本丸の大広間で沖浩宮が刀剣達に藍姫・第一部隊の身に起こった事件の全貌を観せている頃、審神者部屋に居る堀川国広と薬研藤四郎は主である藍姫の傍に居て、様子を窺っている。

 

 一週間、自身の本丸の審神者部屋で眠っているなどとつゆ知らず、潜在意識か夢の中か、藍姫は目を覚ましていた――。

 

 

 

 

 

 

  「――――」

 

 覚醒して初めに飛び込んできたのは真っ白な視界。上体を起こし辺りを見回しても、白一色で自身が寝転んでいたのかすら怪しいとさえ感じた。誰もいない不思議な空間にポツリと呟いた。

  「…………死んじゃったのかな……」

 左腕寄りを刺され、血が多く流れてしまったのは覚えている。致死量を超える出血多量まで流れたと思っていないが、思いの外流れてしまったのかもしれない。

 それも仕方ないか――そう思った時、後ろから声を掛けられた。

 

 

 

  「――死んでなどいないさ。今君が居るのは分かり易く言えば『夢』の中の様なものだ」

 

 

 

 男の声だった。

 振り返ると、淡い紫を基調とした袴姿の男が立っていた。上体はノースリーブの様に肩から腕が見えている着物を着ていて、一瞬だけ蜻蛉切に見えたがよく見ると違う。髪は自分と同じ藍色で、長髪はオールバックに後ろで一つに束ねられていた。

  「…………誰?」

  「……そう警戒するな。何時も一緒の空間で過ごしているというのに……。まあ壁に掛けられていてはそうは思えんか」

 男の発言に藍姫は目を眇めた。

 

  「私を打ったのはそなたの父君だからな。そなたの周りにいる刀剣達の様に人の肉体を得られぬが、こうして夢に出るくらいなら出来る。そなたと同じ空間にいるだけで、微量ではあるが霊力は蓄えられるからな」

 

  「…………」

 

 目の前の男が何を言っているのか分からなかった。発言をそのまま受け止めれば、自分と一緒に過ごしている口振りだ。それに部屋に掛けられている物など一つしかない。それに父が打ったものなんて、そんなのは――。

 

 

 

  「…………貴方、まさか……!」

 

 

 

 藍姫の驚く様に満足した様に男は微笑んだ。

  「――そう。そなたの父君が打った最初で最後の鍛刀、遺品として残された無名の薙刀……それが私だ」

  「ど、どうして夢の中に……父さんの想いから付喪神が宿っててもおかしくはないけど、本丸には霊みたいに出て来てないし……」

  「霊として本丸内を動ける程の力はない。先程も言ったが、夢に出るくらいしか出来ない。父君は全くと言っていい程霊力は宿していなかったからな。父君が君を想う気持ちだけで付喪神として宿れるだけでも幸せなことだ。そなたを近くで見守ることも出来ている……父君の代わりに」

 

 男は藍姫に近付きそっと抱き寄せ、腕の中に閉じ込めた。

  「……審神者となってから、そなたの周りには沢山の名刀の付喪神が集まり出した。時間遡行軍なんて得体の知れない敵と戦う毎日を過ごし、不安に思う時もあっただろう。だが、楽しそうに刀剣達と話し、遊び、言い争い、笑っているそなたは本当に幸せそうだ。神宮寺家に居た時よりも良い顔をしている」

 

 男は片手で藍姫の頭をゆっくりと撫でる。

 

  「大切な場所を、見つけたのだな。だからあんな無茶に戦いなどしおって……」

 

  「だって、そうするしか皆も私も生き残る術は……!」

 

  「分かっている。……父君から教わったことをちゃんと覚えていてくれていたのだな。戦う姿勢を見ていたが、ちゃんとしていた。それこそ、名前の通りの人物の様になって欲しいと願っていた通りに」

 

 男は藍姫を離し、再び頭を撫でる。

  「そなたは時々無茶をするからな。体力を使い果たした挙句に結界を張って霊力も消費した……一番は肉体疲労のせいで長い時間眠っていたようだが、そろそろ起きる時間だ。刀剣達も心配しているぞ」

  「……貴方はずっとあの薙刀に宿ってるの?」

  「ああ。ようやくこうしてそなたと顔を合わすことが出来た。そなたと共に過ごす様になって五年、夢に出られるまでに蓄えるにはそのくらいの期間を要する」

  「……そう。次はまた五年経たないと会えないんだ……」

  「はははっ!そんな顔をするな!……薙刀に語り掛けるだけで話しは出来る。基本そなたの緊急時のみこうして夢に出られるようにと思っておる。溜めた霊力を無駄には使わん。それに、刀剣達にやきもちを妬かれてはかなわんからな」

 

 男は後ろに下がり距離を取る。

 

  「妬く……?どういうこと?」

 

  「そのままの意味だ。そなたを大切に想う刀剣達を大切にするんだぞ。私や父君が見守っているということも……忘れないでくれ――」

 

 

 

 すると男が塵の様に分散して消えて行った。藍姫は男が立っていたであろう場所まで駆けて近付くが、もう塵も消えていた。

 

 

 

  ――さあ、目覚める時だ。巴(ともえ)――

 

 

 

 男の声の様な父親の声の様な、不思議な温かさに包まれながら、視界が黒く染まっていく――。

 

 

 

 

 

 

 

 本丸の大広間で映像が終わる数十分前、審神者部屋の布団の上で横たわる藍姫の瞼が微かに動いた。

  「!……大将……?」

  「薬研さん?」

  「今微かだが瞼が……」

 藍姫の顔を覗き込む薬研に釣られ、堀川も顔を覗き込む。

 

 

 微かな動きから徐々に動きは大きくなり、瞼が上がり瞳が見えた。

  「主さん……!」

  「分かるか!?大将!」

 数回ゆっくりと瞬きを繰り返し、瞳が左に動く。

 

 

  「…………や、げん…………ほり……かわ、くん…………」

 

 

 藍姫が言葉を発すると、二振り共安堵の表情を浮かべた。薬研は脈を計り、堀川は嗚咽しながら涙を流す。

  「……ほり、かわくん……」

  「もう……会えないのかと、思いましたっ……!」

 身体を起こそうとする藍姫に薬研が手を貸しながら上体を起こさせる。藍姫は堀川に手を伸ばし、頬に触れる。

  「心配掛けて、ごめんね……心配して、くれて……ありがとう……」

 優しく撫でる指が堀川の涙を拭っていく。そして小さく手招きし、堀川が身体を近付けてくると、藍姫は堀川の前髪を上げ、額に軽く触れる口付けを落とす。

 

 

  「!!?」

  「た、大将!!?」

 

 

 瞬時に藍姫から離れた堀川は額に触れながら顔を赤らめていく。口をパクパクと鯉みたいに動かすだけで何も言わない。いや、びっくりし過ぎて言えないのかもしれない。

  「泣き止む、おまじない……効いた?」

  「…………はい……とても…………」

 林檎の様に真っ赤な堀川の言葉に満足し、藍姫は微笑みを返す。

 

  「大将、敵が増えちまう……」

 

  「??何が増えるの……?」

 

  「いや、何でもない。こっちの話だ」

 

 薬研が何を言ったのかよく分からなかったが、皆の顔を見たくなって藍姫は掛け布団を捲った。

  「どうした大将。目覚めたばっかりで動くのは身体に障るかもしれないだろう」

  「皆の……顔が見たいの。今、皆は大広間でしょう?政府の人が何を思って皆を大広間に集めてるのかは、知らないけど……お願い、大広間に行かせて」

 動こうとする藍姫を止める薬研だったが、真っ直ぐな視線に見つめられて「駄目」とは言えなかった。真っ直ぐ真剣にお願いをする主の目には滅法弱い自分に、薬研は溜息を付いた。

 

 

  「…………分かった。堀川。大将を半分支えてやってくれないか?俺がもう半分支える」

 

  「う、うん……」

 

 

 二振りの手を借りて布団から立ち上がり、左右の腕を薬研と堀川の肩に回し、支えて貰う。

  「我儘言ってごめんね」

  「なに、このくらい我儘にも入らないさ。普段からもう少し大将は我儘言った方がいいくらいだぜ」

  「そうですね。もっと僕達を頼ってください」

  「……善処します……」

 

 

 

 歩く速さよりも遅いが、藍姫達は審神者部屋を後にして大広間へと向かったのであった。

 

 

            ㈣のショートストーリー  終わり