一難。
話はこれで終わりではありません。
風邪で寝込んでいた時と並行して、さらに私を悩ます別の出来事がありました。
家庭菜園で育てていたトウモロコシやナス、キュウリ、枝豆などが、猿の集団に荒らされ、食害に遭う憂き目にあったのです。
ここ最近、私の周りでは、あまり良いことが起きておりません。
これら一連の出来事を見て私は、これはただ事ではないと感じております。
これは明らかにサタンによる攻撃なのではないかと感じています。
私のゆるい信仰生活の隙間を狙って、サタンが私に対して攻撃を仕掛けて来ているのではないかと思うのです。
サタンは自分の滅びが近いことを知っているから、やぶれかぶれになって攻撃してくると、中心者も仰っています。
ここで怯んではなりません。
じっと耐えねばなりません。
この時に、気落ちしたり絶望したりしてはいけないのです。
「御言葉」をきちんと読んで、サタンの手口をしっかり理解して対抗していかなければなりません。
気を緩めて、サタンの前で隙を見せてはいけないのです。
悩んで落胆するということがあってはいけません。
決して落胆することなく希望を持って耐え忍んでいかなければいけないのです。
悩みがあるということは、サタンが入って来る隙を与えることになりますから、悩んではいけないのです。
神様がおっしゃる通り、本当に心を強くしなければなりません。
鋼のような心を持たなければなりません。
心が弱かったら負けてしまいます。
勇敢な人が勝つのです。
強い人が勝つのです。
緊張の帯を占めて、神様に祈り求めなければなりません。
決して落胆することなく、信じて祈り求めます。
最後まで耐え忍んで、義を行って祈り求めます。
どうか神様、私に知恵と力を与えてください。
サタンに勝利する知恵と力を身につけて、ただひたすら天を見上げ、神様を愛して生きる者となれますように。
この世のものに執着することなく、ただ天だけを見上げ、神様を愛して生きる者となれますように。
それによってこの世を正しく治め、正しく活用して、万物から多くの有益を得て生きることができますように。
この世のものに翻弄されることなく、むしろこの世のどんなものをも益に変え、自分の人生を真に有意義なものとして生きる真に幸福な一人一人となれますように。
人は自分を創造した神を求めてこそ、自らの価値を押し上げ、一切の空しさのない、むしろどこまでも充実した幸福な人生を生きられる。 (2月8日に受けられた啓示より)
この真理を真に悟り、どこまでも限界なく自分自身の価値を押し上げ、自分の人生をどこまでも価値あるものにしていく一人一人となれますように。
自らの生き方を誇りに思い、人々にも自信をもって自分の人生を証することができる一人一人となれますように。
天の基準に満ちるまで努力し、神様と同じ愛の心情で中心者のため、兄弟姉妹のため、人類のために祈ることができる真の信仰者となれますように。
「御言葉」を実践する多くの人々が、この世でもあの世でも永遠に神様から貴重な存在と見なされ、天から豊かに祝福され、エデンの歴史が壮大に雄大に成されていきますことを心から祈ります。
これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。
アーメン。
(2026.7.12)