宇随の元からやっと次の柱の元へと行く許可が下りた小平は、霞柱である時透無一郎邸へと向かった。しかも炭治郎と同じタイミングで無一郎邸へと行くことになったのだが、炭治郎と無一郎に対して小平は敵対心を持っている。何故敵対心があるのかと言うと――。

 

 

 

  「――俺は認めてないですよ!雪代さんと馴れ馴れしく話すなんて……俺でもそんなに話せてないのにズルいんですよ!弱味でも握ってるんですか!?そうだとしたら成敗して二度と近付けなくしてやる!!」

 

 

 

 この通り、吹雪と馴れ馴れしくしているのが気に食わないという嫉妬という理由。


 炭治郎と無一郎が稽古場で話している時、吹雪を話題に話している二人の会話が聞こえて割り込んだ小平は唾を飛ばす勢いで二人に声を張る。

 急に割って入ってきた小平を炭治郎は不思議そうな顔で、無一郎は無表情で見つめていた。

 

  「えっと、確か貴方は……蝶屋敷で吹雪さんに抱き着こうとしてた人ですよね?小平さん、でしたか?」

 

  「お前に名字だろうと呼ばれたって嬉しくもないんだよ!」

 

  「あの、いきなり抱き着こうとするとか吹雪さんを困らせることは止めて下さい。聞いた話だと、毎度同じことをして困らせてると聞きました。吹雪さん嫌がってるみたいですし、何より不快にさせるなんて駄目ですよ」

 

  「不快なんて……雪代さんは照れてるだけなんですよ!本当は嬉しいのに嫌そうな態度を取って誤魔化そうとしてるだけで――…………お前今雪代さんのこと名前で呼んだのか!?かーっ!!俺より浅い隊員が馴れ馴れしい!!水柱の冨岡様といい、なんなんだよお前等!!」

 

 すっかり興奮している小平を他の隊員は「またやってる」と呆れた表情で遠巻きに見ていた。

 

 

 

 

 蝶屋敷以降会えていなかったから注意も出来なかったが、こうして同じ柱稽古の場で会えたことだし良い機会だと思った炭治郎は小平に注意した。しかし小平は注意を聞くどころか「馴れ馴れしい!」と怒り始めて聞いてくれそうにない。

 

  (困ったな……吹雪さんが本気で嫌がってるから止めてもらおうと思ったのに、これじゃ止めるどころか変な行動起こしそうだぞ。どうしたら……)

 

 自分以外の奴が吹雪と話すのが気に食わないと言うが、何故そんなに気に食わないのか……。

 

 

  「いいか!雪代さんに相応しいのは俺であってお前でも冨岡様でもないんだ!雪代さんは照れ隠しで蹴りとかが出るだけで、本当は嬉しくてたまらないくらいに俺のことを大事に思ってくれているんだ!その証拠に前俺が悩んでいる時に話を聞いてくれて……心配してくれてるから俺の話を聞いてくれたんだ!そんなことされたことないだろう?」

 

 

 小平が自分が吹雪の隣に居るのが相応しいと豪語したのを聞き、前に偶然町で吹雪と冨岡が一緒に居るところを見たことがあるのを思い出した。

 その時穏やかな雰囲気と双方楽しそうにしていた。特に冨岡は普段の無表情ではなく優しそうな眼差しで吹雪を見ていた。吹雪も嬉しそうに微笑んでいたし、冨岡が頬に触れた時は微かに頬を赤らめて恥ずかしそうにしていたり……あんな風に照れた表情は初めて見た。

 そんな表情をさせているのが冨岡ということは、もしかしたら自分の知らないところであの二人は話して距離を縮めているのかもしれない。

 

 小平が求めているのは冨岡のように幸せそうに微笑む吹雪を隣で見ることなのだろうか?もしそうなら彼はそれとは程遠いことをしているだけであって、冨岡はそんなことが出来ない人だと言っているようなものだ。

 


 柱稽古の前、「自分は柱ではない」と頑なになっていた冨岡が何故そう思っているのか話してくれた。


 炭治郎が鱗滝の元で最終選別に向けて修行していた時、錆兎という少年が助けてくれた。そしてその錆兎は冨岡の友達だった。冨岡が最終戦別に錆兎と挑んだ際、鬼の攻撃で怪我をした冨岡は錆兎に助けられ、最終戦別の場に居た全ての鬼を倒す勢いで助けていた錆兎は亡くなり、最終戦別を鬼を倒すこともなく眠っていた自分が生き残り通った……だからそんな自分は柱ではないと、他の柱と並べるような人間じゃないと負い目を感じていた。

 それでも努力を重ねて実力を身に付けた冨岡を炭治郎は尊敬しているし、助けられた自分が死んでいれば良かった等と思っていたとしたらそう思ったことのある自分にも冨岡の気持ちは痛いほど分かる。だけど自分も分かるなんてことは言えなくて――それでも聞きたいことがあって聞いた。

 

 

  (俺の気持ちが伝わってくれたのかな。今では柱稽古に参加してくれてる)

 

 

 冨岡のことを全て理解しているわけではないが、小平が言う「吹雪に相応しい」という人物像に冨岡が相応しくないとは思わない。そこは訂正しておかないと――。

 

 

 

  「……吹雪さんに相応しい人を選ぶ権利なんて、貴方にはないと思います」

 

 

 

 小平は吹雪に心酔しているらしいが、彼は吹雪のことを知っているのかどうかは分からない。彼女も辛い過去や容姿で色々あったのに人を憎むこともなく優しく出来る人だ。吹雪の意思も無視して小平が相応しい人を選んで良いわけがない。二人の事を無視して自分の事しか考えていない小平に炭治郎は少し怒りを覚えた。


  「自分が相応しいって言える自信はすごいと思います。でもそれは吹雪さんが承知したわけではないですよね?お互いに信頼し合って認めているのなら貴方の自信ある言葉はまだ分かります。でも!貴方が勝手に自分しか相応しくないなんて言うのは俺はおかしいと思います!

  義勇さんはすごい人です!きっと誰よりも努力をして今の義勇さんがあるんです!町で吹雪さんと一緒に居て、微笑ませたり赤くさせたり、一人の女性を大切に出来る義勇さんは貴方の言う“相応しい人”です!俺は吹雪さんを困らせて不快にさせているところしか見たことないからこんなことしか言えないですけど、今の貴方は吹雪さんには相応しくないです!」

 

 わなわなと震える小平と炭治郎の間に無一郎が入ってくる。

 

 

 

  「炭治郎の言う通りだよ。君が吹雪のことをどう想っているのか分かるけど、今どころか前から吹雪には相応しくないよ。吹雪を不快にさせることを続けるようなら僕も黙っているわけにはいかない。今後の言動についてよく考えなよ」

 

 

 

 そしてスゥッと打ち込み台の方を指差し小平に言う。

 

 

  「素振りが終わったなら打ち込み台が壊れるまで打ち込み稽古だよ。終わってないなら素振り。ほら、早く戻りなよ」

 

 

 無一郎の言葉に小平は渋々と稽古に戻って行った。逆上してより怒り出すかと思ったが、炭治郎や無一郎の言葉が効いたようだ。その様子に炭治郎は安堵した。

  「あの人、吹雪に助けられてからああいう態度らしいんだ。吹雪に心酔してるみたいで、抱き着こうとしたり勝手に妻扱いしたり……言動が異常だって言われてて周りも知ってる。吹雪も困ってたみたいだからこれで少し落ち着いてくれればいいけど」

  「そうだったんだ。俺も蝶屋敷で初めて会った時、急に病室に入って来たと思ったら吹雪さんに抱き着こうとして」

  「そうなんだ。……次吹雪に何かしようものなら僕がお灸を据えておくよ。――あ」

 

 何か思い出したのか、くるっと炭治郎を振り返りツカツカと戻ってくる。

 

 

 

  「……冨岡さんが町で吹雪と一緒だったって話、聞かせて」

 

  「え??」

 

  「詳しく」

 

 

 

 なんだかすごい圧を感じた炭治郎は、その時の話を無一郎に話した。

 

 そしてその話を聞いた後、無一郎が吹雪を町に誘って仲良さそうに歩いていたという。それを冨岡に自慢するように話していたというのはまた別の話。

 

 

 

        「鈴の音が花を氷らせる (十七)」 小話   終わり