藍姫の本丸内、大手門前で沖浩宮と高智が冷戦を繰り広げている中、藍姫は審神者部屋でじっとしていた。とはいえじっとしていても暇なので、布団を捲り立ち上がり、壁に掛けられている薙刀に歩み寄り、刃が収められている鞘に額を付けた。
(…………義兄さんが高智と何か言い合ってる。あの二人、何時も仲が悪いんだけど……どうしてかな)
――双方気に入らないのではないか?義兄は飄々とした人柄故に真意が掴みにくい、幼馴染は芯のある篤さ故に曲げられない、それぞれ全くの真逆な性格故に交わらない水と油の関係。そのようにしか見えないがな。
意識を集中させて頭の中で言葉を紡げば、反応が返ってきた。
(……初めて顔を合わせた時からそう。訳を聞いても「何でもない、気にしなくていい」って言われるだけ。私には知られたくないようなことなの?)
――ふむ……。
父の薙刀に宿る付喪神も二人の事は見ていたようだ。私に比べて二人を見ていた期間は短いだろうが、全てお見通しと言っていい程仲の悪さが分かっている。藍姫の問いに暫し悩んでいたが、優しい声音が返ってくる。
――そなたに見せたくない“男のプライド”というやつではないか?
(……プライドねえ……)
プライドなんてそんな大層なものがあの二人にあるのだろうか。特に何も考えずに生活しているように見えるが……私の見えないところで何か行動を起こしているのだろうか。見せたくないって何それ。
「――主さんの部屋に入ってもいい?長谷部さん」
部屋の外から浦島虎徹の元気な声が聞こえてきた。
「浦島。主が許可すれば入ってもいいぞ。だがまだ目覚められたばかりで体調も万全ではないからな」
「うん、分かってるよ。――主さん!入ってもいい?」
襖の向こうに居る浦島に入室を許可すると、元気良く部屋の中に入ってきた。
「浦島くん。どうかしたの?」
「えへへ!主さんと話がしたいなぁって思ってさ!」
藍姫は薙刀が掛けられた壁から離れ、敷かれた布団に戻る。すると、背後から浦島が藍姫に抱き付いてきた。ピタッと頬を合わせてきて隙間を埋めるように密着してくる。
「わわっ!?……浦島くん?」
「……心配してたんだよ。怪我して戻って来て、目覚めないからさ」
回された腕に力が入り、更に密着して僅かに空いた隙間さえなくなる。甘えるように頬を擦り付けてきて、浦島の髪が首筋や顔に当たってくすぐったい。浦島と何時も一緒に居る亀は浦島が藍姫に抱き付いた勢いで浦島の肩から落ち、藍姫の布団の上でじっとしている。
浦島の腕に藍姫は手を添え、苦笑を浮かべる。
「ごめんね、心配掛けて……」
「竜宮城じゃないけど、長い間待たされなくて良かったよ!」
先程彼にしては珍しい弱々しい声音だったが、何時もの元気な浦島に戻って眩しい笑顔を浮かべながら藍姫の顔を覗き込んできた。首に回された腕の力が弱まったので離れると思ったのだが、藍姫に抱き付いたままで離れる気配は全くない。浦島がこうも密着してくるのも珍しいが。
(……何かあったのかな……――あっ……)
もしかすると――。
「――浦島くん、何して遊ぶか決まったの?」
藍姫が浦島に顔を向けてそう問い掛けると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「政府から帰ったら、遊ぶ約束してたでしょう?何して遊ぼうか」
「……覚えてくれてたの?」
「勿論!忘れる訳ないじゃない。……忘れられてると思ってたから、こうして部屋に来たんじゃないの……?」
そう言うと、むぅっと口を尖らせる。
「俺は主さんに甘えにきたの!……そりゃあ、約束覚えてくれてるのかなぁーとか思ってたけど……目が覚めてすぐはみんな居たし、独り占め出来ないじゃん!」
離れたと思ったら今度は正面に周り、首に手を回して抱き付いてきた。……なんだかコアラみたいだ。
布団の上に居た亀は浦島の服をよじ登って藍姫の頭の上に移動する。
藍姫は浦島の背に両腕を回し、抱き締める。
「ふふっ」
「?俺なんか可笑しいこと言った?」
「ううん。嬉しいの」
「……何して遊ぶかは決めてない。主さんが元気になってから考えるよ」
「部屋から出ても良いって薬研から許可が下りたら一番に浦島くんと遊ぶから。楽しみにしてるよ」
藍姫がそう言うと、浦島は藍姫の肩口に顔を埋めて額をグリグリと押し付けてくる。浦島が藍姫に甘えている中、部屋の外に居る長谷部が「入ってもいいか」と聞いてきたので入室を許可する。
「主。大手門前が落ち着いて…………」
襖を開けて入ろうとした長谷部だったが、藍姫に抱き付く浦島を目にした瞬間石みたいにピシリと固まる。
「なっ、なぁっ!?――浦島!!主になんてことを……!!」
怒鳴る長谷部だったが、浦島は気にすることなく藍姫に抱き付いたままでいた。
㈤のショートストーリー 終わり