取り急ぎ決まった藍姫様――巴様と神宮寺家の面会。面会が決まる前から奏様は神宮寺家の面々を隅々まで調べ尽くし、義母も義祖父・義祖母もその中に含めて動いていた。

 

 

 時の政府内で起きた審神者行方不明事件。三人が犠牲になり四人目となろうとしたのが巴様だった。その時点で事を起こした奴は捕まる前提ではあるが、それも探れば神宮寺家が寄こした巴様を攫う目的で金で雇われた二人の男が指示されて起こしたもの。だがそいつ等は目的を忘れ、死にゆく審神者達を見ることに快感を覚え本来の任務を放棄した。

 

 囚われたそいつ等がどうなったかは、この人しか知らない。私(わたくし)の目の前で悠々とコーヒーを飲む現神宮寺家当主である神宮寺奏様。

 

 

 時の政府では“沖浩宮”、現世の神通寺家当主では“神宮寺奏”、時の政府にて審神者を務める“藍姫”……本名、神宮寺巴様の義兄に当たる方だ。

 

 

 

 

 

 ――面会前日夕方。神宮寺家、奏の部屋にて――

 

 

 

  「…………私(わたくし)が巴様をお迎えにですか?」

 

 

 

 ソーサーにカップを置き、奏がこちらを見やる。

 

  「私は神宮寺家当主、巴の兄として面会の場に立ち会わないといけないからね。明日カイは神宮寺家、ケイが政府側、言わずもがなケイが巴を迎えに行くのは必然じゃないかな」

 

  「それはそうですが……」

 

  「ん~……巴もだいぶ普通にケイとカイとは会話出来るようになったと思うのだけれど。約一年ぶりに顔合わせるからまた素っ気なくされるのが嫌なのかい?」

 

 奏のその言葉にケイは視線を這わせる。部下のその反応に奏はクスクスと笑いコーヒーを飲む。

 

 

  「……私より年上なのに巴に素っ気なくされるかもしれないと怖気づくなんて……巴を可愛がっている証拠だな」

  「奏様には負けます」

  「私より可愛がって信用されでもしたら泣くよ?」

  「いえ、泣かれても困ります……」

  「まあ冗談はさておき」

  (冗談ではないですよね、さっきのは)

 

 

 コーヒーを飲み干してしまい、新しく淹れ直しながら奏は口を開く。

 

  「――そういえば、口を利いてくれない巴が服の裾を引っ張って物を見せて何をして欲しいか訴えてきたという時も、初めて口を利いてくれた上に名前も呼んでくれた時も、ケイもカイも大層喜びながら俊樹さんに報告してたっけね?」

 

  「…………何故そんなことを覚えておられるのですか」

 

  「私が神宮寺家に養子に来てそんな経ってない頃だったかな?私も巴との距離感をどうしようかと悩んでいた時だったし、何かヒントになればと思って観察していて覚えているだけだよ」

 

 

 

 奏の言葉にケイは昔のことを思い出していた。

 初めは姿を見るだけで俊樹様の後ろに隠れるくらい誰にも心を開いていなかった。俊樹様が家に居ない時私(わたくし)やカイが巴様の身の周りのことを預かっていたのだが……口も利いてくれない、目も合わせてくれない、言葉は聞いてくれていたが意思疎通を拒否されていた。どうしたものかと俊樹様に度々相談はしていたのだが。

 

 

 

  ――巴が口を利いてくれない、か……。ケイもカイも知っているだろうが、私以外から犬畜生みたいな扱いだからきっと二人からも同じ扱いしかされないと思っているんだよ。私の側近だから大丈夫とは伝えてはいるんだけど。こればかりは私もどうも出来ないよ。

    面倒で手を出したいくらいイラつくかもしれないけれど、辛抱強く寄り添ってあげてくれないか?きっと巴も分かってくれるから。

 

 

 

 父親以外には心を閉ざしたまま、例え父親の側近だろうとそれは変わらない。だけど俊樹様から申し訳なさそうな困った表情で言われては何も言えなかった。幼いとはいえ周りの大人からゴミ呼ばわりされ、女というだけで蔑まれて……心を閉ざされても仕方ないと思う。

 だがここで諦めて寄り添うことを止めるわけにはいかない。俊樹様が居ない時巴様を守れるのは自分やカイしかいないのだから。

 

 

 

 諦めずに向き合い続けていたら報われは、突然だった――。

 

 

 

 養子として奏様が神宮寺家にやって来た頃、俊樹様が外出で居ない時いつものように巴様の身の周りの支えをしていた時だった。服の裾を引っ張られそちらを見やると、コップを手に何か訴えてくる巴様が居た。目を瞬かせていると、コップを突き出してくる仕草に――。

 

 

  ――何か飲み物が欲しいのですか?

 

  ――…………(コクリ)。

 

 

 頷くだけだったが、近くまで寄ってきてそうされた時は年甲斐もなく喜んだ。それはカイも同じで、巴様から物を見せられて訴えてきたらしい。私達の報告に俊樹様も破顔して「おめでとう」と言ってくれた。

 

 

 暫く物で何をして欲しいか訴えて来ていた巴様だったが、ある日珍しく手に何も持っていなかった。服の裾を引っ張られて目線を合わせながら巴様に話し掛けると――。

 

 

  ――…………ケイ、お腹空いた……。

 

  ――…………。

 

 

 耳を疑った。名前を呼んで、ちゃんと言葉にして口を利いてくれた。その瞬間巴様が愛しく想えて表情も自然と緩んだことはちゃんと覚えている。

 

 

 

 それから私(わたくし)とカイ、奏様とは口を利くようになった。奏様には硬さが取れているが、私(わたくし)とカイにはまだまだ硬かったが会話は出来ている。

 今では普通に会話が出来るようになったが、それまでどれだけ時間が掛かったか……。

 

 

  「今では普通に会話してくれているだろう?一年顔を合わせていなくても大丈夫だよ。私同様ケイとカイも時の政府に身を置いていると分かれば支えが増えて嬉しい筈だよ」

 

  「だと良いのですが」

 

 

 奏からコーヒーを淹れようか?と聞かれる。

  「余計なこと考えるのは止めにしよう。糖分摂れば少しは落ち着くんじゃないかな?」

  「……ありがとうございます」

  「普段ブラックかな?私は両方ないととてもじゃないけれどコーヒーは飲めないよ。私と同じ分量の砂糖とミルク入れようか?違う味に触れてみるのも良いと思うよ」

  「そうですね。お願い致します」

 

 

 そうお願いすると手慣れた手付きでカップ二つに砂糖とミルクを加えていく。

 

 

 

 

  「そうそう!巴も微糖くらいが好きなんだよ。前は砂糖もミルクも多めだったけれど、少し味覚が変わったらしいんだ。私も微糖派だから一緒で嬉しいよ!」

 

  「……奏様。時の政府での職務はちゃんとしておられるのですよね?」

 

  「もちろんだよ。ちゃんと全部終わらせてから巴の事を見守っているに決まっているじゃないか。どこぞの幼馴染みたいに仕事サボってると勘違いされる働きはしていないからね。……流石にもう巴の本丸に穏目札仕掛けることはしないと思うけれど、動向には注意しないといけないな。最悪害になりそうなら始末者欄に名前を刻まないと……」

 

  「流石に神戸殿が巴様を傷付けることはしないのでは?神戸殿は巴様を――」

 

  「あそこまでの意気地なしくらいなら、好意を寄せている刀剣を夫にする方がマシかもしれないね」

 

 

 真面目な顔をしてそう奏が言うものだから、本気で考えているのではないかとケイは内心ヒヤヒヤしながら奏の顔色を窺いながらコーヒーに口を付けるのだった。

 

 

 

        『儚きことは、なんとやら (十)』ショートストーリー 終わり