前回は、「エゼキエル書 5〜6章」を紹介しました。
今回は、「エゼキエル書 7〜8章」を紹介したいと思います。
その前に、まず「私の祈り」から入りたいと思います。
そして、「私の祈り」の中に、紹介したい聖書の章に出てくる「5つのキーワード」(マーカーで印)を含ませておきます。
聖書の紹介は、穴埋め問題形式にしますので、正解となる言葉を知りたい時は、「私の祈り」に出てくる「5つのキーワード」の中から探しだしてください。
最初にお祈りの言葉を唱えてから、その後で聖書を読んでいくというスタイルは、これまでと一緒ですので、お付き合いの程よろしくお願いします。
では、今からお祈りします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聖なる神さま。
今日もこうして神さまにお祈りし、朝を迎えることができることに感謝します。
そして、RAPTさんの「御言葉」から神霊な波長を受けて、神さまの御心に立ち返る機会を与えていただき、本当にありがとうございます。
エゼキエルの預言者としての使命は、イスラエルの家の見張り人としての、主の口となることです。
そのことを踏まえて、これからエゼキエル書を読み進めて行きたいと思います。
今回、私が興味を持ったのは、次の行です。
( 7章 19〜21節)ーーー
彼らは銀を道ばたに投げ捨て、彼らの金は汚物のようになる。銀も金も、主の激しい怒りの日に彼らを救い出すことはできない。それらは彼らの飢えを飽きたらせることも、彼らの腹を満たすこともできない。それらが彼らを不義に引き込んだからだ。
彼らはこれを、美しい飾り物として誇り、これで彼らの忌みきらうべきもの、忌むべきものの像を造った。それで、わたしはそれを、彼らにとって汚物とする。
わたしはそれを他国人の手に獲物として渡し、この国の悪者どもに分捕り物として渡し、それを汚れさせる。
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この行は、背信の徒であるユダヤ人が神様から裁かれる際、金や銀は何の役にも立たないものであることを、知らしめる内容となっています。
つまり、如何なる財宝があっても、彼らの飢えを満たすことはできず、救いようのない報いを受ける事になると神様は仰るのです。
私たち多くの者は、「富を得ること」=「金・銀・ダイヤモンドなどの財宝を手に入れること」という価値観で暮らしていますが、一旦、神様の御手にかかれば、その価値観は一瞬で崩れてしまうということです。
神様の報いは、様々な形で現されます。
「外には剣、内には疫病とききんがあり、野にいる者は剣に死に、町にいる者はききんと疫病に滅ぼし尽くされる。(7章15節)」という形で裁かれるのです。
「剣」は、戦いの象徴であり、争い事による殺戮を意味します。
「疫病」は、流行り病のことであり、今般のコロナパンデミックのような虚構の感染症も含みます。
「ききん」は、「剣」・「疫病」・「自然災害」等の影響で、食料が極端に不足し、人々が飢えることです。
世の中全体、争い事が絶えず、嘘偽りが蔓延し、ごく一握りの者だけしか食料を手に入れることができない状況が続けば、人々の心に余裕が無くなり、妬み・恨み・怒りの感情が沸々と湧き起こり、やがて何処かで爆発することでしょう。
そうなると、第二、第三の争い事が増え、益々人々の心は荒んで行くことでしょう。
互いに騙し合い、我先にと食料に群がり、挙げ句の果ては、暴力を振るってまでも奪い合うという醜態を晒すのです。
「殺戮・搾取」→「飢え」→「殺戮・搾取」→「飢え」・・・という、悪の循環から抜け出すことができなくなるのです。
永遠に…。
まさしく、これは地獄絵です。
このように、人々の心が荒み、餓鬼の如く奪い合う世界では、いくら金・銀・ダイヤモンドなどの財宝があっても、幸せに生きて行くことはできません。
たとえ、自分だけが食料を手に入れることができたとしても、いつ誰が奪いに来るか分からない状態の中で、常に警戒心を持って見張っていなければならず、夜もゆっくりと眠ることができなくなります。
その様な状態が、果たして幸せな世界であると言えるでしょうか?
金・銀・ダイヤモンドなどの宝石を追い求めると、低次元の波長(サタンの波長)とつながり、地獄の道へと引きずり込まれてしまうということです。
私たちは、聖書に出てくる御言葉の中から、まだまだ解明されていない真実を探る必要があるのかもしれません。
先日、たまたまYouTubeを見ていたら、興味深い内容にヒットしました。
「この地球の石は生きていた」という動画です。
特に、今回取り上げている内容に関連するものとしては、「金や銀などの鉱物は、元々は巨人の血液が石化してできたものである」という箇所です。
金や銀の採掘場所を発見した時、「金脈・銀脈を掘り当てた」という言い方をしますが、その由来は、血液のような「脈」が広がっている所から来たものだと解釈するのも、あながち間違いではないと、その動画の解説者は言います。
これまで私たちが学んできた地質学からすると、とんでもない内容ですから、鼻から相手にされない方もおられるかもしれません。
でも一度、この動画を先入観なしで見ていただくことをお勧めします。
まんざら、出鱈目なことを言っている訳ではないなと思うのは、私だけでしょうか?
旧約聖書を紐解くと、巨人やネフィリムの話が出てきます。
ウィキペディアでは、以下のように解説されています。
(ここより転載)**********
『創世記』第6章1–4節によれば、地上に人が増え始め、娘たちが生まれると、神の子らは人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。こうして神の子らと人間の娘たちの間に生まれたのがネフィリムであった。彼らは大昔の名高い英雄たちであったという。
『民数記』第13章32–33節ではカナンを偵察したイスラエルの一隊が、「そこにすむ民は巨人であり、ネフィリムである。彼らアナク人はネフィリムの出だ」とモーセに語る場面がある。
『ヨベル書』7:21–23によれば、巨人たちが人の娘をめとり、そこからネフィリムが生まれたとされる。ネフィリムは「みな仲たがいをして共食いをし、お互いを殺しあった」という。この箇所ではネフィリム以外にエルバハ、ネピル、エルヨという三種の名称があげられているが、それらも巨人をあらわしていると考えられる。
『第一エノク書』7章では地上に降りて人間の娘と交わった天使たち(グリゴリ)によって、巨人が生まれたという。巨人の体長は3000キュビット(1350メートル、ギリシア語の『エノク書』[1]では3000ペーキュス[2])もあり、人間たちの食物を食べつくすと共食いを行ったという(7:5)。
古代イスラエルと敵対した民族・国家を邪悪と強調するための象徴的描写とも考えられる。
**********(転載ここまで)
以上のことから、巨人・ネフィリムは、堕天使と人間の間に生まれた子孫であり、サタンのルーツに繋がる存在だと言えましょう。
そんな彼らの血液からできたものが金・銀なのですから、それらが放つ波動が、自ずと汚れたものになるのも理解できます。
ましてや、神様が忌み嫌う偶像を、それら汚れた者たちの血液から生まれた金・銀でつくったのですから、その罪を犯したユダヤ人が裁かれても致し方ないのです。
そして、現代に生きる私たちも、金や銀を価値あるものとして経済を回しています。
貨幣制度が、金本位制では無くなったとは言え、私たちの潜在意識の中では、金や銀を価値あるものとして捉え、仮に、デフォルトになったとしても、金・銀さえ持っておれば何とかなるという考え方が、心のどこかに潜んでいます。
つまり、潜在意識的には金や銀を裏付けにした経済が続いているということです。
しかし、その様な金・銀でさえも、何の役にも立たない時代が到来しそうな予感がするのは穿ち過ぎでしょうか?
今般のコロナ騒動は、イルミナティが仕掛けた虚構のパンデミックですが、これにより経済格差が益々広がり、今後、いろいろな形で争い事が起こる可能性があります。
そして、イルミナティ同士の抗争も激しくなり、もはや金・銀などの財宝を以ってしても立ち行かない事態へと進展して行くのではないでしょうか?
バビロン捕囚の時と同じように、神様は、イルミナティを使って反逆者を裁かれるおつもりなのではないでしょうか?
もはや、金・銀の価値はなくなり、それを裏付けにした経済は崩壊して行くのではないかと思うのです。
金や銀は、巨人の血液が石化したものであるとするならば、それらは、サタンから生まれた産物であり、神様と真逆の波動を放っています。
そのように考えると、金や銀を裏付けにした経済は汚れており、偶像崇拝に匹敵するものと言えましょう。
資本主義経済の崩壊が垣間見えて来ている今だからこそ、その様な考えが説得力のあるものとして感じるのは私だけではないでしょう。
今現在、進行しているイルミナティの崩壊は、神様からの裁きです。
汚物まみれの経済を、清らかで聖なるものを裏付けにした経済へと転換して行こうとされているのかもしれません。
聖なるものとは、神様に通じる清らかな愛です。
清らかな愛を積んだ者が豊かに暮らして行ける…。
清らかな愛を循環させればさせるほど、人々の暮らしが平和になる…。
そんな社会を築き上げることが神様の究極の願いなのだと思うのです。
どうか神様。
その様な願いを是非実現できますよう、私たちを使ってください。
そして、その願いは神様が最も喜ばれることであることを私たちに確信させてください。
神様の栄光を現すことが私たちの使命であることを、もっともっと悟らせてください。
神様と疎通し、直接神様から啓示が受けられるまでに私たちの霊魂を成長させてください。
神様の恋人となるために、霊的成長を遂げることができますよう、私たちを導いてください。
一刻も早く、コロナ騒動とワクチン殺戮が終焉し、イルミナティがこれまで犯した数々の悪事全てが暴露されますことを強く求めます。
神様と義人がこの世を統治し、悪人が滅び去って行く世の中となりますよう心より祈ります。
そして、どうか神様。
中心者RAPTさんをお守りください。
RAPTさんの活動を妨害する工作員や集団ストーカーたちを裁いてください。
中国マフィアである李家、創価学会、群馬人脈、イルミナティ・サタンを滅ぼしてください。
そして、十二弟子の皆さんや全国の兄弟姉妹たちが天に富を積み、豊かな聖霊で満たされ、多くの人々を救うことのできる者となれますよう心から祈ります。
これら全てのことに感謝して、愛する主の御名によって祈ります。
アーメン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それでは次に、「エゼキエル書」に移りましょう。
7〜8章を紹介します。
(旧約聖書〈新改訳〉より抜粋)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エゼキエル書 7章
1 ついで、私に次のような主のことばがあった。
2 「人の子よ。イスラエルの地について神である主はこう仰せられる。『もう終わりだ。この国の四隅にまで終わりが来た。
3 今、あなたに終わりが来た。わたしの怒りをあなたのうちに送り、あなたの行いにしたがって、あなたをさばき、あなたのすべての忌みきらうべきわざに をする。
4 わたしはあなたを惜しまず、あわれまない。わたしがあなたの行いに仕返しをし、あなたのうちの忌みきらうべきわざをあらわにするとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。』」
5 神である主はこう仰せられる。「わざわいが、ただわざわいが来る。
6 終わりが来る。その終わりが来る。あなたを起こしに、今、やって来る。
7 この地に住む者よ。あなたの上に終局が来る。その時が来る。その日は近い。しかし、山々での歓声の日ではなく、恐慌の日だ。
8 今、わたしはただちに、憤りをあなたに注ぎ、あなたへのわたしの怒りを全うする。わたしはあなたの行いにしたがって、あなたをさばき、あなたのすべての忌みきらうべきわざに報いをする。
9 わたしは惜しまず、あわれまない。わたしがあなたの行いに仕返しをし、あなたのうちに忌みきらうべきわざをあらわにするとき、あなたがたは、わたしがあなたがたを打っている主であることを知ろう。
10 見よ。その日だ。その日が来る。あなたの終局がやって来ている。杖が花を咲かせ、高慢がつぼみを出した。
11 暴虐はつのって悪の杖となり、彼らも、その群衆も、彼らの もなくなり、彼らのために嘆く者もいなくなる。
12 その時が来た。その日が近づいた。買う者も喜ぶな。売る者も嘆くな。燃える怒りがそのすべての群集にふりかかるから。
13 売る者は、生きながらえても、打った物を取り返せない。幻がそのすべての群集にあっても、群集は帰らない。だれも、自分の不義のうちにいながら、奮い立って生きることはできないからだ。
14 ラッパが吹き鳴らされ、みなの準備ができても、だれも戦いに行かない。わたしの燃える怒りがそのすべての群集にふりかかるからだ。
15 外には剣、内には疫病とききんがあり、野にいる者は剣に死に、町にいる者はききんと疫病に滅ぼし尽くされる。
16 それをのがれた者が逃げて、山々に行っても、彼らは谷間の鳩のようになって、みな自分の不義のために泣き悲しむ。
17 彼らはみな気力を失い、彼らのひざもみな震える。
18 彼らは荒布を身にまとい、恐怖に包まれ、彼らはみな恥じて顔を赤くし、彼らの頭はみなそられてしまう。
19 彼らは銀を道ばたに投げ捨て、彼らの金は汚物のようになる。銀も金も、主の激しい怒りの日に彼らを救い出すことはできない。それらは彼らの飢えを飽きたらせることも、彼らの腹を満たすこともできない。それらが彼らを不義に引き込んだからだ。
20 彼らはこれを、美しい飾り物として誇り、これで彼らの忌みきらうべきもの、忌むべきものの像を造った。それで、わたしはそれを、彼らにとって汚物とする。
21 わたしはそれを他国人の手に獲物として渡し、この国の悪者どもに分捕り物として渡し、それを汚れさせる。
22 わたしは彼らから顔をそむけ、わたしの なる所を汚させる。強盗はそこに入り込み、そこを汚そう。
23 鎖を作れ。この国は虐殺に満ち、この町は暴虐に満ちているからだ。
24 わたしは異邦の民の中で最も悪い者どもを来させて、彼らの家々を占領させ、有力者たちの高ぶりをくじき、彼らの聖所を汚させよう。
25 苦悩がやって来る。彼らは を求めるが、それはない。
26 災難の上に災難が来、うわさがうわさを生み、彼らは預言者に幻を求めるようになる。祭司は律法を失い、長老はさとしを失う。
27 王は喪に服し、君主は恐れにつつまれ、その地の民の手はわななく。わたしが彼らの行いにしたがって彼らに報い、彼らのやり方にしたがって彼らをさばくとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」
エゼキエル書 8章
1 第六年の第六の月の五日、私が自分の家にすわっていて、ユダの長老たちも私の前にすわっていたとき、神である主の御手が私の上に下った。
2 私が見ると、火のように見える姿があった。その腰と見える所から下のほうは火で、その腰から上のほうは青銅の輝きのように輝いて見えた。
3 すると、その方は手の形をしたものを伸ばし、私の髪のふさをつかんだ。すると、霊が私を地と天との間に持ち上げ、神々しい幻のうちに私をエルサレムへ携え行き、ねたみを引き起こすねたみの偶像のある、北に面する内庭の門の入口に連れて行った。
4 なんと、そこには、私がかつて谷間で見た姿と同じようなイスラエルの神の があった。
5 その方は私に仰せられた。「人の子よ。さあ、目を上げて北の方を見よ。」そこで、私が目を上げて北の方を見ると、北のほうの祭壇の門の入口にねたみの偶像があった。
6 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは彼らのしていることが見えるか。イスラエルの家は、わたしの聖所から遠く離れようとして、ここで大きな忌みきらうべきことをしているではないか。あなたはなおまた、大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」
7 それから、この方は私を庭の入口に連れて行った。私が見ると、壁に一つの穴があった。
8 この方は私に仰せられた。「人の子よ。さあ、壁に穴をあけて通り抜けよ。」私が壁に穴をあけて通り抜けると、一つの入口があった。
9 この方は私に仰せられた。「入って行き、彼らがそこでしている悪い忌みきらうべきことを見よ。」
10 私が入って行ってみると、なんと、はうものや忌むべき獣のあらゆる像や、イスラエルの家のすべての偶像が、回りの壁一面に彫られていた。
11 また、イスラエルの家の七十人の長老が、その前に立っており、その中にはシャファンの子ヤアザヌヤも立っていて、彼らはみなその手に香炉を持ち、その香の濃い雲が立ち上っていた。
12 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたは、イスラエルの家の長老たちがおのおの、暗い所、その石像の部屋で行っていることを見たか。彼らは、『主は私たちを見ておられない。主はこの国を見捨てられた』と言っている。」
13 さらに、私に仰せられた。「あなたはなおまた、彼らが行っている大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」
14 ついでこの方は私を、主の宮の北の門の入口へ連れて行った。するとそこには、女たちがタンムズのために泣きながらすわっていた。
15 この方は私に仰せられた。「人の子よ。これを見たであろうが、あなたはなおまた、これよりも大きな忌みきらうべきことを見るだろう。」
16 そして、この方は私を主の宮の内庭に連れて行った。すると、主の宮の本堂の入口の玄関と祭壇との間に二十五人ばかりの人がおり、彼らは主の宮の本堂に背を向け、顔を東のほうに向けて、東のほうの太陽を拝んでいた。
17 この方は私に仰せられた。「人の子よ。あなたはこれを見たか。ユダの家にとって、彼らがここでしているような忌みきらうべきことをするのは、ささいなことだろうか。彼らはこの地を暴虐で満たし、わたしの怒りをいっそう駆り立てている。見よ。彼らはぶどうのつるを自分たちの鼻にさしている。
18 だから、わたしも憤って事を行う。わたしは惜しまず、あわれまない。彼らがわたしの耳に大声で叫んでも、わたしは彼らの言うことを聞かない。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(エゼキエル書 7〜8章より)
今日は、ここまで。
(2021.1.18)