私の名前は七瀬未琴(ななせ みこと)。花優楽附属高等学校普通科に通う2年生。入学してから1年と2カ月、今現在6月。
「はあぁ~……バイトのシフトまた増えた……」
学校に向かう足取りが重い。前は週に2日程度だったのに、週に4日に増え5日に増え、ほぼ平日全部入ってしまいそれが毎週……休日が天国に値するだろう。
「何でバイトで雇われてる私が平日全部に入れられてんの!?しかも19時から22時の3時間だけとはいえ仕事は山程……予定また組み直さないといけないじゃない……」
項垂れていると背後からタックルをされる。
「おっはよーぅ♪未琴どうしたの?暗いよ~?」
同じクラスの友達、新山瑠依(にいやま るい)。小さい時からの幼馴染で、何故か私の後を追っかけて同じ高校に入ってきた。あと金崎夏美(かねさき なつみ)という子もいてその子も幼馴染で友達。
「暗くもなるよ、バイトのシフトまた増えたんだよ?こっちは勉強もあるっていうのに……人の都合何てこれっぽっちも考えてないんだわ!しかも……今月噴水広場の掃除当番……」
同情するように頷きながら未琴の肩を瑠依は叩く。
「そっかぁ、当たっちゃたんだ。未琴にとっては嫌な場所だよね。だって特進科と顔合わすものね」
「それだけは言わないでー!!特進科何て耳にもしたくないわ!」
花優楽附属高等学校には普通科以外にもう1つ科がある。特別進学科、通称特進科。
頭の良い人達が集まっていて、中にはお金持ちで育ちの良いお坊ちゃんお嬢さんもいるという。ちょっと頭と育ちが良いからって『貴方達凡人とは違うのよ』みたいな言い方されて~~嫌にならない人はいないわよ!
学校の校門を跨ぎ敷地内に入ると女子の黄色い声援が聞こえてくる。
『きゃーっ!!雅(みやび)くーんっ!!』
「…………」
「相変わらずの人気だね~。特進科一の秀才」
特進科棟の玄関にへと向かう1人の男子生徒を見て女子生徒達が騒いでいる。女子達は近付きはしないものの遠目に見るだけでも幸せという感じで満足気だ。中には携帯で彼を撮ろうとしている人も何人かいて、その人達を雅と呼ばれている男子生徒はギロッと睨み付ける。
「……止めてよね。迷惑」
睨まれた女子は怯えている。だが、その他の女子達はそんな冷たいのも良いのか黄色い声を上げる。
特進科には特進科一の秀才と呼ばれている雅瀬那(みやび せな)という男子生徒がいる。だがその男子生徒は冷血男とも呼ばれていて、何人からも告白されているがどの人も酷い断わられ方をされて泣かされたいう。彼の事を深く知れば消される何て噂もあってある意味では怖い存在だとされている。
ま、私にはどうでもいい事だけどね。興味もないし。
未琴は顔も向けず興味無しにスタスタと普通科棟の玄関へと向かう。瑠依が慌てて未琴の後を追う。
「もーう置いてかないでよ未琴~」
「ふん。シュウマイだか醜態だか知らないけど、興味ないわ」
「秀才だって(汗)。でもかっこいいって特進科でも普通科でもすごく人気の男の子だよ♪私もその1人~♪」
手を上げて主張する瑠依を放置して未琴は階段に足をかけて登って行く。瑠依は半泣きで未琴の後を追い掛ける。
* * * * * *
さて……やってきたよ一番嫌な時間が!放課後の掃除当番。
普通科棟と特進科棟の間に挟まれる様にしてある噴水広場。普通科の生徒が掃除する事になっていて、私のクラス、B組が担当する事になった今月。何もなければそれでいいが、大抵特進科の生徒達が普通科を馬鹿にして苛めてくるのだ。
「――お、凡人が掃除してるぜー」
「精々綺麗にしてくれたまえ。その広場は僕達特進科が使う広場だからね」
「俺達の場所に踏み込めるのを有り難く思えよな」
特進科棟から特進科の生徒数人が掃除する未琴達を見て好き勝手に言って馬鹿にしてくる。おそらく背を向けて掃除している未琴に言っているのだろう。だが未琴は相手にしない。
(何も聞こえない何も聞こえない)
無視してやり過ごそうと決め、例え何があっても相手にしないと決めたのだ。
「――よし、綺麗になった……」
隅の方に溜まっていたゴミも掃き終え、竹ぼうきを片手に当たりを見回していると、空からゴミが降ってきて広場に広がり、綺麗になった広場の隅にゴミが広がる。
「おい、なに休んでんだよ。此処にもゴミあるじゃねーか」
特進科の生徒が窓から広場に向けてゴミ箱の中身をぶちまけたのだ。
「何?ゴミも見えないの?おいおい、凡人ってのはゴミも見分けられねぇみてーだぜ」
「へぇ~じゃこのゴミも見えないんだ」
他の生徒も同じ様に窓から下にゴミ箱の中身を放り出す。
「折角綺麗にしたのに……」
「あんまりだ……」
その光景を呆然と見る事しか出来ず、何もしない未琴達を見て調子付いたのか、今度はスチール缶と書かれた紙が貼られたゴミ箱を窓辺に持ってくる。
「んじゃ缶も見えないのか?」
スチール缶を1つ手に取り、噴水広場に向けて投げる。投げられた缶は竹箒をバットの様に持ち構える未琴によって特進科の生徒の顔面にへと打ち返されクリティカルヒットする。その男子生徒が手にしていたゴミ箱は下に落ち、缶の甲高い音が広場に響き渡り散らばる。
「いっっつぅ~!!……何すんだよっ……!」
窓辺にいる3人の内1人が鼻っ面を押さえ涙目で未琴に抗議する。未琴はそれに負けない形相で彼等を睨み付ける。
「あらごめんなさい。うるさいサルがいるものだからつい」
「なにぃ!!?」
「聞いてれば凡人凡人って……何?特進科に居るからって調子に乗ってんるんじゃないわよ!頭が良いからって立場が上になってるとでも思ってるの!?」
広場で繰り広げられる喧嘩を皆何事か見ようと野次馬で集まってくる。特進科一の秀才と謳われる雅瀬那もその喧嘩を見ていた。
「何だよ普通科のくせに……」
「普通科だからって特進科に盾付いたらいけない校則はないわ!人を馬鹿にして楽しむ様なあんた達なんか幼稚園からやり直した方がいいんじゃないの?いっつも集団で苛めるしか脳のない連中何て敬えもしないわ!!」
未琴はその場に落ちているゴミを竹箒で指し示し窓辺にいる特進科に向かって声を張る。
「此処のゴミはあんた達で処分しなさいよ!貴族にでもなって庶民なめてたら噛み付かれるわよ!!やるんなら真正面から掛かってきなさいよ!!相手してやるわ!!」
特進科の生徒達は逃げていき、未琴はふんっと鼻を鳴らす。するとコツンッと頭に何か当たり足元に転がる。またゴミ捨ててんの!?いい加減にしなさいよね!!
「ちょっとっ!またゴミ捨てて貶そうっていうの!!いい加減に――」
「……それ、あげるよ。アメ」
特進科の3人組が居た窓辺に1人の少年が居た。寝癖なのかところどころ髪が跳ねていて、さらさらの黒髪に綺麗な顔立ちと文句の付けようもない男前だ。
「あんたの足元に落ちてるアメ、あげる。ああ、ゴミ捨てた奴等にそこ掃除させとくから心配しないで」
優しい笑みを浮かべて窓辺を離れる。不意に未琴の方を振り向き笑顔を向けて小さく手を振って何処かに行く。
少年の言う通りに足元にはアメ玉が転がって落ちていた。
(こんなもんで釣ろうっての?馬鹿にしないでよね)
とはいえ食べ物を粗末には出来ない為ポケットにアメを入れる。
それから噴水広場を掃除していても特進科の人が馬鹿にしてこなくなった。そのかわり、私にアメをくれた少年は掃除が終わるのを見計らって私にチョコやクッキー、時には一袋丸ごととお菓子をくれる。
「……ねえ、何で何時も私にお菓子くれるの?まさか、餌付けしよう何て魂胆じゃ……!」
未琴が広場から特進科棟を見上げてそう少年に訊ね、敵意をむきだして構えると少年はクスクスと笑う。
「……どうしてだと思う?」
「知らないわよ」
「じゃあ明日の昼休み、あんたのクラス行って教えてあげる。普通科何年何組?」
「……普通科2年、B組……」
「それじゃ明日昼休みに」
笑みを浮かべてそう言い残すとすっとその場を離れて消える。……何なのよあいつ……。
手に持つお菓子の詰め合わせの袋を顔横まで持ち上げ、未琴は眉を顰める。
* * * * * *
次の日 ― 昼休み ―
昼休み、未琴は友達の瑠依と夏美、3人で昼食を摂っているのだが、瑠依が3限目後の休憩時間から泣いていて、その理由を訊ねながらの昼食となった。
「告白した!?秀才に!??」
「うん……でも、『お前なんかに興味ないから。二度と顔見せんな』って言われたぁ~!!(泣)」
大泣きする瑠依を横目に未琴は紙パックのお茶に刺すストローを口に飲んでいた。瑠依の前にカバンの中にある、あの少年から貰ったお菓子を差し出す。瑠依は泣きながらお菓子に手を伸ばし口にする。
未琴が頭を撫でると瑠依はまた泣き始める。
「それにしても未琴、あんた何でこんなにお菓子持ってるわけ?」
「貰ったの。特進科の秀才に」
驚く2人に対し未琴は頬杖を付きながら口をへの字にして吐き捨てる。
「勘違いしないでよ。お菓子で餌付けして奴隷にしてこき使うつもりなのよ。特進科の奴等は根性腐ってるのばっかだからそうに決まってるわ」
何やら廊下が騒がしくなってきて、女子達が騒いでいる。そしてその騒ぎは廊下から未琴のクラスにへと広まり、瑠依も夏美も頬を赤らめて教室に入ってきた人物を凝視してあわあわし始める。騒ぎに気付かない未琴は友達2人の変化を余所に喋り続ける。
「何がエリートコースよ。頭だけで世の中渡って行ける程甘くないのに経歴だけ重視されると思ってたら大間違いよ。これだから上流階級なんてくだらないったらありゃしない」
瑠依が未琴の袖を掴んで引っ張る。
「凡人凡人って……人の事何だと思ってんのよ!ええそりゃ上から見たら雑草みたいに見えるでしょうよ。でもこれでも……」
ぐいぐいと瑠依に引っ張られ「何?」と返すと未琴の後ろを指差す。
「う、後ろ……!」
「後ろ?」
振り返ると目の前には誰かが立ち塞がっていた。
「何?壁……?」
「違うわよ!見てみなよ!」
夏美の言葉に上を見上げると、例のお菓子をくれた少年が立っていた。少年はふっと笑みを浮かべる。
「こんにちは。七瀬未琴」
何も言えずにぽかんとしている未琴に少年は顔を近付けてくる。
「オレの事、忘れてないよね?」
「え、ええ……あんた一体――」
「雅瀬那……瀬那って呼んで。未琴」
何で名前呼び!?
少年、瀬那はにっと笑うと未琴の顎をくいっと上に上げる。
「――オレと付き合って。あんたの事ずっと見てた……オレの彼女になってよ」
は、はいぃいいぃぃーーーー!!??
教室中に「いやー!!雅くーん!!」と涙する女子が多発。未琴は瀬那の手を払い除けガタッと席を立ち距離をとる。
「い、いきなり何意味分かんないこと言ってんのよ!?」
瀬那は怪訝そうな顔をし、腰に手を当てる。
「好きだって言ったつもりなんだけど?」
え、あれで??
未琴は気を取り直して強きな態度で瀬那に噛み付く。
「何言ってるんだかさっぱりだわ。凡人横に並べるより釣り合う特進科で相手見つけたらいいじゃない。――てなわけでお断り。はい戻った戻った」
追い払う様に厄介ばらいする未琴の手を掴み、瀬那はさっきより顔をぐっと近付けてくる。
「嫌だって言ったら?……悪いけど、オレ本気だから。それを体の芯まで解らせて刻み付けてやるよ。覚悟しな」
え――?何言ってんのこの人――?
目の前にある瀬那の顔が不敵な笑みを浮かべる。
これが、こいつ――雅瀬那とのよく解らない関係の始まりだった。
1章 終わり