つい先程までピリ付いた空気を漂わせていたというのに、時の政府内に入って役人として職務を始めると何事も無かったように二人はそれぞれの仕事を始めた。そして沖浩宮は藍姫の元に行く前に高智が一人になるタイミングを見計らい高智に割り振られている自室を訪ねて来た。

 

 

  「……なんですか」

 

  「さっきの提案、返事を聞いていないと思ってね。どうなんだい?」

 

  「……分かり切ってて聞いてくるとか…………いいですよ。藍姫の為だ。これで十分ですか?」

 

  「ああ、十分だよ。――君には政府内の動きを観察してもらって、定期的に私に報告をお願いしたいんだ。報告は神宮寺家で私と対面でお願いするよ」

 

  「ちょっ!?アンタ場所を考え――」

 

  「大丈夫!君に声を掛けた時点で私達の会話は聞こえないように結界を施しているよ。仮に盗聴器やその類のものがあったとしても妨害されて聞こえないよ」

 

 

 ヒラヒラと札を振って見せ、部屋の出入り口であるドアを指差す先には札が貼られていた。

  「藍姫特製の結界札だから無敵だよ。これを十歳にも満たない時に出来るんだから大したものだよね」

  「はぁ……」

 

 悩まし気な表情をした高智だったが、直ぐに真面目な顔付きで沖浩宮に話し掛ける。

 

 

  「……どういうつもりで政府内の観察なんて……神宮寺家が紛れ込んでる訳でもないでしょう?アンタと部下の勇と至の三人しか時の政府に所属していないでしょう」

 

  「紛れ込んでいる奴を見つけるなら君に協力関係なんて持ち掛けないよ。――時の政府に紛れ込んでいる鼠が神宮寺家を潰そうと目論んで古参達の野心を刺激した奴がいる」

 

 

 沖浩宮の発言に高智は目を眇める。

 

  「神宮寺家を?俺が言うのもおかしいですけど、長い目で見ても神宮寺家が続くかどうかなんて分からないんじゃないですか」

 

  「そうなんだよね。家の人間でなくても現状からして家が続くかどうかなんて分からないとしか判断が出来ない。それなのに神宮寺家を潰したいのは何故か……考えられるのは二つ。一つ、神宮寺家から生まれる強力な霊力を宿す者を欲している。利用するのかその者を使って霊力を宿す者を得たいか。二つ、神宮寺家が所有する物が目的か」

 

  「所有って土地とかですか?確かに広い敷地で立派な家屋ですけど、本家が居なくなれば元も子も……」

 

 

 

  「あくまで噂だけれど、八岐神社の名前の由来は日本神話に登場する“八岐大蛇”が元となっているという話があるんだ。神宮寺家に強い霊力を宿す者が生まれるのは八岐大蛇に関係するとか、三種の神器である“草薙剣”……別名“天叢雲剣”を持っているからとか何とかなんて推測の域を出ない話がある。後は神様に見初められ神の血を引くからとか。どれも確証の無い噂話が神事を生業にしている業界では有名になっているらしいんだよ」

 

 

 

 沖浩宮の話に高智は口を開けたまま。それに構わず沖浩宮は続ける。

 

  「確かに歴史が古い割に成り立ちを記した文献は今のところまだ見つかっていないし、神宮寺家の歴史を明確に知る者は当主であろうといない。それがかえって話を大きくしてしまっている要因ではあると思うんだ。それなりに強い霊力を宿す子孫が絶えず生まれている事実、藍姫に関しては底無しに近い上に強力な清い霊力。踏み入れただけで祓えてしまうのは君も目の当たりにしているだろう?審神者を募っていた選抜試験で」

 

  「……ああ」

 

 

 窓辺に近付いた沖浩宮は外を眺めたまま、木々に止まって羽を休める小鳥達を見つめる。

 

  「噂話とはいえそれを真に受けて脅威とするか丸め込んで手の内にするか……鼠にとってはその対象だと判断されているようでね。邪魔になるから消したいのさ。だからその鼠の正体を掴む為の手助けという訳だよ。草薙剣に関しては本体は熱田神宮で形代は皇居だと言われているから、神宮寺家が持っているとは思えないんだけれどね」

 

  「とはいえ、噂に尾ひれ付きまくって誇張されてる可能性があるにしてもそれを証明することも出来ない……」

 

  「謎が多いと噂話なんて付け放題だからね。八岐大蛇関連や神に見初められた云々のは信憑性ありそうだけれど。御神体ならぬ縁やゆかりある物を持ってるかもしれないから所有しているもの全て手に入れたいというのが本心ではありそうだね。させないけれど」

 

 

 肩を竦めながら窓辺から離れ、部屋の出入口へと沖浩宮は向かう。

 

  「――そういうことだから、宜しく頼んだよ。私の方でも出来る限りのことはするつもりだ。それじゃあ」

 

 結界札を剥がし、部屋を出て行く沖浩宮を見送り、高智は重苦しい息を長めに吐き出した。

 

 

 

  (なんかややこしいことになってやがる……神宮寺家だけでもややこしいってのに別の問題?どんだけ厄介事に好かれてんだ巴の家は……)

 

 

 

 由緒ある家柄に付き纏うは憧れや尊敬なんて輝かしいものだけではなく、妬みや恨みの黒いものもあるのは分かり切ったことだが血縁者にまで付き纏うとは難儀な家に巴は生まれたものだと思うしかない。

 

 だが、まさか時の政府に怪しい人間が紛れ込んでいるとは思ってもみなかった。沖浩宮の口振りだと審神者ではなく政府の役人……敵の懐までとはいかなくとも掌の上になる可能性はある。それをいち早く察知して一年前から調べていたということになるととんでもない危機察知能力だ。

 発揮するのが限定的でも沖浩宮の行動力はすごいものだと認めるしかない。あらゆる可能性を考慮して動いて事実を突き詰める、頭の中がどうなっているのか気になるところだ。

 

 沖浩宮が藍姫の為に動いているのなら自分もそうするしかない。怪しいものがあるというのなら白黒付ける必要がある。

 

 

 どう政府内を観察するか、そう思案しながら脳内で練る高智であった。

 

 

 

        (十一)ショートストーリー 終わり