山姥切長義が藍姫の本丸に来て二週間が経った。七日間の近侍が終わって通常サイクルに戻り、内番にも参加することになった――のだが……。

 

 

 

 執務室で任務を熟している藍姫の元に初期刀の山姥切国広が訪ねて来た。どうしたのか聞くと、長義を探しているという。手伝ってくれている近侍の三日月宗近と顔を見合わせ、藍姫は再び山姥切に顔を向ける。

  「長義が来てないかって……確か今日は畑当番だったはず。畑にいないの?」

  「ああ。他の者にも聞いてみたが姿を見ていないという。もしかすると主のところに来ているかと思ったが……」

  「残念だけど、来てないよ」

  「困ったものだ……」

 溜息を付く山姥切はどうしたものかと思案顔だ。と――。

 

 

 

  「――主。構わないだろうか」

 

 

 

 この声は……噂をすれば長義の声だ。藍姫は山姥切に隠れてもらい、長義を招き入れる。

  「どうかしたの?長義」

  「…………いや……」

  「確か、畑当番に名前があったと思うが……まさか、変えてくれなどと主に進言に来たのではあるまいな?」

 

 三日月の指摘に何か言おうとするが何も言わず、口籠る。その様子に三日月が隠れる山姥切に視線を送る。するとゆっくりと山姥切が姿を見せ、長義の肩に手を置く。

 

 

  「ここに居たのか、長義。畑当番だというのに姿が無いから探したぞ」

  ※藍姫の本丸でのまんばくんは山姥切長義の事を“長義”と呼ぶ設定にしてます。

 

 

 審神者の執務室に来ると思っていなかったのか、長義は山姥切の手を肩から払い距離を取る。

 

  「何故偽物くんがここに居る」

 

  「今日は同じ畑当番だ。他の刀剣は当番を始めている、お前だけ姿が無かったから探していただけだ」

 

  「畑が、俺を嫌っている」

 

  「……前も同じことを言っていたな。初めは不慣れだが直ぐに慣れる。皆もそう言っていただろう」

 

  「そういう問題じゃない。第一、何故刀剣である俺達が畑当番なんてことをしないといけないんだ。他の本丸でもそうらしいが、だからと言って俺まで……」

 

 どうやら慣れないし刀剣の付喪神である自分が何故人の真似事をしないといけないのか――という疑問と単純に「やりたくない」という気持ちがあるからサボろうとしていた、ということだろう。過去に何振りかの刀剣も長義と似たようなことをしたことがあるので、藍姫は特に驚きもしなかった。

 

 とはいえ、なんだかんだ言って他の刀剣達はすっかり内番や当番を熟しているし、楽しんでいる刀剣もいる。仕方ないと諦めている刀剣もいるが、ちゃんとやってくれている。だから特例でしなくて良いなんて選択肢はないし作るつもりもない。

 

 

 

 藍姫はニッコリと笑顔を浮かべ、長義に声を掛ける。

 

  「……長義。畑当番、みんなと一緒に宜しくね」

 

  「だから何故――」

 

  「みんなと一緒に、宜しくね?(ニッコリ)」

 

 眩しい笑顔だが、鬼が成りを潜めているような物凄い圧を放っている。その圧に気圧され、静かになったところで山姥切が長義を引っ張って執務室を後にする。

 

 

 

 

 

 襖を閉め、三日月が笑う。

 

  「はっはっはっはっ。ちゃんと意思表示出来るではないか。山姥切ともそれなりに上手くいっているようで安心だな、主」

 

  「そこは安心してるけど、それ以外では少し心配かな」

 

  「ふむ……まぁ時が上手く解決してくれるさ。気長に見守ろうではないか」

 

  「それしかないか……。遊び出したりサボることはないと思うけど、組み合わせには気を付けないとね」

 

 任務に戻る藍姫を三日月は注視する。

 

 

  「……主は本歌だと確固たる自信がある長義をどう思う?」

 

 唐突に投げ掛けられた質問に藍姫はきょとんとする。一瞬難しそうな顔をするが無邪気な笑顔を浮かべて言った。

  「自信持つことは良いことだけど、本歌だから貴方を山姥切長義と認めるとかそんなことはしないよ。私にとっては目の前に居る彼が山姥切長義だし、逸話とか元の持ち主とかどの刀工が打ったとか、そういうのは二の次かな」

 

 「刀剣の知識皆無みたいなものだし」と、長義についての知識を深めるのは追々だと口にする。

 

 

 今でも様々な刀剣が居て、天下五剣や著名な武将が持っていた等で知られる名刀も居る。だが藍姫は多少の知識はあっても刀剣について詳しくない。それが分かっているからまずは目の前のことで後は二の次に知る――その姿勢は三日月がこの本丸に来てから変わりないようだ。本丸が出来てからもその姿勢らしいが。

 

  (その主の姿勢に唖然としたと口にしていた者もいたが、だからこそ気が楽だと言う者もいたな)

 

 そんな主だからこそ、気難しい刀剣とも打ち解けて慕われるのだろう。

 

 

  (長義も絆されて翻弄されるだろう)

 

 

 そう遠くない内に――想像するとつい頬が緩む三日月であった。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 執務室を後にし、三日月は自身と藍姫の休憩用のおやつを取りに厨へと向かっていた。その途中、畑当番が終わった刀剣達の話し声が聞こえてきた。

 

 

  「はい、終わり終わり」

 

  「いやー、一人いないだけでだいぶ違うからな!長義が来てくれて助かったぜ!伽羅もそう思うよな?」

 

 太鼓鐘貞宗が大俱利伽羅に投げ掛ける。大俱利伽羅は興味無さ気に道具を片す。

 

  「あとで主にとやかく言われるのは御免だからな。そうされたいなら勝手にしろ」

 

 先に去って行く大俱利伽羅の後を太鼓鐘が追い掛ける。長義もとっくにいなくなっていて、山姥切は肩を竦める。

 

 

 

  「ご苦労だな。無事に畑当番が終わって一安心、といったところか」

 

 

 

 そう山姥切の背に声を掛けると、振り返ってこちらを見やる。

  「三日月……そうだな」

  「問題は特になかったようだな」

  「ああ。なにやらブツブツと言っていたが当番はちゃんとやっていた」

  「なら良い。今はまだ不貞腐れているかもしれんが、その内周りの刀剣同様に取り組むとも」

 

 三日月の発言に山姥切は「?」を浮かべて三日月を注視する。

 

  「はっはっはっ。あの長義が絆されると思うと少し可笑しいが、主相手だと仕方ない」

 

  「……そういうことか」

 

 ふふっと笑みを深める三日月に釣られて山姥切も苦笑を浮かべる。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 畑当番を終え、長義は自室に向かいながら他の刀剣が楽しそうに取り組む姿を思い返し不快を募らせる。写しであるもう一振りも黙々と作業をしていたし、近侍の天下五剣の一振りである三日月宗近も当番をしないなんて不思議そうだった。

 

 

  (俺達は刀剣男士だ!何故当番などしないといけないのか意味が分からない!)

 

 

 それに主の態度も気に食わない。山姥切として本歌であると評されるのは自分なのに、主は何一つとして態度が変わらない。偽物くんと付き合いが長いにしても本歌が来たのなら俺を丁重に扱っても良い筈。

 なのに天下五剣だろうと本歌だろうと写しだろうと接する態度が変わらない。

 

 何故だ?本物というだけで評価は変わるのに、扱いも接し方すらも変えるのが人間だろう!なのに何故――。

 

 

 

  「おや。確か山姥切長義、でしたか?随分と怖い顔をしてますね。遠くから見ても分かる程ですよ」

 

 

 

 回廊の正面からピンク髪の刀剣が歩いてきていた。

 

  「君は……」

 

  「宗三左文字といいます。……色々と思うところがあるようですが、もしそれが主に何か期待するようなものなら無駄だと伝えておきます」

 

  「どういう意味だ」

 

 宗三は呆れたような、困ったような、それでいて嬉しそうとも受け取れる様々な感情が伺える表情で長義に言った。

 

 

  「今川義元が討たれ、戦利品として魔王……織田信長に献上され擦り上げられ、刻印を刻まれて今の僕があります。豊臣秀吉、秀頼、徳川家康、そして徳川将軍家と主人を変え天下人の持つ刀として扱われてきました。ですから、主も天下人の刀を侍らせたいのだと思っていました。ですが――」

 

 

 

  ――いや、刀剣には詳しくないから貴方が天下人の刀とか知らないんだ。それに有名な刀剣を侍らせたって価値ある物を所有してるって自慢しか出来ないし。その刀持ってたら天下人になれるなんて今そんなことないから!振り回そうものなら捕まるんだよ?

 

 

 

 可笑しそうに笑いながらそう言われた、と長義に言うと彼は何も言わず宗三を見つめていた。

 

  「主は興味ないんですよ。本物、贋作、本歌、写し、天下五剣、名の知れた将軍の愛刀だろうと主にとってはそれを形作る表面でしかない。本来“物”でしかない僕達が刀剣男士として体を得て言葉をかわす……未知な付喪神である僕達にそう言うなんてどんな神経してるのかは分かりませんが、おそらく本心です。遠慮がないのは別に構わないと僕は思いますけど」

 

 「それに鉄拳制裁する人ですからね」――と付け足すと、長義は不思議そうな顔に変わる。

 

  「色々言いましたが、主は先入観なく僕達を見ているということです。つまり、“本歌の山姥切長義”ではなく“山姥切長義”である貴方を見ているということです」

 

  「…………」

 

 つまり逸話も肩書きもあの審神者は気にしていないということだ。

 

  「僕達の主はそういう人です。いずれ分かりますよ」

 

 そう言い残し、宗三は横を通り過ぎて行った。

 

 

 

  「…………」

 

 

 

 回廊で立ち止まったままの長義は拳に力を入れる。

 

  (政府の奴等が顔色を窺う程の家の出で、力も実力もあり優遇される立場の人間が振りかざして良い武器を何も使わない?そんな人間――)

 

 そこまで言い掛けて長義は胸中だろうとその先を思うことも言うことも止めた。本丸に居る刀剣達を見れば主である藍姫が従わせている、とは程遠い距離感で刀剣達と接しているのは明らかだ。一振りも藍姫を怖がっていない、怯えていない、敬愛し好意を持っている。気難しそうな刀剣も藍姫には敵わないのか頼まれれば引き受けている。

 

  「はぁー……」

 

 政府の奴等は藍姫という審神者も自分達と同じような欲まみれの人間だと影で話していたのを知っている。だが実際はどうだ?まるっきり違う。

 

  (政府の奴等は主のことを見誤っていたということか)

 

 飼い慣らせると思っていたのに見事に噛み付かれる狂犬だったということだろう。今となってはどちらが上なのか分からない。

 

 

 

 

  「――あれ?こんなところで突っ立ってどうしたの長義」

 

 

 

 

 正面から掛けられた声に顔を上げると藍姫が歩いて長義の方へと歩み寄ってくるところだった。

  「畑当番お疲れ様。部屋に戻るところだったのなら引き止めてごめんね。ゆっくり休んで」

 微笑みながら通り過ぎようとする藍姫の背中に長義は声を掛ける。

 

 

  「時の政府は主のことを誤認していたようだ。家柄を知っていてか上手く扱える人間だと舐めていたらしい」

 

 

 藍姫は足を止め、長義を振り返る。

 

 

  「ならその逆も然り。主は何故、逆に政府を利用しようとしない」

 

  「なんのために?」

 

  「それだけのことが出来れば利用しようとするのが人間でいうところの「普通」だと、一部の人間は話していたが」

 

  「そんなの普通なわけないじゃない。その一部と私を一緒の人間にするの止めてもらえる?――第一、家柄って言っても縁切りされたあの家とはもう何の関係もないの。その家の人間ではなく関係があった“元”血縁者ってだけ。正直、時の政府が得することなんてなにもないと思うんだけど。……あるとしたら、縁切りを無しにすることに協力したらお金が入るとか……そんなところじゃない」

 

 

 前を向き歩き出しながら藍姫は続ける。

 

  「政府を利用する理由が私にはなにもない。あの家にあったとしても所詮は面子を保ちたいだけ、あの家はそういう家よ――」

 

 興味が無いと言わんばかりの物言いで藍姫は回廊を進んで行き突き当りを左に曲がって消えた。

 

 

 

 

 自室へと向かいながら長義は藍姫の後ろ姿を思い浮かべていた。曲がる際に見えた横顔に感情はなく無表情で、刀剣達に見せていた表情豊かさは消えていた。意外な表情に驚いたものの、自らの家について話す時の温度は低い。

 

  (どうでもいい――そんなところか)

 

 縁切りなんて余程のことがない限りしないだろう。藍姫か家かどちらかなのか双方なのか、何かあってのことなのは間違いない。

 

  (これは政府の奴等が話していたのを鵜呑みにするには早急かな。俺が判断してからでも遅くはない)

 

 とはいえ、他の刀剣達に聞いて回るのも変に思われるし本人に聞くのが一番の近道ではあるが話すかどうか分からない。初期刀の山姥切国広に聞く選択肢もあるがそれは絶対に嫌だ。

 

  (それとなく周りの話を聞きつつ主を観察するしかないか)

 

 暫くはそうして情報を集めるしかない。自分が仕えるに相応しい審神者かどうか。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 藍姫の本丸に長義が顕現して一月が経った。最初の頃は衝突したり言い合いも多く、治まりそうにない時は藍姫が出て仲裁した時もあった。山姥切国広との小競り合いもあったが、長義が優勢で終わることはなく逆に山姥切の余裕さに長義の眉間に皺が寄って激昂、不貞腐れて終了――そんな感じでいつも小競り合いは終わる。

 

 こんな状況で皆と馴染めるのか不安はあったが……一月も経つと他の刀剣も長義の扱いに慣れてきて上手くご機嫌を取れるようになってきた。そして藍姫の目で見ても分かる程の変化もあって……。

 

 

 

 

  「…………」

 

  「俺の顔になにか付いているのかな?」

 

  「いや、なにも付いてないけど……最近ご飯時に私の向かいに座ってるなって思って」

 

  「特に意味はないよ。主の気のせいではないかな」

 

  「……そう?(私の向かい側に必ず座るっていう皆勤賞も気のせいなのかな……)」

 

 

 尋ねても何もないと言われるだけで取り付く島もない。何かしらの理由があって行動を起こしているとは思うのだが正直に話すとは思えないし、言いたい事があれば言いに来るだろうから下手なこと言わない方が良いのかなと藍姫はそれ以上首を突っ込むのを止める。

 それに今日は朝から出汁巻き卵を食べられる!一日頑張れそうだ!

 

 

 朝ご飯を食べながら受け渡し場所に燭台切光忠の姿が見え、藍姫は手を振って声を掛かる。

  「燭台切〜!出汁巻き最高!ありがとう!」

 燭台切は笑顔で手を振り返してくれる。それを見るとより嬉しくなり、ニコニコで食事を再開する。

 

 

 

 そんな様子も観察されているとは思わず食事を再開する藍姫を気にしながら長義も食事をする。

 

 

  (……頬張る時は確かに小動物っぽく見えなくもない、と……)

 

 

 周りが話していることが当てはまるのか確認しながら長義は観察を続ける。

 

 

 

 

 

 食堂の出入りが落ち着いた頃合いを見計い藍姫は厨に顔を出す。厨には燭台切と歌仙兼定、堀川国広、へし切長谷部の四振りの姿があった。

 そして不思議に思うことがあると話すと燭台切が口を開く。

 

  「もしかすると、前長義くんと畑当番した時に言ったこと気にしてるのかもしれないね」

 

  「何を言ったの?」

 

  「長義くんにお願いして収穫してもらった野菜が主の好きなものだったから、「自分達で収穫したものを美味しそうに食べてくれると思うと野菜作りも楽しいものだよ」って話したんだ。その時は興味無さそうにしていたんだけど、覚えていたみたいだね」

 

 そう話した後から畑当番に割り当てられていなくても畑に顔を出すようになったという。どういう風の吹き回しなのかと尋ねたら――。

 

 

 

  ――俺が仕えるに相応しい審神者かどうか確かめる為の一環だよ。

 

 

 

 と、そう言っていたという。

 

 長義の行動に変化が見られた理由は自分を知るためだという理由は分かったが、小さなことでも確かめて見定めようとするとは余程信用されていないということなのだろうか。それはそれで少し悲しいのだが……。

 

  「気にすることありませんよ、主」

 

 私の気持ちを察してか長谷部が声を掛けてきた。

 

  「主を知ろうとする姿勢は構いませんが、それで主を悲しませようものならこの長谷部!なんでも斬って差し上げましょう!」

 

  「気持ちは嬉しいけど、斬るのは止めようね」

 

 同じ刀剣男士とはいえ容赦なく斬りそうだな……相変わらず主人に歯向かうような言動には敏感で圧がすごい。そう想う程慕われていると思えば嬉しいのだが、長谷部はちょっと過激かな?

 

 

 まあ長義なりにこの本丸に馴染もうと思って行動を起こしているのだからどうこうする必要もないだろう。知ろうとしてくれているのなら期待を裏切らないようにしないと。

 

 

  「長義なりにこの本丸を知ろうとしてくれているようだし、それにとやかく言うつもりはないよ。嫌な人間だって思われないように飾らずいつも通りに過ごしていればいいってことだよね。話してくれてありがとう、みんな!」

 

 

 「よーし!さあ任務任務!」――と気合い十分で厨を出て行った藍姫の背中を皆見送り、気配が遠くなったのを感じて皆口を開く。

 

 

 

  「そういえば、山姥切と長義はどうなんだい?堀川」

 

  「兄弟とは頻繁じゃないみたいですけど話してるみたいですね。「話すことが出来て良かった」と兄弟も話してましたし」

 

 歌仙に声を掛けられて話す堀川は山姥切は大丈夫だと皆に話す。

 

  「同じ山姥切の名を有する刀剣、本歌と写しって逸話が存在する以上避けられないことですけど、兄弟は修行で向き合って乗り越えて気持ちの整理は出来てます。胸を張って主さんの刀だと言えるんですから、大丈夫ですよ」

 

  「修行から帰って来てからは見違えてるからね。でも主に「綺麗」と言われた時の反応は変わらずみたいだけどね」

 

  「来た当初はどうなることかと思ったが、少し丸くなって揉め事が少なくなるのなら俺は構わん。主の負担が減るのだからな」

 

  「長谷部さんはブレないですね……」

 

 厨で話に花を咲かせながら堀川は少し疑問を感じた。

 自身が仕えるに相応しい審神者か見極めるというのなら食堂以外でも藍姫の動向を見ていなければいけないのではないだろうか。任務に対しての姿勢、多数居る刀剣男士達に対する言動、本丸での過ごし方、それこそ気を抜いている時もある。藍姫という審神者を、人間を知るならそれくらいはしないと知れないと思うのだが、何故食堂だけなのか。

 

 

  (もしかして、自分が収穫した物を主さんがどう食べているのか知りたいだけなのかな?それは見極めるというより……)

 

 

 反応が気になるだけなのか、美味しく食べる姿を見るのが楽しみになっている、とか……それか逆に藍姫が自分を受け入れてくれているのか確かめている、とかだろうか?

 

 

  (別の意味合いで兄弟と揉めないといいけど)

 

 

 この心配が杞憂であればいい――そう思いながら堀川はもう暫く話に花を咲かせるのだった。

 

 

 

        *  *  *  *  *  *

 

 藍姫が審神者に就任したのは春間近。一年が過ぎて直ぐ事件に巻き込まれて一週間床に伏したりと平和とはいかなかったが、回復して日常に戻ることが出来た。本丸内や敷地内、周りにも春の名物である桜が咲き始め花見の季節がやってきた。

 

 

 桜が咲き満開を迎えたのを期に藍姫の本丸では花見が行われている。本丸内の庭園に桜の木は何本も植わっていて、現刀剣数全員が集合しても余裕のある広さで料理に酒に宴に談笑していたりとそれぞれ楽しい花見をしている。宴会芸を始めたり、無礼講な宴会に盛り上がっているが、そこに藍姫の姿はない。

 

 

 

 

 

 刀剣達が庭園で花見を楽しんでいる同時刻、藍姫は審神者部屋に居て部屋の前に広がる小さな庭園を縁側に座り眺めていた。急須と茶菓子の桜餅、緑茶の入った湯呑みを手に時折桜の花びらが空を舞う様を楽しんでいた。風に乗って運ばれてきた桜の花びらが縁側に舞い降り、春を届ける。

 

 

 

 

  「――やっぱり君は此処に居たか」

 

 

 

 

 一人で過ごす藍姫の元に鶴丸国永がお盆を手にやってきた。藍姫の右側に腰を下ろし、盃にお酒を注ぎ一口飲む。

 

  「庭園で花見してるんでしょ?楽しくお祭り騒ぎしてるのにどうしてこっちに?」

 

  「君がいつの間にか居なくなるからだろ?居そうなところ何ヵ所か目星付けていたが、一発で当てたってわけだ!」

 

 嬉しそうに盃のお酒の飲み干し、再度注ぐ。

 

  「なんで審神者部屋なんだ?桜は見えるが花見には不向きだと俺は思うぜ。風で花びらは舞ってきているにしても静かすぎる」

  「それが良いんだよ」

 

 緑茶を啜り一息付く。

 

  「みんなと花見は十分に満喫したから、次は親子水入らず……父さんの形見と一緒に過ごしたいの」

 

 部屋を振り返り、壁に掛けられている薙刀に目を向ける。

 

  「報告もしたかったから。審神者になって一年……職務を全うしつつ楽しくみんなと過ごしてるって報告。返事はないけど、ちゃんと伝わってると思うから」

 

  「…………」

 

 薙刀を見つめる藍姫の視線は慈愛に満ちている。父親が藍姫の為に鍛刀した最初で最後の薙刀……唯一の形見だ。その表情から父親のことを大切に想っていることはよく伝わってくる。

 

 

 

  「……父さんだけだった。私が家族と言えるのは父さんだけ……祖父母も母さんも周りも私のことなんていないものだと認識してた。育ててくれたのも色々と教えてくれたのも、怒って叱ってくれたのも愛情を注いでくれたのも、心配してくれたのも守ってくれたのも全部――父さんだけ」

 

 空を仰ぎ目を細める。

 

  「あの家に居る時はいつも空が曇って見えてた。こうして本丸で過ごして初めて空を見た時――なんて綺麗な空なんだろうって思った。こんな蒼い綺麗な空初めてだって感動した。そんな綺麗な空を本丸に来てから知ったんだよって父さんに教えたかったんだよ。だから、審神者部屋でみんなの喧騒を聴きながら報告してたの。話して、笑い合って、揉めて言い合いも喧嘩もして、協力しながら、幸せを日々噛み締めながら生活してるよって」

 

 毎日形見である薙刀には話し掛けているが、一年経っての報告はまた違う。ちゃんと審神者として頑張ってると“彼”に届けば父親に届いていると同等になる。彼が薙刀の中に存在するのは父さんが残してくれたもう一つの忘形見。

 

 

  (ちゃんと届いたかな、父さん。薙刀の中の彼にも)

 

 

 優しい風が吹き桜の花びらが舞う。

 

 

 

  ――届いているさ。私にも父君にも。巴が幸せに過ごせているのならそれだけでいい――

 

 

 

 部屋の薙刀を振り返る。今一瞬彼の声が。

 

 

 聞き間違いではない。ちゃんと彼の声が聞こえた――。

 

 

 

 

 

 

 嬉しくなり藍姫は頬を緩ませてまた空を見上げる。

  「どうしたんだ?嬉しそうだな」

  「ふっふふっ!なんでもないよ!」

 

 

 蒼い空に風で舞い上がった桜の花びらが溶け合って見事なコントラストだ。独り占めも良いが、次は刀剣皆と見られたらいいな――そう思いながら藍姫は空を見つめ続ける。

 

 

 

 

 

 自分の事を話すのは初めてではないだろうか。ほんの少し、少しにも満たないかもしれないが主が話してくれた。そして語る横顔を見つめながら鶴丸は不思議な気持ちに見舞われていた。

 

 話しながら変わる表情、形見の薙刀を見つめていた慈愛に満ちた瞳、急に薙刀に目を向けたかと思ったら嬉しそうにまた空を仰いでいる横顔、自分に向けて話してくれているのに藍姫は別の何かに語り掛けているように思えて、それが面白くない。……なんだろうこのモヤモヤしたものは。

 

  (まるで声を掛けられたような反応だった。まさかあの薙刀に俺達と同じ付喪神が?)

 

 だとしても顕現していない。鍛刀したのは藍姫の父親だというし、付喪神が宿っていても顕現出来るまでにはいかないということか。

 

 

  (政府に赴いた時に振るっていたのはあの薙刀の筈だ。主が触れても姿を現していないということは付喪神でも顕現出来ない類ってことか……)

 

 

 今は姿を現せられないだけかもしれない。形見である薙刀の付喪神が顕現すれば――。

 

 

 

  (主はそいつを……)

 

 

 

 多くの刀剣男士がこの本丸に顕現しても藍姫は分け隔てなく接し贔屓はしていない。仮に形見である無名の薙刀の付喪神が顕現しても変わることはないだろう。だが父親の形見なのだから気にするようにはなるだろう。そうなれば……。

 

  (特別視――)

 

 不意に壁に掛かる薙刀が目に入り殺意と呼べるものが湧き上がってくるが、藍姫に目を向けるとまた変わる。変わらず嬉しそうな表情で空を仰いでいるが鶴丸の内心は焦燥感に駆られていた。藍姫が遠くに行ってしまうような取られるのではないかという不安。

 盃をお盆の上に置き藍姫に近付く。気配に気付いて振り返る藍姫の頬に鶴丸は口付ける。

 

 

  「……お、お鶴……?」

 

 

 驚いた表情の藍姫に構わず鶴丸はジッと目を見つめる。そして頬に手を伸ばして触れる。

  (柔らかい……)

 頬をゆっくりと滑り指先が藍姫の唇に触れる。頬と違う柔らかさ、色づいた唇はまるで誘っているように艶やかだ。

 

 

 

  (――そうだ。今君の前に居るのは俺だ。余所見は感心しないぜ?主――)

 

 

 

 驚きに見開かせた瞳も表情も柔らかい肌も温もりも全て――。

 

 

  ――あぁこれが、独占欲ってやつか。

 

 

 目の前にいる審神者である自身の主に対して独占欲を抱いている。自分に向けて話しているのに別の誰かを思い浮かべながら語られたのが気に食わない、これは“嫉妬心”……その瞬間鶴丸は理解した。自分が藍姫に対して抱いているのは敬愛もあるが愛情……藍姫を好いている割合が強いことを。

 

 

 

 

 

 

 近付いて来る気配がして右側を振り返ると鶴丸が近付いて来ていた。顔が思いの外近いのは驚いたが、頬に触れた柔らかな感触に目を瞬かせる。

 

  「……お、お鶴……?」

 

 離れたと思ったら真剣な顔付きでジッと見つめてくる鶴丸はいつもとは別人だった。色白の手が伸びて来て頬に触れてくる。温もりを確かめると指先が頬を滑り唇に触れる。

 金色の瞳が細められ、視線が唇に移る。

 

  (目の前に居るの、お鶴だよね……?なんでいつもと雰囲気が……)

 

 鶴丸が再び動いたと思うと――藍姫に凭れ掛かるように肩に頭を預けてきた。

 

 

  「……お鶴……?お酒でも飲み過ぎた?」

 

  「…………」

 

 

 返事の代わりに擦り寄ってくる。

 

 

  (珍しい……これって甘えてるのかな……??)

 

 

 さっきまでお酒を飲んでいても普通だったと思うがどうして急に。珍しくて驚きを隠せないが、なんだかこうして甘えられるのも悪くないなと思うと鶴丸が可愛く見える。

 左手で鶴丸の頭を撫でていると鶴丸に手を取られて指先に口付けをされる。取られた手は直ぐに解放されたが、指先に残った柔らかな感触に藍姫は何とも言えない気持ちになる。

 

 

  (あ、新手の驚きという名の悪戯?)

 

 

 鶴丸が本丸に顕現してからは幾度となく驚かされてきた。

 最初は畑に落とし穴を掘り、まんまとそこに掘った本人が落ちるという結果だったが性懲りもなく他の刀剣や藍姫に悪戯を仕掛けている。もしかしたら今のこの状況も悪戯を仕掛けるつもりで……。

 

  (それにしてはなんか雰囲気違うし。本当に酔ってる?)

 

 次郎太刀や日本号はかなりお酒を飲んでいるがそこまで鶴丸がお酒を飲んだのは見たことないし、嗜む程度しか見たことがない。付喪神がお酒を飲んで人みたいに酔うのかは分からないが、もしそうなら介抱した方が良いのだろうか?

 

 

 

  「お鶴?もし酔ってるんだったら厨に水取りに――」

 

  「酔ってないさ。今はこうしていたいんだ、此処に居てくれ主」

 

  「…………分かった」

 

  「ああ」

 

 

 猫みたいに甘える様に擦り寄ってきて鶴丸は目を閉じる。気持ちよさそうな、嬉しそうな表情をするものだからそれに釣られて藍姫も嬉しくなり頬が緩む。

 

  (なんか甘えられる?ってあんまりされたことないけど、それが出来る程の仲になれたってことだよね)

 

 本丸設立当初からこの一年、少しずつ増えていく刀剣達と上手く関係を築けていることは嬉しく思う。こうして距離が縮まっているのを体感するのは少しくすぐったいが、悪くない。

 

 

 

  (――父さん、私楽しくやってるよ。あの家とはまだ揉めるかもしれないけど、義兄が時の政府に所属してて何か動いてるみたい。不安はあるけど……私には彼等が居てくれるから。見守っててね。またお墓参りした時に色々と話すね)

 

 

 

 刀剣達の喧騒を聞きながら湯呑みの緑茶に口を付ける。

 

 

 

  (あ。茶柱!)

 

 

 

 これは良いことが起こるかも!――そんなことを考えている藍姫を他所に肩に凭れ掛かって目を瞑る鶴丸は薄らと目を開けて考えていた。

 

 

  (……君とこうして過ごすことを守るには自身を見つめ直す必要がある、か……)

 

 

 現にあの出来事から修行に申し出る刀剣は多い。手合わせだって気合いが入って皆研鑽を積み重ねて強くなろうと頑張っている。もう二度とあんな想いをしない為に――それは鶴丸だって同じだ。少しずつ修行が出来る刀剣が増えてきているし、太刀も何振りか可能となっている。自身も可能になったら直ぐにでも進言するつもりだ。

 

 

 

  (君の――俺達と君の日々を守るために格上げしようじゃないか)

 

 

 

 これからも頑張ろうと気合いを入れる者、自身の想いに気付きこれからの為に必要なことだと再確認する者、お互いに大切なものの為に自身を奮い立たせる一日が今日も過ぎていく。

 

 

 

        (十)に続く