「…………」

 

 

 一人の中年男性がとある和室でゆっくりと目を開けた。ボーッとしていたが周りや自身の状況を知り慌てたように動くが身動きが取れず、自身の状況を確認すると椅子に座らせられた状態で括り付けられ足首も固定されている。

 動けないと知っても足掻く中年男性の目の前の障子戸が開き明かりが差し込む。

 

 

 

  「――お目覚めですか?幹部の中で最年少の誰かさん」

 

 

 

 その声に中年男性は動きを止める。

  「もう足掻くのは止めですか?足掻いたところで貴方の罪は消えませんが」

  「…………当主様……」

 目の前まで歩み寄って来た人物に頭を掴まれ、顔を上げさせられる。中年男性の前に居るのは奏だ。

 

  「貴方が何故この状況に置かれているのか、分かりますよね。こちらは全て把握した上で行動しているんです」

 

  「…………」

 

  「貴方には全員に知らしめる為の教材になってもらいましょうか」

 

 笑顔で言う奏に中年男性は全身から冷や汗が出るのを感じた。

  「悪いことより、良いことして徳を積みたいですよね?」

  「と、当主様っ。私はただ指示に従っただけで――」

  「だから?」

 

 

 頭から手を放したと思ったら口元を掴まれて顔が近付いてくる。冷たい眼光に呼吸が止まりそうになる。

 

  「だから巴にしようとした事が許されるとでも?女の子一人に対して大の大人が寄って集って……小さい時から今までも、更にこれからも傷付けようと?ふざけるのも大概にしろよ下衆がっ!!」

 

 中年男性を床に叩き付けるように放り、倒れた男性の太腿を押さえ付けるように踏み付ける。

 

 

  「今直ぐこの脚使い物にならないようにしてやろうか?巴にしようとしたことその身で受けるか?嫌だよなぁ?痛いもんなぁ?――それは巴だって同じなんだ!お前だけにある特権じゃないんだよ!」

 

 

 身体を震わせて怯えて咽び泣く中年男性はすっかり奏に怯えてしまい、落ち着くまで会話も出来ないだろう。だが奏はそんな状態だろうと構わず詰める姿勢を崩さない。

  「あくまで自分は指示に従っただけで責任はないと言うんだな。ならこちらも手筈通りに進めるだけだ。せめて最後くらいは人の役に立って逝け――」

 

 奏が手を上げると数人人が和室に入ってきて中年男性を椅子から解放し連れて行く。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 一週間後――神宮寺家、謁見の間――。

 

 

 

 部屋には幹部、上層部である古参達が召集していて中には静香や義祖父や義祖母の姿もある。何故いきなり召集を掛けられたのか分からずガヤガヤと話す面々だが、静香は青い顔をして居心地が悪そうだ。

 

 

  「急な召集だが、一体何の話があるというんだ?」

 

  「さぁな。見当も付かんわい」

 

  「それはそうと、幹部のあいつ最近連絡取れないんだがお前等知らないか?」

 

  「知らないね。何度電話しても繋がりもせんし、メールやメッセージにも返信無し、家も見に行ったがおらんようじゃったぞ?」

 

 

 幹部の一人と連絡が取れない話題で盛り上がっていると襖が開き、奏が姿を見せる。すると全員一礼をし姿勢を正す。

  「……全員居るようですね。関心関心」

  「当主様からの緊急を要する召集でございますから。ですが幹部一人連絡も取れずこの場にはおらず欠席しておりまして」

  「ああ、彼はもう来ないよ」

 その言葉に一瞬その場の時間が止まった。奏は笑顔のまま続ける。

 

 

  「それが急に「人の助けになりたい」って献血に行くと言い出して。その後に信号待ちしてた彼のところに信号無視してハンドル操作を誤った車が突っ込んできたらしくてね。身体は奇跡的に軽傷だったんだけれど、残念ながら頭の打ちどころが悪かったらしくて脳死状態になってしまって……彼家族・親戚が居ないから身請け引取り人として私が呼ばれたんだ。どうするか医師の人と話して臓器提供して欲しいとお願いした」

 

  「……臓器、提供……」

 

  「彼が持ってる運転免許証の裏、臓器提供するってところ彼承諾してたみたいだから、「人の助けになりたい」という彼の言葉を無下にしたくないからそうして欲しいとお願いしたんだ。人の為に貢献出来たんだから彼の望み通り、少しは浮かばれたと思っておこうじゃないか」

 

 部屋に入ってから笑顔を崩さない奏に全員少しずつ恐怖が蓄積されていく。

 

  「彼の見送りは最低限の人で済ませてある。気に掛けるなんて部下思いなのか或いは……彼だけが責任を取ることになったのではないか、バレていないかの方が気になるのかな?」

 

 奏の言葉に全員無反応で、俯くこともなくただ前を見つめて固まっている。ここで何か反応をすれば怪しまれる――その部分では以心伝心しているようだ。

 そんな幹部や古参達に奏の表情から笑顔が消える。

 

 

  「…………何故、召集を掛けたと思う?幹部の彼が居ないのを察すれば答えはただ一つだ。お前等が秘密裏に計画していた件が私にバレているからだ」

 

  『!!?』

 

  「身に覚えがないなんて惚ける奴が出る前に暴露しよう。幹部の彼を筆頭に進めた計画は時の政府から巴を神宮寺家に連れ帰ること。その計画を立てることになったのは、時の政府内で起こった「審神者行方不明事件」が失敗したから。そうだよな?古参の害悪共」

 

  『…………』

 

  「害悪共が計画を立て、それを金で買収した時の政府の役人に指示したのは静香さん貴女だよな?」

 

  「!?――わ、私、はっ……」

 

 何か言おうとするが奏から向けられる冷徹な表情と眼差しに何も言えなくなる。

 

  「買収までは良かったが、その後の計画が狂って買収した二人は時の政府に捕まった。政府から巴を引き離すことに失敗し、次どうするか考えた結果……俊樹さんの命日に合わせて巴に面会を求め、墓参りに現世に出てきたところを狙って連れ去る。まず何故縁を切った巴を再び家に連れ戻そうとするのか――答えは簡単だ。神宮寺家の血筋存続の為に巴を利用するためだ。

   神宮寺家を乗っ取る計画を大分前から企てていたようだが、本家を追い出し当主の座に付く目前までは良い。だが巴が家を去ってから神社の結界が弱まり神聖さが損なわれ始めた。そこでようやく自分達の頭の悪さを自覚したんだよな?」

 

 ゆっくりと歩きながら奏は続ける。

 

  「本家を追い出せば神宮寺家が積み上げてきた地位も威厳も功績も栄光もなにもかもを失う……そこで思い付いたのが、巴に産めるまで子供を産ませようってことだ。誰の子でも良い、本家の人間が子供を残せばそれで保てるなんて反吐が出ることを実行しようとした。そうだよなぁ?下衆野郎共」

 

 奏が一人の古参の前で立ち止まる。すると後ろに隠していた刀を抜刀し下から斬り上げて胸部を斬り付ける。前のめりに転げて胸部を押さえながら古参は呻き声を上げる。

 

 

  「ジジイになっても下半身は元気ってか?煩悩塗れの薄汚い野郎が巴に触れていい権利はない。――他の奴等も同じだ。傲慢で腹黒く三代欲求は満たしたい虫以下の塵屑が……お前等どこまで神宮寺家を汚せば気が済む?この家も巴もお前等が好き勝手出来る玩具じゃないんだぞ。女なら人間じゃなくゴミだって?お前等の方がゴミだ」

 

 

 

  ――あの人や祖父母が居ようと、古参達が居ようと、生まれて父さんと過ごした大切な場所だから……帰れるなら、帰りたいっ……!!

 

 

 

 初めて見た巴の涙……やっと聞き出せた本音だ。今の神宮寺家に帰れば巴は子供を産むためだけの道具にされて捨てられる。

 汚れ切って淀んだ空気も薄汚い欲塗れの陰謀にも巴は触れなくていい知らなくていい。本来此処に居るべき人を帰すために風通しを良くするのが私の役目。

 

 

  「害を成す奴は例え身内だろうと粛清する。――静香さん。貴女には巴に与えられる筈だった辱めを受けてもらおう。この世の中には物好きも居る。どうせこの家の者ではない碌でなしの男を集めてるでしょうから貴女でも飢えた獣みたいに襲うでしょう。最後まで正気を保てれば良いですね?」

 

  「何故私なの!?それは巴が――っ!?」

 声を上げる静香の顔横を何かが通り過ぎた。微かに頬を掠り恐る恐る触れると血が馴染んでいた。奏がナイフを飛ばしてきたのだ。

 

  「……義祖母は貴女を下げて自分を上げる。義祖母と貴女は巴を互いに下げて少しでも自分を上げようとイタチごっこの上げ下げの繰り返し……見るに耐えない。浅ましく稚拙で醜く知謀が低い蹴落とし合いをして何が楽しい?自分が助かり少しでも扱いが繰り上がるようにする事がそんなに大事ですか?男女関係なく産んだ子なら可愛いものでしょう。それなのに静香さんは自分が助かる為の生贄にした。だから最低限育てたら放棄するなんて真似が出来るんですよ。自分が助かるなら巴が傷付こうと汚れても良いから産ませるだけの道具に差し出したんですよね?貴女は最早母親どころか人間ですらないですね。

   それだけ生き汚く性根が腐り切って面の皮が厚ければ大丈夫ですね。生贄が貴女に変わるだけ、その身を持って道具として扱われて終わればいい」

 

 押さえ付けようと襲い掛かってきた幹部を奏は身軽に交わし、右腕を斬り落とす。続けて技を掛けようと突進してきた古参を背負い投げで飛ばし、左腿に刀を振り下ろし切断する。

 

 

  「がっ、ああああぁっ……!!腕、う、うううで、がぁっ!!?あああ!!!」

 

  「はぁっ、ゔゔぅっ、うぐっ!!あ、あぁ、ああああああっ!!?」

 

 

 目の前で人の腕と脚が斬り落とされ、切断された。鮮血が飛び散り、全員部屋の後方へと下がり奏から距離を取る。奏は刀に付いた血を振り払い、残った血を拭き取った布切れをその場に放り鞘に収める。

  「あ、貴方!!戦う術も武道の心得もなかったはず!!ご自分で“無能”だと仰っていたのは嘘ですか!?」

 

  「だとしたらなんです?『敵を欺くにはまず味方から』と言うでしょう。私がやり返す手段を持っていないからコソコソとこんな事していたんですよね。舐めてくれていたから炙り出せた……神宮寺家を建て直しする為の礎になれるのですから感謝してほしいくらいですね」

 

  「たかが義妹を犠牲にしようとしただけで何故こんな暴挙に出られる!!当主としてあるまじきな行為ですよ!!」

 

  「はぁ……?」

 

 

 ヤケクソになったのか、幹部一人が膝を笑わせながらも必死に踏ん張って立ち奏に異議を申し立てる。

 

  「大体先代の俊樹さんだって霊力が全く無かったんだ!それでも当主になれたのは男だったから!一人娘である巴が幾ら強い霊力を持っていようが所詮は女……この神宮寺家では男児しか跡継ぎとして認められていない!価値の無い奴に価値を与えて家の為に貢献させてやろうってんだ。縁切られたからって無関係じゃないんだよ!女なんて捌け口を受け止めるだけの器で産むことしか能がないんだから、せめて男を楽しませてくれるくらいのことしてもらわないと何の為にこの家にう――」

 

 

 

 

  バンッバンッバンッバンッ!

 

 

 

 

 突如鳴り響いた四発の銃声。異議を申し立てた幹部はその場に蹲り、他に手を押さえる者が三人……。

  「はあぁー……貴方は男としての価値もない。不必要な息子は使い物にならないようにしてあげましたから。それと私に銃口向けてた人の手も」

 次々と負傷者が出る現場に皆もう反発も抵抗も異議すら申し立てられなくなる。今までずっと頭が切れるだけの守られるだけの“無能”だと本人も口にしていたから周りもそう思っていた。

 

 それなのに――。

 

 

 

 

  「負傷や死をお望みなら叶えますよ。さあ、私の元に来るなり抵抗してください。全部無力化してあげます」

 

 

 

 

 涼しい笑顔でそう言う彼が刀で斬り付けたり、ナイフを飛ばして掠り傷を付けたり、腕を斬り落とし、脚を切断し、股間や手を打ち抜いたり……躊躇もなくやってのける姿勢に謁見の間に居る誰もが感じただろう。

 恐怖――彼は無能ではなく“有能”だった。「能ある鷹は爪を隠す」、正にその言葉を体現した彼がこの場に居る全員の目にはどう映っているのか。鬼神か死神か悪魔か……恐怖を与えるものに見えるのは間違いない。

 

 

  「……な、ぜ…………そこまでで、出来る……!?おおお前、ほんほほんとうに、に、人間か、よっ……!!?」

 

 

 幹部か古参か、誰かがそう言葉を発した。僅かな明かりが血が飛び散っても笑顔のままの奏の顔を照らす。

 

 

 

  「巴にもお前等にも隠してたのは私が起こす“事”を悟られない為。お前等は私の事を触れ回ることも出来ないからどうでもいいとして、巴は何も知る必要も何も背負う必要もない。一生私だけが業を背負えばいい」

 

 

 

 三日月のような笑みを湛える奏に誰もが萎縮するだろう。だが何処か、美しくも感じる。

 

 

  「可愛い妹に忍び寄る影は……巴に害を成すものは全て排除する――それだけで十分なんですよ――」

 

 

 この日を境に神宮寺家から古参達も幹部達も、彼等に心酔する部下達も、静香も義祖父も義祖母も居なくなった――。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 義理は何処までいっても義理、そんなのは分かり切っている。

 

 とはいえ血の繋がりがあるから全て大事にして家族として成り立っているわけでもないと思う。現に巴は大事にされていない。父親は娘である巴を大事に守って育ててきた。それが大事にされているということだと私は思う。だから義理だとしても信頼も絆も生まれる可能性はゼロじゃない、俊樹さんが私に巴を託してくれたように信頼は生まれると私は知っている。

 だからきっと、巴も何時か私を信用してくれると信じている。それが届いたとは思わないが、墓参りの時に見せてくれたあの涙と本心は、私を騙す為でも適当に答えたのでもない“信用していいかも”という気持ちから見せてくれたものだと信じたい――。

 

 

 

 

 

 数日経ち、私はとある場所にやって来た。害悪共が巴に子供を産ませるだけの道具にする為に用意した古参の誰かが所有していた山にある日本家屋。今はもう神宮寺家に買われて神宮寺家の物となっている。

 その日本家屋に足を運び、中に入ると人気はあるがそれは性欲が突き抜けた男共が寄せ集められて居るだけ。そして奥へと進み一つの部屋の前へと辿り着いた。襖を開けると和室に不釣り合いな牢がある。部屋に入って来た奏の姿に牢の端で蹲っていた影が動いた。

 

 

  「――奏っ!!お願いっ!!此処から出してっ!!」

 

 

 薄着姿で駆け寄って来たのは巴の母親である静香だ。静香はあれからこの日本家屋に連れて来られ、飢えた男共に代わる代わる抱かれる日々を送っている。男は全部で十人、一日二人と定めて五日で一回りするサイクルだ。

 懇願する静香を見下ろす奏は嫌悪の眼差しで冷たい目をしていた。

 

  「どうしてですか?貴女言ってましたよね?「私は男を喜ばせることが出来る女として価値ある人間」だと。ということはその価値を発揮出来る絶好の場ではないですか。女として求められているのですから満足じゃないですか?貴女が神宮寺家に嫁いできたのは15歳、巴を生んだのは16歳、それから20年経っていても貴女は36歳……まだまだ大丈夫です。男共が興奮しているのですから興味がなくなるまで抱かれ続けてください」

 

  「そ、そんな……これは本来巴が……」

 

  「どんな気分ですか?」

 

  「え……」

 

 私の質問に静香さんは困惑している。何故そんなことを言われるのか、と。本当脳内お花畑だとこうも智謀が低くなるものなのか。

 

  「私が部屋に入るなり「此処から出して」と縋って来たのは貴女ですよ。縋るということは求められるのが意外とすごかったからですか?快楽に落ちそうだからですか?助けて欲しいから縋るんですよね?貴女にとって嫌だと感じていることを巴なら負っても良いと?――ふざけるのも大概にしろよ」

 

 思考が完全に娘は家族じゃなくて物扱いだ。自分がその立場になると思っていなかったからいざ自分がその立場になると助けを乞う。もしこれが巴なら助けを乞うのも見捨てて高笑いするのだろうこの女は。

 

  「貴女は此処で男達が飽きるまで快楽に浸っていればいい。様子見には来ますよ。生活はちゃんと出来るのですから困ることは何もないでしょう」

 

  「!?ま、待って奏っ!!もう少ししたらまた……!!」

 

  「女としての価値を楽しんでください。ではまた――」

 

 後ろから「此処から連れ出して!!」と叫ぶ静香の声を無視して奏は部屋を出てそして日本家屋を後にし、神宮寺家に向けて戻る。

 

 

 

 

 

 カイが運転する車の後部座席に座り窓の外を眺めながら俊樹との会話を思い出していた。あれは俊樹が亡くなる一週間前だ。

 

 巴の父親である俊樹が亡くなったのは巴が八歳、奏が十四歳の時。奏が神宮寺家に来たのは巴が五歳の時、奏は十一歳で次期当主として必要な事はこの時からずっと教わってきた。

 

 巴が八歳になったばかりで十二月に入った辺りから俊樹は体調を崩すようになった。四月に入り落ち着いてはきたものの病院で治療を受ける日々は続いた。

 検査入院だったその日は療養で病院で過ごすことになり次の日に家に戻ることになっていた。付き添いで来ていた巴はベッドの上で眠っていて俊樹が膝の上に座らせて自身に凭れ掛けさせて優しく頭を撫でる。そんな二人の姿を見ながら奏はベッドの側に突っ立っていて、俊樹に話し掛ける。

 

  「……話ってなんですか?」

  「ああ、今後の事で奏に伝えておきたい事があってね。……私はもう長くない。次期当主は奏になるだろう。おそらく私から代代わりすれば古参や幹部が分かり易く動き出すかもしれない。巴の事は奏やケイにカイ三人に頼んでいるから大丈夫だとは思うが、巴を犠牲に何かしようものなら対処は奏の判断に任せるよ」

 

 愛おしそうに巴を見下ろす俊樹の表情は父親そのもので、顔にかかる髪を優しい手付きで払う。

 

  「正直……遅かれ早かれ神宮寺家は衰退する。古参達が家を乗っ取る算段を立てているようなんだが上手くはいかないだろう。巴を追い出して計画が完成すると思っているみたいだが、本家の血筋を切れば八岐神社の結界が消えて神聖な場ではなくなる。それは本家で尚且つ霊力を宿す者が土地を離れても同じことになる。おそらく後々になってそれに気付き巴を本家に連れ戻そうとするだろう。……こんな身体でなければ実力行使でもしてあいつ等を殺めてでも風通しを良くするんだが……」

 

  「大丈夫ですよ。秘密裏に動いているのはあいつ等だけじゃない。私も俊樹さんまでとはいかなくても武術も真剣も少しずつ上達してる。いざとなれば私が神宮寺家を建て直す為に手を下してもいい。……巴を守る為なら手を汚す覚悟だよ」

 

  「…………ありがとう、奏。私の可愛い娘を、私の分まで巴を守ってやってほしい――」

 

 

 

 

 

  「…………」

 

 俊樹さんも神宮寺家を建て直すつもりだったが、持病である心臓病のせいであまり激しく動くことが出来ず実力行使の実行は出来なかった。まず口で説得なんて無理なのは分かり切ったこと、なら残る術は手を汚すことのみ。若しくは手を汚さずとも様々なものを利用して隠し追い出すか。

 

  (神宮寺家が手広く神社を立てていなかったのが幸いだな。本家のみが八岐神社を生業にしてくれていたお陰で表沙汰にならずに裏で粛清出来た。今は本家内の清掃と除菌の真っ最中……終わったら巴を家に呼ぼう)

 

 古参も幹部も母親も祖父母が居ない家に疑問を抱くだろうが、何故そうなったのか巴が知る必要はない。膿は全て出し尽くして風通しが良くなり家に溜まっていた負や陰気は消えた。これで神社内の空気も改善され良い方向に向かうだろう。

 

  (本家も落ち着くまでにはまだ時間が掛かるだろうが左程掛からないだろう。これでまず荷が一つ消えた)

 

 根源を絶っても余波は残っている。古参達に賛同して小さな悪を働いていた奴等は部下達だけで何とか対処は可能だとケイやカイから言われた。暫く休んでもらっても良いくらいだが、どうせ休むなんてことをせずに神社と時の政府の双方の仕事を熟すのだろうと言われたが――。

 

 

 

  ――奏様は巴様の為に今までもこれからも動かれるのでしょう?なら休むことも巴様の為です。体は一つしかございません、大事にして頂かないと巴様を守ることも出来なくなりますよ。

 

 

 

 ……巴の事を引き合いに出されると弱いことを知っていてケイのヤツ……。

 

 

  「――奏様。明日巴様の所に赴くのですか?」

 

  「ん?そのつもりだけれど……問題があるのか?」

 

  「いえ。家にお帰りになられないのかと提案されるとは思うのですが、その際無理したから休むようにと言われると思うのです」

 

  「……まあそうだろうね」

 

  「巴様を家にお連れするのであれば、その際に奏様も数日お休みになられては?お一人だとお休みになられないのであれば巴様と一緒にお休みになるのであれば進んで休養なさるでしょう」

 

 カイから提案されたのは巴と共に家で休息をとのものだった。それは私にとって嬉しい提案ではあるが……。

 

  「家に帰れるのなら帰りたい――巴様の本音ですよね?でしたら数日帰るという提案も受け入れてくれるのではありませんか?あくまで可能性の話ですからお話して巴様がどうお返事されるかによりますが」

 

 

 ケイもカイも私が巴想いなのを良く分かっているな。いや近くで何時も見ていたのだから分かり切ったことか。

 

  「考えておくよ」

  「内心即決されてるのに隠さなくても良いではないですか。奏様が巴様想いのシスコンだというのは俺にもケイにも他の部下にもバレてるんですから」

  「馬鹿にしてるのか!?可愛い妹を可愛がって何か問題あるか!?」

  「ありませんよ。巴様が可愛いのは俺達も理解していますから」

  「ならいいんだ!」

 

  (俊樹様とはまた違った親バカならぬシスコンですね……義理とはいえその部分は通ずるものがあるのですね)

 

 

 俊樹様も奏様ぶりに巴様のことを可愛がっていましたからね。ただ甘やかすとかではなくキチンとした躾をした上での親バカでしたから。

 その光景を思い出すと頬が緩むカイであった。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 面会から一週間以上経ち藍姫は本丸で何時も通りの日常を過ごしていた。義兄から連絡がないということはまだごたついていて収拾に時間が掛かっているのだろうか。素直な気持ちを言えというからその通りにしたのだが、それで何もないと少しどうなったのか逆に気になってしまう。

 

 

 厠から執務室へ戻っていると何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 

 

 

  「――どういうことだ!!和泉守ー!!」

 

  「だからちゃんと了承得たって言ってんだろーがっ!!」

 

 

 

 騒がしい声の主はへし切長谷部と和泉守兼定のようだ。長谷部に追い掛けられているようだが……一体何をしたのだろう――と思っていると、前方から和泉守がこちらに向かって駆けて来る。和泉守は藍姫に気付くと助かったと言わんばかりに脚を速めて藍姫の後ろに回り盾にする。

 和泉守を追い掛けていた長谷部は藍姫を盾にした和泉守に目を吊り上げる。

 

  「和泉守!!主を盾にするなど卑怯な真似を!!」

 

  「こうでもしねーと人の話聞かねーだろあんた!!」

 

  「ちょっと!?一体何の騒ぎなの??」

 

 頭の上で騒ぐ二人に割り込むと長谷部が目線を合わせて来て問い掛けてくる。

  「主!一週間程前に和泉守と手合わせしましたか?」

  「したけど……それがどうかしたの?」

  「何故俺に言ってくれないのですか!?」

  「えぇー……」

 頬を掻く藍姫は和泉守を見上げる。

 

  「ねえ、なんで長谷部に追い掛けられてたの?」

 

  「俺が主と手合わせしたって聞いたらこの調子だ。何か言おうにも遮られて話にならねんだよ……」

 

  「主と手合わせなどして怪我でもしたらどうするつもりだ!俺達と違って治るにも時間が掛かるんだぞ!?」

 

  「怪我なんてさせるかよ!第一、手合わせを了承したのは主だぜ?そこを履き違えてもらっちゃ困るんだが?」

 

  「主!何故了承したのです!?」

 

 

 つまり、長谷部は私が怪我をしたら大変だから和泉守がどういうつもりで手合わせなどしたのか問い質そうとした……ということだろうか?和泉守の言う通り了承したのは私だし、怪我もしていないから問い質すまでしなくても良いと思うのだが、長谷部はそれでは気が納まらないらしい。

 

  「長谷部も和泉守を一旦落ち着いて。……手合わせを申し込んできたのは和泉守だけど、久しぶりに手合わせしてみたいと思って了承したのは私よ。もしそれで怪我とかどこか痛めたとしてもそれはどちらのせいでもないでしょう?」

 

  「しかし!」

 

  「長谷部が私を想って心配してくれていることは嬉しい。けど私だって武道の心得も受け身も取れるしある程度自分の身は守れると思ってる。そこは信用してもらえないの?」

 

  「そんなことはありません!ですが万が一というのを考えるとどうしても俺は心配で……!」

 

  「もし怪我とかしても自分で対処出来るし、手合わせしてくれた刀剣も手助けしてくれるだろうから大丈夫。第一手合わせに怪我とかは付きものでしょう?普段でも何気ないことで切ったりとか打ったりとかあるんだし」

 

 藍姫の言葉に長谷部は言い返してこなくなった。すごく葛藤してそうな表情ではあるが、藍姫の言うことも一理あると思うのだろう。

 悩んだ結果、大仰な溜め息を付き和泉守を睨み付ける。

 

  「……今回は主の言葉に免じて許すが、手合わせした際に怪我やどこか痛めさせたらタダでは済まさないからな。そこは肝に命じておくんだな」

  「言われなくても分かってんだよ」

 

 長谷部は去って行き、後ろ姿が見えなくなると和泉守が息を吐く。

  「はあぁ〜……やっと納得したか。助かった、主」

  「大の男が私を盾にするって……」

  「仕方ねーだろ!聞く耳持たねーんだからよ!俺だけでどうにか出来てんなら主を盾にするかよ。執務室に戻るとこか?」

  「ええ」

 

 歩き出した藍姫の後ろに付いて和泉守も歩き出す。

 

 

  「というか、手合わせの話長谷部にしたの?」

  「するかよ。国広と話してたのを聞かれたんだよ。あとはことは見た通りだ」

  「心配してくれるのは嬉しいけど、常に心配される程危なっかしいとは思わないんだけどな……」

  (よく言うぜ……)

 

 たまにではなく常に気にしておかないと直ぐに無茶をして任務に打ち込んだり食事を抜いたりするくせに……。どうやら主にはその自覚はないようだ。

 

 

 

  「――あっ、いたいた」

  「執務室に居ないから探したぞ、主」

 

 

 

 執務室に戻っていると、前方から髭切と膝丸の源氏兄弟が歩いて来ていた。和泉守は二人の姿に「じゃーな」と肩を軽く叩いて去って行った。

 

  「小休憩にお茶を用意したよ。一緒に甘味を食べてのんびり休もう」

  「和泉守と一緒だったようだが、良いのか?」

  「大丈夫。執務室まで送るつもりだったんだろうけど二人が来たから任せたんだよ」

  「じゃあ、はい」

 

 手を差し出してきた髭切の手と髭切の顔を交互に見る。

 

  「……えっと……この手はなに……?」

 

  「手を繋いで戻ろうと思って。何振りか主と手を繋いでたりしてるのを何度か見掛けたことがあって、僕もそうしたいと思って。だから、はい」

 

 誰かがやっていたから自分もしてみたい――真似したいということだろうが、そのような行動をする刀剣達に藍姫はたまに驚く。初めて知る感情や心の動きに戸惑うこともあるようだが、行動に移したり伝えてきたり、殆ど人と変わらない。付喪神とはいえ不思議なものだ……。

 そんなことを考えながらニコニコ笑顔で手を差し出してくる髭切の顔を見つめていたが、断る理由もないので差し出された髭切の手に左手を重ねる。優しく握られ嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

 

  「ふふっ。柔らかいねぇ」

 

  「…………(すごく嬉しそう……)」

 

 藍姫の手の感触を味わうようにふにふにと触っていたが、満足したのか歩き出す髭切に引かれて歩き出す。その後ろを膝丸が付いてくる。

 今の近侍は髭切と膝丸の二振り。本来一振りなのだが、髭切から「刀剣も増えてきたし、近侍が一振りでないといけないなんてこともないなら二振りでもいいんじゃないかな?その方が少しでも早目に近侍が回ると思わない?」と提案されたのだ。

 

 確かに刀剣は増えて来ているし、次何時近侍の順番が来るのかソワソワしている刀剣も居るにはいるのだがそこまで気にすることなのだろうか……というのが藍姫の気持ちだ。少しでも私の側に居たいと想ってくれているのだとしたら審神者として嬉しい。勿論そうでなくても慕われているのかもしれないと感じるから嬉しい。

 

 

  (慕われるってこういう距離感なのかな?よく分からないけど)

 

 

 現世でこんな風に接されたことがないからなんとも言えないが、そういうものなのだろう。

 

 

 

 

 

 執務室に戻って休憩に入り髭切と膝丸と他愛もない話をしていると、切り分けた自分の分の芋羊羹の一切れに竹串を刺し、髭切が藍姫に差し出してきた。

  「はい、主。あーん」

  「えっ!?」

 突然の行動に驚いたが止めるつもりはないらしく、「食べさせてあげるから口開けて」と柔らかく微笑みながらずいっと口元に近付けてくる。観念して口を開けると芋羊羹が入ってきて口の中にサツマイモの風味と甘みが広がる。

 

  「……美味しい」

 

  「じゃあ次は弟丸の番だよ」

 

  「膝丸だ、兄者。……では俺も……」

 

 髭切と違って恥ずかしそうにする膝丸だが、照れながらも切り分けた芋羊羹を藍姫の口元に差し出してくる。

  「さあ主、口を開けてくれ」

 引く気も無さそうな雰囲気なので口を開けて芋羊羹を食べる。……なんで私食べさせられてるの……?

 

 

 モグモグと咀嚼していると膝丸がフッと表情を緩める。

  「雛鳥みたいで愛らしいな……」

  「?」

  「!?な、何も言ってないぞ!」

  「次は主が僕達に食べさせる番だからね」

  「やっぱりそうなんだ……」

 

 食べさせ合いっこすることになるとは思っていなかったが、これもコミュニケーションの一環と思えば……これは一環になるのだろうか……?

 

 疑問に思いながらも髭切と膝丸に芋羊羹を食べさせると、ニコニコの髭切と微かに頬を染めて照れる膝丸という対照的な反応の源氏兄弟に藍姫はクスクスと笑う。

 

 

 

 今日も穏やかで平和な時間が藍姫の本丸では流れて行った。そろそろ催し物が開催されるそうだから、それに備えて頑張っていこう――そう思う藍姫であった。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 藍姫の本丸で穏やかな時間が流れている頃、時の政府外ではあるが少しピリ付いた空気が漂っていた。時の政府にやってきた奏を待ち構えるように高智が門の前で待ち構えていたのだ。

 

  「どうしたんだい高智。……まだ政府内ではないから神戸と呼ぶ方がいいかな」

  「…………」

 

 今目の前に居るのは自分の知っている神宮寺奏だ。何時もとなんら変わりない穏やかな笑みを湛えている奏なのだが、高智――高志は奏が今何を考えているのか分からないでいた。

 

 

  「黙ったままでいるつもりなら先に行かせてもらうよ。仕事だからね」

 

  「…………ったんだ」

 

  「?」

 

  「……神宮寺家で何があったんだ。何時も古参や幹部のジジイやオッサン共が何かしら騒いでたのがなくなった。急に人気が少なくなった。巴があんたと母親と面会して親父さんの墓参りで政府外に外出してから一週間しか経ってない。何があったんだ……?」

 

 

 確か神宮寺家の古参や幹部を合わせると百五十人はいく筈だ。その人数がいなくなって一気に神宮寺家は静かになった。巴と奏は墓参りにしか行っていない筈、巴はともかく神宮寺家に行ったとすれば奏だけ。その時に何かあったのか?

 

  「巴が母親とアンタ二人に面会した時に何かあったのか?それとも墓参りに行った際か?」

 

  「他所の家事情が気になるなんて変わってるね。いや、君の場合は巴が関わる事には首を突っ込みたいだけか。君のことだ、私を監視するか調べるかしそうだから要点だけ話そうかな」

 

 やはり何かあったらしい。奏が動くとなるとかなりのものだと思うが、一体何が……。

 

 奏は高志を振り返り穏やかな笑みを浮かべたまま答える。

 

 

  「古参、幹部、古参や幹部を慕う側に付く部下全員、義母、義祖父母……神宮寺家を汚し悪行を働いていた全員、一番は巴に危害を加える気満々だったから関係者全員容赦なく粛清した――それだけだよ」

 

  「粛清って……」

 

  「手を汚したのかそうでないかは君の想像にお任せするよ。これで淀んでいた空気が消えたから過ごしやすくなって神社も清らかになる。よきかなよきかな!」

 

 

 軽快に笑う奏に高志はこの時ばかりは恐怖を覚えた。

 

 何時も笑みを湛えている穏やかな奏しか見たことのない高志は本当の奏を知らない。まず何を考えているのか分からないから思考も思想も分からない。ただ分かるのは、義妹である巴を本当の妹のように可愛がっていることだけ。

 

 巴を傷付けようとする奴は例え女だろうと容赦はしない。我が物顔で好き勝手にする古参や幹部達が震え上がって萎縮するくらいだ。あの優男みたいな外観からは恐れられるなんて想像出来ないが、若いながらも年上を怖がらせるものが奏にはあるということだ。

 とはいえ、巴の血縁者まで粛清とはかなり思い切った行動だ。それは巴も知った上で行ったことなのか?

 

  「母親や祖父母まで……?巴は了承してるのか?」

 

  「巴は知らない。知る必要もないよ。言っただろう?「巴に危害を加える気満々」だと。義母の静香さんは代わりに辱めを受けて快楽に堕ちてる頃かな。途中で飽きられるか死ぬまでか……そこはその時次第かな。母親でも人でもない女にはお似合いの末路だよ」

 

  「……どうしてそこまで……」

 

  「どうして?そんなの決まっているじゃないか。“巴に危害を加える、それを思考・実行する”だけで私の中では始末の対象だよ。それは身内だからといって例外ではない。生半可ではなく巴を守る為なら手を汚す覚悟はとうに出来ているんだよ」

 

  (この人――目が本気だ――)

 

 嘘でも冗談でもない、奏は本気だ。穏やかさが消えて刺すような冷たい目付きと真剣な顔付き、それに微かに漏れている殺気に本能が危険だと警鐘を鳴らしている。

  「あんた、まさかいずれ巴にも危害を加えるつもりじゃ――」

 

 

 

  「――神戸、君面白いこと言うね」

 

 

 

 目を細めてこちらを見つめてきた奏に高志は背筋が凍り付くのを感じた。殺気が先程より増して怖さから足が竦んで動けなくなる。

  「私が言ったこと聞いていたかな?巴に危害を加えようとしていたのは義母、義祖父母、古参・幹部達と彼等を慕う部下達……もう情けも慈悲も必要なくなったから粛清したんだよ。そうだろう?可愛くて愛い大切な妹である巴を食い物にしようとした害悪共に容赦は要らない。そう判断したのは私だよ」

  「……あんた、武道の心得も無いんだろう?部下達が粛清を下したんじゃ……」

  「私だよ。害悪共を粛清したのは私、部下達は私の指示を聞いて動いただけ」

 

 奏のその言葉に高志は開いた口が塞がらなかった。この人が?武術や戦う術を持たない、自分は無能だって言っていたこの人一人で?

 

 

  (この人、何考えてるんだ……?何も出来ないって嘘付いて実力隠して、巴の為とはいえ血縁者も粛清なんて……)

 

 

 まさか巴を可愛がっているのも本当は嘘で、何時か本当に巴まで……。

 

 

 

  「大体何を考えているか分かるけれど、一つ忠告しておくよ。巴の為とはいえ言動には気を付けるようにした方が良いよ?――幼馴染も例外ではないからね?」

 

 

 

 いつの間にか目の前に奏が居て、冷ややかな目で見下ろされていた。

 

 家族であってもここまで身内を守る為に行動出来る人間は限られるだろう。それは義理であっても同じことが言えて、双方にある明確な違いは“血縁であるか否か”というだけだ。

 本当に愛情を注がれて育つ人、愛情を注がれなく親を知らない人、家族もいない人、虐待を受ける人、家族というのを理由に虐げたり好き勝手振る舞う人、手を掛けて怪我や殺人まで犯す人、それは知人・友人であっても起こりうる事である。

 

 だとしても、高志の目の前に居る奏は大切な物を守る為なら手を汚すことさえ厭わない覚悟を決めた人。ハッキリ言って異常だと言える。義妹の為に家を傾けるまでのことをする当主なんているのだろうか。ここまで非情で冷酷な判断をする義兄が居るのだろうか。

 

 

  (ハッキリしたのは、一番敵に回したらいけない奴だってことだな……巴の親父さん、とんでもない奴を養子に迎えたな)

 

 

 巴を安心して任せられるという点では良かったのかもしれない。だが家の事に関してはこうなるだなんて予想は出来なかっただろう。

 

  「俊樹さんも心臓病でなければ同じことをしていたよ。『実力行使で殺めてでも風通しを良くするのに』……そう言っていた。分かっていたんだよ、神宮寺家の現状を。いずれ巴に危害を加えるであろうことも」

 

  「あの優しそうな親父さんが?」

 

  「一家の上に立つというものは時に残酷であろうと判断を下すものだよ。家よりも守らなければならないものもある、優しそうだからと非情さが無いわけではない。他の家は知らないけれど、神宮寺家代々の当主達は冷酷さも非情さも兼ね備えていたと聞いている。俊樹さんも神宮寺家の人だということだよ」

 

 

 神宮寺家が長い歴史を積み重ねて現代まで残っているのは家可愛さに優遇したり罪を見逃さず、下すべきものには正しい判断を下し処罰する。出来るようでたったの一回であれ身内贔屓すれば怠慢、怠惰になる。甘やかすことになる。

 それをしてこなかったからこその非情・冷酷に裁く冷静な判断が出来る神宮寺家代々の当主の手腕は恐るべしだ。

 

 話は終わったとでも言うように奏は先に門を潜って政府内に足を踏み入れる。

 

  「危険だから気を付けろ、そう伝えるのは構わないけれど私は当主として、兄としての判断を下して行動したという事を忘れないでもらいたいものだね。聞いて・見て、自身が受け取った印象だけで決め付けるのは良くない。そんな事も分からないようじゃ守れるものも守れないよ」

 

 

 去っていく奏の背中を見つめるだけの高志は、今日ようやく奏の素顔を垣間見ることが出来て複雑な心境であった。ただのシスコンだと思っていたが一家の当主だけあって先々まで見越して行動をしていて抜け目がない。本当に守るなら、奏くらいの事をしなければ守れないのだろうか……。

 

 

  「…………」

 

 

 ……正直言って侮ってた。

 

 所詮義妹を可愛がるシスコン野郎で、武道の心得もなければどう守れるんだと馬鹿にしてた。だが実際は実力行使出来る程の腕前を隠して“無能”を演じてそれを周りにも信じ込ませていた。その事を知っているのは奏の部下と高志だけ、他にバラす気などないだろうしそもそも嘘だと感じさせない。

 

  (競う気なんてねーけど、完全にアイツの方が何枚も上手だ。俺はそこまで出来る力も権力もない……巴を守るにしても限度があるか)

 

 やはり強い権力がある家柄は影響力が違う。奏の中では神宮寺家という家柄も巴を守れる為なら利用しているに過ぎないのだろう。全てにおいて大切なのは巴であって神宮寺家は二の次、それ以外は眼中に無さそうだ。

 これから時の政府の役人としての職務をしつつどう巴の為に動けるか――と考えていると。

 

 

  「――そうそう。真面目にこれからの行動を考えているとは思うけれど、私とは可能な範囲が違うのだから比べるのがまず違うのは理解出来たと思う。これまで通り君が出来る範囲でやればいいだけだと思うよ。暴走して私に排除されないよう先程の忠告を念頭にお願いするよ」

 

 

 どこまで人の思考を読んでいるんだコイツ……流石にマジもんで怖いぞ……。

 

 

  「そうだ。私と協力関係にならない?政府内を探るには私より君の方が怪しまれない。妹を守りたいというのなら良い提案だと思うけれど……どうだい?」

 

  「…………“危害”だとアンタに認識されない限り有効な協力関係ってことか?」

 

  「そうだね。まぁ〜君が妹に危害なんて加える度胸もないのは知れたことなんだけれど!」

 

  「…………やっぱ気に食わねーわアンタ!」

 

 

 少し見直したというか、一家の当主としての器だったんだなと関心した瞬間を返してほしい。別人だったのが何時ものシスコン野郎に戻り、先程までのも幻だったのではないかと思えて高志は溜め息を付いた。

 

 

 

        (十二)に続く