薙刀を手に構え、藍姫は不敵な笑みを浮かべた。そして向かって来る脇差と交戦を始める。一切迷いのない刃が切りつけ、貫き、薙ぎ払う。

 

 

 管制室で男二人を捕えた白仮面の男は二人の身元を時計から浮かび上がる画面に触れながら調べていた。

  「……政府に身を置きながら謀反でも起こそうと?審神者に危害を加えてダメージを与えたかったのか、それとも頼まれて事を起こしたのか……」

 男達の反応を見ながら言葉を紡ぐ白仮面の男は最後の言葉に反応を示したのを見逃さなかった。

  「…………だがお前達は役目を忘れて死にゆく審神者達の様に興奮していたようだな。バーチャルを実体に近いまでに改造した腕前は見事なものだ。強さも極になった刀剣男士でさえ苦戦しそうなレベル――それを審神者と戦わせようなどと不利にしかならない状況で苦痛を与えたかったんだろう。それ程までにしたのは藍姫を狙ってのもの、そうだな?」

  「…………」

 

 意識のある男に問い掛けたが、答えるつもりはないと無言を貫く。

 

 白仮面の男はマイクに向かって言葉を発する。

  「――藍姫。その時間遡行軍はバーチャルだが実体に近いまでに改造されたものだ。刃を交えられるのだから気付いているとは思うが、油断はするな。怪我をして血を流せばより増強されるようになっている」

  ≪止めることは出来ないの!≫

 

 戦闘しながら喋る藍姫は最後の脇差に刃を突き立てる。

  ≪そっちで操作は出来るんでしょう?≫

  「悪いがそれは出来ない。君が殺られるか敵が全滅するまで止めることが出来ない様になってる。元から生かすつもりなんてないみたいだ。現在確認出来てる刀種すべてが出てくる」

 白仮面の男が言い終えた瞬間、敵がいなくなった訓練室を埋め尽くす打刀と太刀が雑ざり合って出現した。

 

 

 

 

 最後の脇差を始末して少しの間を挟んで直ぐにまた敵が出現した。

  「打刀と太刀……」

 戦闘が長引く様ならこのままでは戦い辛い。懐に手を入れ紐を取り出し、手に持つ薙刀を宙に放る。その間に紐でたすき掛けをし、結び終えたと同時に薙刀の柄を掴み再び身構える。

 

 

 

 

 目の前で戦う主の姿を目の当たりにした六振りは釘付けだった。

  「……主、戦えたんだ」

 呟く様に口にした加州清光は自分の主の背を見つめ続ける。それは他の刀剣も同じで、一挙手一投足、瞬きすら惜しい程に見つめていたくなる。

  「加州は大将のあんな姿、初めてか?」

  「何その言い方……薬研は知ってたってこと?」

  「ああ。山姥切と五虎退、歌仙と俺っちと秋田の五振りだけだった時、大将が手合せの相手をしてくれてたんだ。実力までは分からなかったが、相当な手練れだってことは分かってた」

 

 主相手の手合せとはいえ、短刀でも手は抜かない。相手の動きを見る目も真剣な表情も身のこなしも、基礎を知らない素人の動きではなかった。何一つ自身の事を語らない主だが、実力が兼ね備えられていて質の高い底のしれない霊力の持ち主だということだけは本丸の刀剣達も感じている。

 

  「他の審神者がどうかは知らないが、大将は腕がある。その実力をこうして目の当たりに出来るのは嬉しいが……複雑だ……」

 

 薬研の言葉に皆交戦する主の後姿を見つめる。

 自分の手足の様に薙刀を自在に操る藍姫は打刀や太刀相手に劣らず次々と伏せていく。知らずに時が経っていたのかもしれないが、自分達の主が戦う姿などもう見れないだろう。自分達が守るのだからそんな姿見られるはずがない。見られて嬉しい半面、戦わせてしまう状況になってしまった事を悔いてしまう。歴史を守る為に戦い主を守る自分達刀剣が主自ら戦うことで守られているなんて……。

 

 

 

 

 打刀や太刀相手ももう終わる。

 管制室から見守る白仮面の目を盗んで、男は手元のリモコンを弄り始める。

 

 

 

 打刀や太刀が全て消えた。

 暇もなく薙刀と槍が姿を現わし、藍姫は呼吸を整えて交戦を始める。戦闘を始めて少し経った頃だった。槍数振りが違う行動を取り始めたのだ。山姥切達を閉じ込める檻を攻撃し始め、檻を壊そうとし始めたのだ。

 中からの攻撃にはビクともしなかった檻だが、外からの攻撃では透明な壁に筋が入り始めた。どうやら山姥切達を狙っているようだ。

  「?なんだ……数振りだけ違う行動に出始めただと――!!貴様、何をしている!!」

 白仮面の男は自分の目を盗んで影でリモコン操作している男の行動に気付いてリモコンを弾く。

 

  「何をした!?」

 

  「へへへっ……あの審神者が戦闘出来る何て予想外だったが、一つも怪我がないなんて面白くないだろう……あいつの刀剣を狙えば怪我するリスクは上がるだろう!!」

 

 その言葉にハッとして訓練室を見下ろせば、檻を攻撃する槍に気付いて藍姫がその槍達を蹴散らす。だがそれだけでは終わらず、次々と槍が檻を攻撃し始めた。檻に向かって来る槍を蹴散らしていく藍姫だが、檻の中の刀剣と言葉を交えたほんの僅かな隙を突かれ左肩を貫かれる。

 

  「!!藍姫っ!!」

 

 

 

 

 肩を貫かれ、血が飛び散る。声を上げながらも槍を押し返し、敵の頭部を薙刀の刃が貫く。

  ≪主っ!!≫

  ≪主君っ!!≫

 肩を怪我した瞬間血の匂いに触発されたのか、敵はより攻撃的になり藍姫に向かって畳みかけてくる。怪我をしながらも戦い続ける藍姫の左肩周辺の着物が血を吸って色を変える。だが藍姫の動きに鈍りはなく、痛みに顔を歪ませながらも槍と薙刀を薙ぎ払い消し去っていく。

 怒濤の攻撃は最後の一振りとなった薙刀の腹部を貫いたことで終わったが、藍姫はその場に膝を付いて崩れる。

 

  ≪主さんっ!≫

  ≪主君っ!≫

 

 背後から堀川と秋田の声が聞こえてくる。振り返ろうとしたが、左肩に激痛が走り急に痛み出した。激しく動いたことで出血が増し、着物が血を吸って色がジワジワと変色していく。戦いに没頭していて気が逸れていたが、少し気を緩めると肩から腕・指先にかけての感覚をなくしてしまいそうだった。真っ赤な鮮血が腕を伝い指先から床に滴る。

 空いた右手を懐の中に入れ紐を引っ張り出すと、左腕の止血をするため脇を締める様にしてキツく縛り上げる。肩から逸れて腕よりを貫かれたのは幸いだったのかもしれない。

 

  ≪主君……ぅっ……!≫

 

 後ろを振り返ると、秋田が瞳を潤ませ涙を流していた。他の皆も同じ様な顔をして苦しそうな表情でジッとこちらを見つめている。少しでも苦しみを和らげようと藍姫は皆に柔らかに微笑んだ。

  「……うっ、っ……そんな顔しないで、秋田くん。大丈夫、だから……皆もそんな……顔、しないで……」

 逆効果だったのか、堀川や前田の頬にも滴が伝う。加州や薬研に山姥切はやりきれない表情で顔を背けたり俯かせる。

 

 

 

  〔…………大太刀…………〕

 

 

 

 訓練室に管制室に居る白仮面の男の声が響き渡る。

 その声に導かれる様に前方に視線を向けると、藍姫や檻を取り囲む様に全方位に大太刀が出現していく。今まで出てきた数の比じゃない。ゆうに五百は超えていて最後の砦に相応しいくらいだ。

  〔此処まで生き残っても、何が何でも始末しようってことか……〕

  「――ふっはははっ……」

 思わず笑いが込み上げてきてしまい、声を出してしまった。「主……?」と案じる声が聞こえてきた。

 

 左手に持っていた薙刀を右手に持ち替え、薙刀を支えにゆっくりと藍姫は立ち上がり、薙刀に寄り掛かるように前屈みになる。

 

  ≪主、無茶だ!その怪我で大太刀を相手にするなど無謀にも程がある!≫

  ≪止めてよ主……もう主が傷付くのなんか、俺……≫

  ≪山姥切の言う通りだ大将!無茶はよせっ!≫

 

 山姥切、加州、薬研の制止の声は聞こえているが、目の前の敵を倒すことで藍姫の頭の中は一杯で届いていない。

 

 

 

  「…………守るものの為に、振るえるものは恥ではない…………」

 

 

 

 ――ふと、よく父親が言っていた言葉を思い出した。

 

 物心が付いた時から普通の人には視えないものが視えていた。人と同じ様にはっきりと視えていて区別が付かず、誰も居ないところに話掛けたり、妖怪や幽霊の類は近寄って来なかったものの付喪神や神聖なものの類には話掛けられていて家に居座られたりしていた。家が神社という事も関係あるのか、血縁や同業者からは高く清すぎる霊力は妬みの対象とされていた。

 自覚はないし、何故煙たがられるのか分からなかった私は一人だった。

 

 それは父親が病死してからはより一層濃くなり居場所がなくなった。

 血縁関係者には「素晴らしい能力だ」と胡麻をすられおこぼれを貰おうとする薄汚い欲塗れの下心が近付いてきて、家族には最初から居なかった様に扱われた。養子で迎えられた後継ぎを可愛がり、母親は養子に構い切りで祖父母は心配して構ってくれていたが、薄気味悪いと影で言っているのを聞いたことがあり、好かれていないと分かった。

 

  ――これはお前の為の薙刀だ。今後役に立つだろう。

 

 亡くなる前に鍛刀した薙刀を私に送ってくれた父の言葉は本当になった。家から出る為に審神者を集めているという時の政府の召集に応じ、審神者として戦いに身を投じた。

 生前に教えてくれていた武道も神社という家系に必要な理や教養も審神者という職には役に立っている。厳密にいえば微妙だが、全く役に立っていない訳ではない。

 

 

 審神者となり本丸を与えられ、初期刀を始めとする名だたる刀剣の付喪神達と生活を共にするという摩訶不思議な現実に目を疑っていたが、抵抗はなく逆に自然と馴染んでいた。

 自分の霊力が役に立つとは夢にも思っていなかった。他の審神者達も出生は様々なところから来ていて、同業者もいたがそこに優劣は付けられず安心した。

 刀剣男士という刀に宿る付喪神達と過ごしていても人と生活するのと殆ど変わりない。最初からそれが日常だったのではないかと思うくらいに。何時しか日常で、私にとって居場所共言える大切な場所となっていった。

 

 

  (私のせいで、誰かが傷付くのは見たくない……傷付けられるのも見たくない……)

 

 

 自分のせいでまんばくん達が傷付くのは見たくない。傷付けようとするなら私自らその災難に立ち向かうまで――。

 

 藍姫は薙刀を構え、呼吸を落ち着かせて静かに顔を上げた。その目は大太刀達を静かに見据え、冷徹ささえ見受けられる。

 

 

 

  「……手加減はしない。――神宮寺巴(じんぐうじ ともえ)――いざ、参りますっ!」

 

 

 

 雄叫びを上げながら突撃してくる大太刀。

 藍姫は右足を後ろに引き、前傾姿勢になりながら腰を落とす不思議な体勢を取る。直ぐに動かず、良い距離間になるまで引き付けて床を蹴る。

 大太刀の重い刀は受け止めず受け流し、身軽に交わしながら刃を向けて切り付け、薙ぎ払い突き刺す。左肩を怪我していると思わせない動きは訓練室で見せた動きで一番良い動きだ。大太刀に負けない殺気に満ちた目や真剣な面差しは背筋を凍らせるものがある。時折笑みを浮かべている時は恐ろしささえ感じ、戦姫と言われる所以なのかもしれない。

 

 

 どれくらいの時間戦い続けたのだろう。最初から総合すれば三時間は経っている。槍や薙刀を相手にしてからは怪我のせいもあり長引き、今の大太刀戦は軽快だが数が多く時間が掛かっている。

 徐々に減っていく大太刀……最後の一振りとは一騎打ちをし、懐に入り込み心臓を一突きにした。

 大太刀は塵となり消え、訓練室には藍姫と檻だけが残された。最後の大太刀が消えると檻は音を立てて解体されていく。檻から解放された山姥切達が藍姫の元に駆け寄る中、藍姫は力尽きて倒れ伏した。

 

 

 

 一早く藍姫の傍に駆け寄って来た山姥切は藍姫を抱き起こした。

  「主っ!!主っ!!」

 声を掛けても反応はなく、首の頸動脈や心臓に耳を当てるとドクドクと鼓動を感じ取れてホッとした。口に耳を近付ければ微かな息が耳に掛かる。

  「山姥切っ!!主はっ!?」

  「大丈夫だ!!――それより早く本丸に帰還するぞ!!」

 

 薙刀は加州が持ち、山姥切は藍姫を姫抱きに抱き上げ、訓練室の出入り口を先頭切って走り出す。訓練室の出入り口前に管制室に居た白仮面の男が何時の間にか居て山姥切達を引き止める。

  「傷口を診せろ。治癒する」

 有無を言わさず詰め寄り、藍姫の左肩に片手を翳す。翳した掌から光が灯り、傷口を治癒していく。三分程治癒すると翳された手が引っ込み、白仮面の男が身体を揺らし後退る。顔は青白く、脂汗も浮かべている。

 

  「おい、あんた……」

 

  「大丈夫だっ……少し休めば回復する…………自然治癒力を一時的に高めて傷口の治癒をした。通常より治りは早いだろう……。それより早く本丸に帰還しろ!藍姫の療養が先決だ!」

 

  「言われなくとも!!」

 

 そうして本丸に無事帰還した山姥切達は藍姫の療養や本丸の皆に事情説明等忙しく動き回ることになる。

 

 

            *  *  *  *  *  *

 

 映像が終わり、大広間はしんと静まり返る。

 

 思いの外衝撃的な映像に目を背ける者や顔を覆う者、表情を歪めながらも観続ける者、顔色一つ変えない者、反応は個々それぞれだが、ちゃんと最後まで見届けたのは言うまでもない。自分達主の勇姿や初めて目の当たりにする一面に誰一人として戸惑いを見せなかった。

 

 

  「――あの日、俺達と主の身に起きた事は今観たのが真実だ。嘘はない。……あんた、あの時上から見ていた奴だったんだな」

 

 

 第一声を発したのは山姥切で、片付けをする沖浩宮に話し掛けた。

  「よく分かったね。まあ、この映像を持って来られるのは当事者だけだし、ちょっと考えれば直ぐに分かるか」

  「それもそうだが、幾ら口調が違っても個々の発する気配までは嘘を付けない。それだけのことだ」

  「ははははっ。そうか、それは誤魔化せないよね」

 ディスクをケースに入れ、山姥切達に見せる。

 

  「……これ、君達が持っているかい?私が持っていてもいいんだが、政府には色々と省いた映像を提出してあるから見つかると色々とややこしいんだよね……」

 

  「…………いや、いい。それより、主犯のあいつ等はどうなった?」

 

  「ああ。政府の人間に間違いはなかったよ。今は牢屋で監禁中かつ聴衆中、おそらく誰かから金を貰って受けた裏案件だと思う。もしかしたら私達の家が関係している可能性も捨てきれない」

 

  「家?主の生家か?」

 

 山姥切の質問に沖浩宮は頷く。

  「君達の主――妹はある神社の本家の人間でね。長年神社を生業としているからか、霊力の高い者が過去にも存在するがそれを遥かに上回る高い霊力の持ち主なんだ。清く澄んだ霊力は強力で妖怪や幽霊の類は浄化されるから嫌う程だ。それ故に疎まれ、妬まれ、本家の人間だから妹に取り入ろうと胡麻擦りしてくる者達も居た。

  だけどその家は男児でなければ後継ぎとは認めない古参が多い家で、女児である妹は後継ぎとして認められないと養子を受け入れて後継ぎとした……それが私だ。

  審神者となるから家を出た妹を縁切りした家だけど、妹の高い霊力がなくては家の厳格を維持出来ないと考える連中が居る。もしかしたらその連中の仕業の線もある」

 

 沖浩宮が語った家の事情は藍姫を人として扱っていないものだった。家の厳格とか文化とかそんなものがあっての拘りだろうが、藍姫を物扱いしていい理由にはならない。

 

 

  「……あくまでその線もあるとの予想に過ぎない。身内を疑いたくはないけれど、行動を起こしそうな奴もいる――妹を連れ戻す為に政府の人間を金で釣ることも厭わない人間が多いのも事実だからね」

 

 

 苦笑を浮かべる沖浩宮を見ていると、簡単に語り尽くせない事情が取り巻いているらしい。

 

 

 

 

 ――その時だった。

 

 大広間の障子に動く影が映り廊下を歩いてくる。大きな影に一体何事だと身構える刀剣達……誰かが大広間を訪ねてきたことは間違いないと緊張が走る。

 

 

 障子が開いたその先には――――この本丸の刀剣皆が会いたい人物だった。

 

 

 藍姫が堀川や薬研に支えられながら、大広間に顔を出したからだ。

 

 

  『…………』

 

 

 直ぐに誰も口を開けず、固まったままだ。まるで幽霊でも見ている様な静けさなんか気にせず、藍姫は微笑む。

 

 

 

  「…………皆、おはよう……」

 

 

 

 その言葉に静まり返っていた大広間に歓喜の声が沸き上がる。

 

 

            ㈤に続く    終わり