荒草原の異常気象の原因究明と、毛狩りが再び行われているかもしれないという現状を食い止めるべく派遣された紅葉達は、無事全ての任務を終えて神国に帰還した。
紅葉に課せられていたもう一つの任務も終えて――。
―― 神国 天集間 ――
天集間に集うは大紀美を始めとする守護士の木理羅、幹部である七師長と総隊長二名、何処か重みある空気を漂わせて会合が行われている。
「――以上が、欽聖堂内の現状報告です。国境付近に異常もなく、領土内の村や町からの要望に関しましては以前と変わらずです」
「優先すべきは、地牙の海人(かいじん)による抹包香への進行阻止……そろそろ潮時ではないかと私は思いますが」
木理羅の報告に海友が眼鏡を指で押し上げながら発言する。海友の右隣に座る梨世が同意を示すように頷く。
「そうだね。海人は普通の人間に比べて身体能力が上だからね。幾ら抹包香を取締る堂乃家(どうのけ)とはいえ対抗出来るのも限界なんじゃないの?それに物流の中心地だし、地牙に落とされたらこっちが迷惑だよ」
「そうね。進行が今に始まった事でないにしても、こちらも手を打たなければ海人を調子付かせてしまうわ。国を見限ったからといって他国に進行するなんて暴挙、許すわけにはいかない」
蘭が怒り含む物言いで語り、羅沙度を見やる。
「……羅沙度大紀美の御考えは如何ほどに?」
「地牙からは『国の政策に不満を持つ者の暴動だ』との文が私の元には届きました。暫く彼等の動向を見る為に敢えて何もせずに傍観していましたが……進行行為は激しさを増す一方、近々本格的に進行してくるでしょう。
皆さんもそう仰られると思っていましたので、抹包香の堂乃家宛てに文をしたため届けています。もう届いて目を通している頃だと思います」
羅沙度の言葉に全員ほぅっと安堵した面持ちを浮かべる。
「近々こちらから援軍を派遣しようと考えています。人員に関しては追々お知らせ致します。…………あれから、紅葉さんの様子は如何ですか?」
そう皆に尋ねる羅沙度の表情は曇っている。師長達は顔を見合わせるだけで話す気配は見られず、舘野伊が皆を代表して羅沙度の質問に答えた。
「荒草原から戻った後は何時も通り……と云いてーが何処か上の空なところがあるな。修行の際は普段と変わりないが、終わってからは誰とも顔を合わさず部屋に戻ってる。夕刻に食堂で飯は食ってるみてーだし、風呂にも行ってる。歩緒が居ないだけで何時も通りの生活を送ってる」
「そうですか。……暫くは紅葉さんの様子を気にして下さい。ですが決して修行の手は緩めずで」
「……まあ、元から手を緩める気はねーけどよ。案外手厳しくいくんだな」
「意外だ」と舘野伊に云われ、羅沙度は苦笑を浮かべる。
「紅葉さんなら返って優しくされるのを嫌うのではと思うのですが。それなりの覚悟を持って帰郷し、歩緒と離れることも分かっていたでしょう。……彼女が自分で選んだ事なのです。落ち込むであろうことは懐かれていたことを考えれば容易に見当が付きます。優しくすることは、紅葉さんの決意を無下にするものだと思うのでしないのですよ」
「……暫くしたら吹っ切れるだろうしな。それまではそっとしておくのがいいな」
「あら。妹分が心配なのではないのですか?舘野伊総隊長」
「そりゃあ兄貴としては心配だけどよ……あいつの場合『自分で越えるものだ』とかいって弱音吐かなそうだしよ」
舘野伊だけでなく、他の者達も気には掛けているようだがどう接していいものか解らないらしい。以前紅葉に対して失礼のないようにとは云ったものの、まさか困惑させるまでになるとは流石に予想外であった。紅葉はともかく、彼女の内側に宿る那与裏の存在が彼等に戸惑いを与えているのだろう。
自身でさえ初めて目の前にして言葉を交わしたが、いなくなった後の重圧からの解放感は相当なものだった。そんな重圧を覚えるものを宿していて紅葉に負担がないのか気になるところだ。
……この時羅沙度は気付かなかった。黄河一人だけが、特に表情を変えていなかったことを。
* * * * * *
夕刻を回り、食堂でご飯を済ませて部屋に戻った紅葉は縁側に座り小さな庭を眺めていた。夕焼けの朱色が地上を染め、穏やかな一日の終わりを優しく包み込む。歩緒がよくじゃれて遊んでいたタンポポは綿毛へと姿を変え、少しの風にさえも揺られて綿毛が風に攫われ空にへと舞い上がる。
それを目で追い、空の彼方を眺め続けた。
「…………」
何時も感じる頭に掛かる重みもない、部屋を走り回る足音もしない、傍に来てすり寄ってくる衣擦れの音もしない……静か過ぎて自分の呼吸音がよく聞こえる。
こうなると分かっていたのに、いざその状況になると思っていたよりも寂しく思う自分に少し呆れる。人間界で歩緒と出会った時、『与世地聖に帰るなら一緒に連れて行って欲しい』――それだけのものだったというのに。
何故か歩緒は紅葉には懐いた。ずっと頭の上にへばりついて、戦闘等などで離れていて戻ってくれば真っ先に紅葉の元へと駆けてくる。与世地聖の神国に戻ってからも朝から晩までずっと一緒で、離れていたのは師長達との修行の間だけ。人間嫌いだというのが信じられないくらい心を許してくれてはいたが、それは自分が“永力”というものを宿しているに過ぎないからではないのか……ふと、そう思ってしまう。
紅葉という個人を好いているわけではない。それがきっと寂しさを感じさせてしまう理由なのだろう。それと同時に孤独感すら感じる。
もう幾度となく付いた溜息が零れた時、那与裏が話し掛けてきた。
――主。大丈夫ですか?
(ああ、那与裏。……うん、大丈夫だよ)
――……主が抱かれる不安にお答え出来るか定かではありませんが……虎狐は青葉に仕えていたのです。
急に話始めた那与裏の声に紅葉は庭を眺めながらも耳を傾ける。
――二千年前、虎狐は神聖な生き物として荒草原に住む人間達に崇められていたのです。荒草原からは一歩も出ることのない虎狐が一頭、親とはぐれて荒草原を出てしまい、青葉の住む屋敷周辺で警護の者達に見つかり、『気味が悪い』と殺されそうになっていたことがありました。
寸でのところで青葉が助けて難を逃れましたが、傷付いた虎狐は大層怯え、治療していた青葉に怪我を負わせたこともありました。ですが青葉は虎狐の傷が治るまで治療を続け、完治してからは自ら荒草原に足を運び、虎狐を帰した。
その後、虎狐の群れを代表して長と助けて貰った子が青葉の元を訪ねてきたのです。それをきっかけに虎狐は永力とその宿主に一族が途絶えるその時まで仕えることを誓ったのです。
那与裏が語ってくれたのは遥か昔の出来事だった。
そんな昔から虎狐が居たというのも驚いたが、青葉が亡くなってから紅葉が今こうしている時代の空白は長い。それなのに虎狐の長を始め皆が紅葉を“親様”と呼んでいるのは代々青葉との出会いが語り継がれているためなのか。
――おそらく虎狐代々子孫に語り継がれていたのかもしれません。虎狐達が主のことを親様と呼んでいるのはそのためだと思われます。……今では人間を嫌悪しておりますが、主だけは自分達にとって唯一の主人であり永力は親の様なもの。ですから親様であり心を許しておいでなのです。
(そんな話があったなんて……)
青葉と虎狐の間にそんな出会いと繋がりあったなんて知らなかった。きっと誰も知り得ない事実を知っているのは那与裏だからこそだ。
荒草原で崇められていた筈なのに毛狩りに遭い乱獲され、絶滅寸前まで追い込まれるなんて虎狐達は思っていなかっただろう。その当時人間を嫌ってはいなかっただろうし、信用もあった分、乱獲され売られる現実に裏切られたと思ったに違いない。その反動が人を食らうまでになって荒草原に居た人間を根絶やしにした。
それから一五〇年という月日、虎狐の血に“人間は自分達を脅かす悪しき存在”と刻まれ、凶暴性を増した虎狐の生息する荒草原に人は寄り付かなくなった……。
それなのに永力やその宿主に仕えることは放棄せずにいた。人間は嫌いでも、永力の認めた人だけは許せる存在であると心を許す――なら、歩緒もそうなのだろう。出会った時は覚醒していなかったが幼いながらも何か感じていたのだろう。だから自分には懐いていた。
懐かれていたのはただ永力を宿してるというだけ、私自身に気を許しているわけではなかったんだ……。
「――寂しいって思うのはこういうことだったんだ……」
永力が無かったら自分はただのお払い箱。二の次でしか自分の存在なんて見ても貰えていないというのが紅葉が感じた寂しさだった。
ポタッ……ポタッ……。
紅葉の頬に透明な滴が伝った。一滴二滴と伝う内に伝う滴の量が増していき袴に滲みを作る。
――主、泣かないで下さいまし!
(那与裏も自分を宿してるってだけで“主”って呼んでるだけなんだよね!?那与裏あっての自分だっていうなら、私の存在意義なんて那与裏を宿す器ってだけしかないじゃん!……私の存在なんて必要ないじゃんっ……!!)
顔をくしゃくしゃにして啜り泣きから嗚咽を零しながら泣き出し、紅葉は膝を抱えて泣き始めた。そんな時――。
「……どうした?何か、あったのか?」
スタッと庭に誰かが降って降り立ったと思ったら、黄河だった。顔を上げた紅葉が黄河に顔を向けると、黄河は微かに目を見開き驚く。そして何も言わずに紅葉の隣に腰を下ろすと、自分の方に抱き寄せあやすように紅葉の頭を優しく撫で始めた。
「……何も聞かない。気の済むまで泣くといい」
黄河の優しい声音に促され、紅葉はより一層顔を歪ませて泣き始める。
――それから暫く、紅葉はみっともなく黄河の前で泣き続けた。
* * * * * *
次の日、演習場に行くと舘野伊から今日の修行は無しになったと聞かされた。紅葉の修行が無くなり、それに合わせて師長や舘野伊も暇になるらしい。帰ろうとする紅葉を舘野伊は呼び止め「気晴らしに城下に行こう」と誘ってきた。特に何かあるわけでもなく暇な紅葉は誘いに乗って城下町へとやって来ていた。
舘野伊御用達の茶屋で昼食を食べ、今はお茶を飲みながら甘味を食べている。この茶屋では今桜饅頭が飛ぶように売れているというので、それを注文した。
人気の桜饅頭を頬張りながら湯呑みの茶を啜り、舘野伊は何食わぬ顔で自分達と向き合い座る男達をじっとりと睨み付ける。
「――で、何でお前等が此処に居るんだよ!」
「……たまたま同じ茶屋で食べていたんだ。一緒に居ては都合が悪いのか?」
「まあいいじゃないか。珍しい集まりだしな」
相席していたのは黄河と紅蓮だった。舘野伊が何故睨み付けてくるのか訳が分からないと首を傾げる黄河に、紅蓮はくくっと喉を鳴らした。
「別に都合が悪いって訳じゃねーけどよ」
「なら、良いではないか。……舘野伊はこの茶屋によく来るのか?」
「ん?ああ、まあな。俺だけじゃなくてお前等もたまに顔出してるそうじゃねーか。店主が云ってたぜ?」
「舘野伊程ではない。お前の御用達なのだろう?」
舘野伊と黄河の会話に桜饅頭を頬張っていた紅蓮が口の中のものを飲み込んで入ってくる。
「だが、敦士が誰か連れてるのも珍しいよな。普段一人で来てるだろう?」
「まあな。……折角の休暇なんだ、城下も碌に歩いたことのないこいつを連れて来てやりたかったんだよ。来て早々修行ばっかりで欽聖堂に籠りっぱなしだからな」
隣で桜饅頭を黙々と食べる紅葉の頭にポンッと手を置き、撫で回す。普段見る事の無い優しい眼差しで紅葉を見つめる舘野伊に、黄河も紅蓮も呆気に取られた顔をする。
二人の視線に気付いた舘野伊は目を瞬かせる。
「なんだよ。二人して俺の顔意外そうに……」
「いや?お前でもそんな顔するんだなと思っただけだ。な、黄河?」
「……そうだな」
「どんな顔だよ!」
「強いて云うなら兄貴の顔?自分の変化ぐらい自分で気付けよ、バーカ」
「なんだと!?」
ムキになって云い返してくる舘野伊に紅蓮は落ち着いた態度で対応する。普段からよく云い合いの様な会話をするのか、黄河は止める素振りもなくのんびりと茶を啜っている。
そんな舘野伊達の和やかな雰囲気に紅葉は微かな笑みを浮かべるが、直ぐに曇って顔を俯かせてしまう。そんな紅葉を見て、黄河の眉尻が下がる。
茶屋を後にした紅葉達は大通りを歩き様々な商店を覘いていた。舘野伊達の騒がしい様に紅葉も楽しそうにしていたが、やはり心ここにあらずといった風で心の底から楽しんでいるという訳ではないのは明白だった。
十分に楽しんだ一行は欽聖堂に戻る為大通りを北向きに進んでいた。舘野伊と紅蓮が並んで話しながら歩いていて、その後ろに黄河、二歩下がって紅葉がその後に続く。
――……義兄に気を遣わせてしまいましたね。
話していい頃合いを察知して那与裏が話し掛けてきた。
(うん…………那与裏、昨日はごめん。ちょっと気が動転してた)
昨日のみっともない行いを謝る紅葉に那与裏は「ふふっ」と笑う。
――いいのです。主の不安は抱いて当然のものです……青葉も同じ様に悩んでいましたから。自分の存在意義というものは何か、と。
自身と一つになっている為表情は解らないが、声で那与裏の表情が解るようだ。今は懐かしみながらも悲しさ交じる声が紅葉の中に響く。
――……悩みつつも、主くらいのお歳で亡くなりましたが。瘴気を消す為に。
(そっか……)
――青葉の中で答えが見つかっての行動だったのかもしれませんが、やりたいことも、これからのことも色々と考えていたでしょう。それ等全てを奪う結果になってしまった事には妾自身を恨まずにはいられません。
恨んでも恨んでも、何も起こらないこの身が憎くて仕方ない……!
(…………)
――…………主には、生きて欲しいのでございます。例え青葉の様な終わりを迎えたとしても、生きて欲しいと願って止まないのは妾の身勝手だと解ってはおりますが……。
聞いていて思った――悩んでいる事は違っても同じなのかもしれない。
那与裏を宿す宿主が永力あっての自分なのかと悩む様に、那与裏も又自分を宿したばかりに宿主の未来を奪う自分の居る意味に悩む……辿り着くのは『自分の存在意義』という同じ悩み。
視点が違えど同じ悩みを抱えているのかもしれないと思うと親近感が湧いてくる。
(……同じ悩み、私達抱えてるんだね。那与裏は永力の意識集合体?だから人とは違うのかと思ってたけど、そんなことないって解って少し安心したよ)
――?
(一緒に悩めるっていうのが嬉しいって事。色々と話していけば何時か考えてることまで解るようになるかもしれないね!)
――…………そうですね。
嬉しさ滲む声に紅葉が目を細めると、歩く速さを緩めて黄河が紅葉の隣にへと下がって来た。
「……少しは気分転換になったのか?」
隣に立つ黄河を見上げると瞳と瞳が合わさる。見つめ返しても視線が逸らされることはなく、じっと見られ続けていると少し動揺してしまう。
「う、うん、まあ……それより、何で人の顔じっと見てるの?」
「……心ここにあらず、の様な顔ではないなと確認していただけだ」
それだけを云うと前方へと顔ごと視線を戻す。何だか黄河には何時も顔色を窺われているような……そんな気がした。
何を話すわけでもなく無言のまま大通りを歩く。欽聖堂へと通じる大手門が先程よりも大きくなってきたところを見ると、数分程沈黙していただけのようだ。その数分を長時間黙っていたと錯覚してしまっていたのは何とも云えない微妙な空気のせいだろうか。
(沈黙ってこうも長く感じるものなんだ……)
舘野伊や佳直ならまだしも、師長達とは未だ親し気には程遠い会話量しか交わしていない為修行でもない時に何を話していいのか解らない。黄河は時折声を掛けてくれていて七師長の中でも一番話しているが――何を話していいのか皆目見当が付かない。
(ん~……困ったな……)
ずっと無言も居心地が悪いと思い、何か話さないとと思い立った時だった。黄河が不意に口を開いた。
「――今日、休暇にして貰ったのは……俺が大紀美に進言したからなんだ」
え――今、何て……。
驚きで顔を跳ね上げた紅葉は黄河の横顔を見やる。紅葉から向けられている視線の意味を解っているのか、訳を話し始めた。
「昨日、お前を落ち着かせた後大紀美の元に赴いた。……修行の際は気を緩めないようにしていたみたいだが、合間に考え事をしていただろう?集中出来ていない証拠だ。
……それでは何時か怪我をする。修行に怪我は付き物かもしれないが、今のままでは軽傷では済まないだろう。昨日お前が泣いていたのを見て、息を付く暇さえ無くせば立ち直ると考えていたこちらが間違いだったと気付いた。
……だから今日は休暇にして貰った。何があって泣いていたのかは訊かないとあの時云ったが、一人で抱え込むのはよせ」
黄河の手が紅葉の頬に伸びてくる。指の背が優しく頬を撫で、黄土色の瞳が細められる。
「……よく、眠れているのか?」
「えっ、ま、まあ……」
「また泣きたくなったら、俺の胸を貸してやる」
そう云って微笑む黄河に紅葉は動揺して前を見やる。何か黄河の台詞を聞いていたら恥ずかしくなってきた……心配して云ってくれているのに何で恥ずかしいと思うのか、解らなかった。
するとトントンと肩を叩かれ、横を向くと頬にぐにっと指が食い込む。
「……何やってるの?」
「……悪戯」
「ふっ、なにそれ」
思わず笑みが零れ、肩が震える。
「……お前はその方がよく似合う」
隣から離れる間際にそんな呟きが聞こえてきた。気付けば黄河は元の歩調で前方を歩き始め、紅葉の隣から離れていた。
休暇にしてくれと大紀美に進言したり、態々歩調を合わせて様子見に隣に来たり、悪戯と称して笑わせてきたり――。
――お前はその方がよく似合う。
(……まさかさっきのあれはわざと?笑わせる為に?)
――そういえば、修行で疲れたとへばっていた時に甘味を持って来てくれたこともあった。貰った甘味を食べて満足そうにしている姿を見て黄河は微笑を浮かべていた。それに師長達と手合せをして負けた時も不貞腐れる自分に水を差し出してきて、昔の自分もそうだったと話して励ましてくれた。次こそはと意気込むと嬉しそうに微笑んでいた。
それにさっきも……。
(…………)
前方を歩く黄河の背を見つめ、これまでさりげなく何かと手を差し伸べてくれていた事を次々と思い出す。舘野伊を始めとして黄河と、神国に来てまだそんなに経っていないが、誰かに気に掛けて貰えるというだけでこんな嬉しい気持ちになるなんて初めて知った感情だ。
気に掛けてくれているからといって何時までも心配を掛けていてはいけない。直ぐには無理でも少しずつ顔を上げて前を見据えて歩けるようにならないと――目の前を歩く彼等の大きな背を追い掛けられるよう。
そう思うと少しは顔を上げられる気がした。彼等に認められるように頑張って行きたい、歩緒も仲間の元で自分の様に苦悩しながら成長し、また何時か出会える日が来るだろう。
この晴れ渡る青空の下に居る限り。
――紅葉達が欽聖堂に向けて帰っている道中、欽聖堂内で一つ騒ぎが起きていた。
十章⑨ 終わり