前回は、「祈りの手紙2」を記しました。
私は引き続き、このブログを通して福音を述べ伝えていきたいと考えています。
聖霊の時代を迎えた今、私たちはこれまで以上に聖霊を受けやすくなってきていると、RAPTさんの「御言葉」で知りました。
そして、聖霊を豊かに受けるには「祈り」と「賛美」が不可欠だということを教わりました。
「祈り」と「賛美」によって神様と一体となり、聖霊に喜ばれるような生き方を追求する必要があるのです。
では具体的に、どのような形で「祈り」と「賛美」を捧げたら良いのか?
まず、「賛美」についてはネット上の動画を視聴し、お気に入りの讃美歌を繰り返し口ずさむのが一番の方法でしょう。
中でも、絶対に外せないのはRAPTさんが作詞作曲された音楽です。
初めてRAPTさんの音楽を視聴した時は、既成の讃美歌とはあまりにも違っていたので、驚きを隠せませんでした。
と同時に、「これぞ聖霊の時代に相応しい、新しい讃美歌だ!」と思いました。
音楽のことは詳しくない私でも、その歌声とリズムがいつまでも私の心に深く刻まれていくのを感じたのです。
それらの音楽に共通するのは、RAPTさんの清々しさと温か味のある心音であり、神霊でありながらも親しみやすいものに仕立ててある点です。
私自身まだまだ、しっかりと歌いこなすレベルには至っておりませんが、さまざまな場面で楽しみながら、心を込めて賛美して歌っていきたいと思います。
一方、「祈り」については、できるだけ自分の言葉で、神様と会話するような気持ちで祈っておりますが、中々長時間祈るということができません。
朝の1時から4時30分までの祈りの時間に合わせて祈ろうとしますが、同じ言葉を何回も繰り返すだけで、仕舞いには祈りのネタがつき、何を祈ったら良いのか思いつかなくなってしまい、挙げ句の果ては睡魔に襲われて眠りこけてしまうのです。
やはりここは、「御言葉」の力を借りるしかありません。
朝の祈り会で十二弟子の皆さんが祈っておられるように、私も「御言葉」を授かった直後に感謝の意を込めて祈るという取り組みを試みてみようと思いつきました。
本来は言葉を発して祈るというのが一番良いとは思いますが、言葉をスムーズに発することが苦手な私は、言葉を文字に変換して祈るという方法を取りたいと思います。
どの「御言葉」を受けての祈りなのかが分かるように、「御言葉」が発信された年月日と要約文を最初に掲げて、その後に祈りを捧げるという形で進めようと思います。
題して「祈りの手紙」です。
皆様も、どうぞ一緒にお祈りしてください。
・・・・・・・・・・
《参考聖句》ヨハネの黙示録20章7〜10節、申命記28章全体
祈りの手紙3
神様、今日もまた、豊な「御言葉」を与えてくださったことを心から感謝します。
サタンに勝利し、「御言葉」に聞き従う体質を身につけることの重要性を教え諭してくださっていることに心から感謝します。
ありがとうございます。
人々が神様に聞き従おうとしないから、益々この世は地獄のようになってしまっています。
神様が実際に、この地に使命者を送ってこの地を天国のような世界にしようとしても、世の人々は神様の「御言葉」を受け入れません。
彼らは、自分たちが住んでるこの世界が、地獄と化していることですら認識しておりません。
彼らにとっては、この地獄のような世界が当たり前で、それとは真逆の天国の世界が、どれほど幸福で平安に満ち満ちているかが想像できないのです。
だから私たち信仰者は、彼らに天国がどれだけ素晴らしい世界であるかを述べ伝えることができる者である必要があるのです。
つまり、私たち信仰者自身が地上天国を成就する者でなければ、天国の素晴らしさを語ることはできないのです。
自らが地上天国を現して、世の人々に模範を示す者とならなければならないのです。
どうか神様、私たち兄弟姉妹が地上天国を成就し、どれだけ天国が素晴らしい世界であるかを世の人々に説得力を持って語ることができる者となれますことを心から祈ります。
私たち一人一人が天国の素晴らしさを真に悟り、この世が如何に地獄のような世界であるかを俯瞰できるように導いてください。
そうすれば、世の人々は地獄のような人生ではなく、天国のような人生を望むようになると思うのです。
RAPTさんは神様が遣わされた最後の使命者であり、私たちが生きるこの時代の中心者です。
つまり、中心者であるRAPTさんが語る「御言葉」は、神様の「御言葉」です。
その「御言葉」に聞き従わないのであれば、誰しもその人生は地獄へと一変します。
しかし、中心者の「御言葉」に聞き従うならば、誰であれ天国のような人生へと一変します。
中心者の「御言葉」を受け入れた人々は祝福を受けるし、中心者の「御言葉」に従わない人たちは呪われるのです。
かく言う私も、中心者RAPTさんの「御言葉」を初めて聞いた時は、正直、半信半疑でした。
しかし、あれから10年近く経った今、この「御言葉」が本物であることを確信しています。
この「御言葉」が、私たち人類を天国へと導く福音であることを悟ることができたのです。
嗚呼神様、この「御言葉」に出逢えるように私を導いてくださったことに感謝します。
ありがとうございます。
しかし、まだまだ私の信仰は、何の後ろめたさも無く、人々の前で堂々と福音を述べ伝えられるだけのレベルには至っておりません。
一部の「御言葉」は従うことはできても、別の「御言葉」は従うことができないでいるからです。
確実に「御言葉」に従って来た人と、従ってこなかった人の運命は、真っ二つに分かれています。
熱心に信仰生活を送って来た人は、神様にしてもらったことを100個書けと言われても簡単に書けますが、熱心に信仰してこなかった人は、なかなか書けないのです。
残念ながら、今の私は100個書けと言われても書けないのです。
実際、神様から祝福されていると実感することは多々あるのですが、100個となると頭を捻っても、思い出そうとしても書けないのです。
このことは、私がいまだに「御言葉」に忠実でないことの証拠であり、もっと神様から祝福されるように努めなければならないことを示しています。
どうか神様、もっと私を成長させてください。
「御言葉」に従うことができない部分をいつまでも放置するのではなく、一刻も早く「御言葉」に従うことができるようにもがき、神様から数多くの恵みを受けて、神様にしてもらったことをスラスラと100個書けるまでに成長させてください。
そして、私だけでなく多くの人々が「御言葉」に聞き従い、神様から祝福を受け、天国のような生活を送ることができますことを心から祈ります。
時が経てば経つほど、「御言葉」に従う人と従わない人の運命は真っ二つに分かれてしまいます。
人類が「御言葉」に聞き従わなければ、全人類は地獄のような生活を送ることになるのです。
それで、この世の中が地獄のようになっていくわけです。
中心者が予言した通り、この日本も裁かれています。
次々に中国人に乗っ取られて、日本人が地獄のような生活を送っているのも、日本人が中心者の「御言葉」に従わないからです。
しかし、人類が中心者の「御言葉」に聞き従って生きるならば、全人類が天国のような生を生きることができるのです。
人類の多くがこの1000年間、中心者の「御言葉」を受け入れて聞き従うならば、黙示録で予言されている通り、1000年間この地上が天国のような世界になるのです。
このことについて中心者RAPTさんは、(黙示録20章7〜10節)を引用して宣布してくださっています。
この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。
その数は海の砂のように多い。
彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ。
すると、天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした。
そして彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれた。
そこにはあの獣と偽預言者がいる。
そして、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。(黙示録20章7〜10節)
黙示録が予言する通りならば、成約1000年間に人類はサタンに完全勝利するという明るい未来が待っています。
しかし、成約1000年間で人類が「御言葉」に従わなければ、当然サタンに勝利する術も体質も身につくことはできないので、その時は最悪の結果を招くことになると、中心者は警告されています。
どうか神様、黙示録が予言する通り、神様の歴史が成就されますことを心から祈ります。
成約時代に生きる私たちが「御言葉」に従い、サタンに勝利する体質を身につけて、神様の御心を成す一人一人となれますことを心から祈ります。
私たちは、中心者RAPTさんを模範としなければなりません。
中心者が天国を成就しているのは、サタンを踏みにじり、サタンに勝利しているからです。
天国になるかならないかは、サタンに勝利できるかどうかです。
そして、サタンに勝利するためには、「御言葉」に従わなければならないのです。
「御言葉」に従う体質を身につけなければならないのです。
「御言葉」に従う体質を身につけたら、サタンに簡単に勝利することができるのです。
そして、サタンに勝利できれば、その人は天国のような生を生きることができるのです。
どうか神様、多くの人々が、この真理を悟ることができ、「御言葉」を受け入れ、従うことができる一人一人となれますことを心から祈ります。
サタンを踏みにじり支配する体質を身につけたならば、その人の子供も同じ体質を身につけることができ、サタンに勝利できる人間に育っていくと、中心者から聞きました。
その子供が大人になって、サタンに勝利するようになったら、その子供もまた、サタンに勝利することができ、そういうことが子孫代々続いていくと、1000年後には多くの人たちが簡単にサタンに勝利することができる強い人間に育っていくのです。
そしてこの地上を完全なる天国につくりかえることができるのです。
なんて希望のある「御言葉」でしょう。
なんて心強い「御言葉」でしょう。
なんて勇気づけられる「御言葉」でしょう。
そして、なんて重みのある「御言葉」でしょう。
今の時代に生きる私たちは、本当に大事な責任があるわけです。
中心者が生きている同じ時代に生を受けた私たちは皆、重大な責任を持っているのです。
今この時代に生きる私たちが、サタンに勝利できるかどうか、重大な責任があるのです。
これで、1000年後の人々が幸せな生を生きられるかが決まってくるのですから…。
十二弟子だけがやれば良いというわけではないのです。
できる限り多くの人たちが、サタンに勝利できるようにならなければならないのです。
そうすると1000年後、多くの人たちは楽々とサタンに勝利することができるのです。
今の私たちは、サタンに勝利できる遺伝子を残さなければならないのです。
「御言葉」に聞き従って、サタンに勝利できる遺伝子を身につけなければならないのです。
どうか神様、今の時代を生きる私たちが、本当に重大な責任を持っていると自覚できる一人一人となれますように。
神様に従うことのできる遺伝子を子孫に残していける一人一人となれますように。
この真理を悟ってサタンに勝利し、「御言葉」に聞き従う体質を身につけられる一人一人となれますように。
これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。
アーメン。
(2025.7.16)