あの昼休みから数日――。
 
 
 
  「おはよう、夏目!」
  「……お、おはよう」
 
 何時も通り挨拶は返されるが、茜の席に行って話掛けると茜は「読書に集中したいから、出来れば後にして欲しい」と言って大助を遠ざける。
 休み時間に話掛けようとしても里美が話掛けてきて話が出来ない。昼休みに茜に近付いても教室を去っていくしで……。
 
 愛には何時も通りなのに大助には不審……そんな茜の様子に大助は寂しさを感じる毎日を過ごしていた。
 
 
 
 
 
                      4章  ― しまい込んだ想い ―
 
 
 
 
 
 放課後、部室で皆々が着替える中大助1人だけ手が止まっていた。この前は明るかったのに今度は落ち込んでいる。浮き沈みの差が激しいと、嫌でも何かあったのだと感じてしまう。
  「……どうしたんだよ、大助。この前までのテンションが嘘みてぇだぜ?」
  「…………はぁ……」
 溜息を付く大助を挟んで廉と泰は顔を見合わせる。
 
  「夏目と……何かあったのか?」
  「…………」
 泰が話掛けると、口を尖らせて拗ねて見せるだけで大助はゆっくりと着替え始める。
 
 
 茜と何かあった――泰と廉はそう確信した。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 午後20時半――夏目家  茜の部屋
 
 
 お風呂に入った茜は髪を乾かし部屋に上がった。布団を敷きコロンと横向きに寝転がる。
 
  「…………」
 
 
 
   ――立場弁えたら言わなくても分かるかな。ねえ、茜。
 
 
 
 あの時の里美は怖かった。普段はそんなことないのに何で急にあんなことを言ったのか茜には解らなかった。怒らせることはしていない筈だし、警告を言われる覚えもない。
  (……解りきってることやんか……。うちが丸内くん達みたいな人と話していい筈ないって。1年の頃に騒ぎ起こした事、過去の……)
 
 過去なんて口にするだけで体中から血の気が引く。恐怖に駆られ体が震える。
 
 
  (…………もう誰とも友達にすらなれへんのかな……)
 
 
 涙で視界が霞み、茜は電気を切り布団に潜り込む。
 
 
  (解り合える友達が……欲しい……!)
 
 
 ふと1人なんだと思うと寂しさに駆られ、同時に虚しさを覚える。こんな自分と親しくなってくれる人なんているのだろうか。
 面倒な傷を抱えたこんな自分を――。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
 何時も通りに学校に向かう道中、茜はこれからどうやって大助と接するべきかを考えていた。
 このままずっと大助を避け続けるのはきっと彼も愛達も黙っていないだろう。急な態度の変化を話してもいいが……話したら面倒なやつだと話掛けるのを諦めてくれるだろうか……?
 
  「…………」
 
 大助が話掛けてくれたことによって茜の周りも一変した。愛や里美だけだった周りに大助や泰に廉が加わってきた。普通に話掛けてくれるし同じ様に接してくれる、それは嬉しいことだが自分が居て皆に迷惑を掛けているかもしれないと思うと、このままの関係が良いとは言えない。
 里美に、大助と関わることへの釘刺しがいい例だ。
 
 
 そうこう考えている間に学校の校門が見えてきた。そこに見知る人物も一緒に居て、茜は立ち止まる。大助だ。
 
  「……よっ。おはよう」
  「お、おはよう……」
 横を通り抜けようとすると手首を掴まれ、そのままずんずんと玄関へと向かう。握る力はそう強くないが、離さないという意思が宿っている気がした。
  「ちょ……離して……!」
  「やだ。最近避けられてるからな、こうでもしないと夏目逃げるだろ」
 玄関に行かずに逸れ、校舎の角を曲がる。茜の両肩を掴み顔を覗き込んでくる。
 
 
 
  「……何があって俺を避けるんだ?誰かに何か言われたのか?」
  「…………」
 顔を逸らす茜から大助は目を逸らさない。表情から読み取れるのは言えないと語る表情。
 
  「……誰かに何か言われたんだな」
  「…………」
 茜が顔を俯かせた、その反応で大助は確信を得た。夏目が何の理由もなく避けることなんてしない、誰とも関わろうとしないのも傷付ける事を、自分が傷付く事を怖れてるからだ。
 
 大助は距離を詰め顔を近付ける。
  「誰に言われたんだ?何て、言われた……?」
 茜はキツく目を閉じたまま首を左右に振る。その時――。
 
 
 
  「こんなところで、朝から何してるの?」
 
 
 
 その声に茜と大助は同じタイミングで顔を上げ、声の主を見やる。2人の視線の先には腕組みをしている里美が立っていた。
  「怖い顔して角に消えるのが見えたから来てみれば……感心しないな、大ちゃん」
  「俺は真剣に質問してんだ。今川内と話してる暇は――」
 一瞬の隙を付き茜は大助を突き離しその場を逃げ去る。
  「っ!?……おい、夏目……!」
  「……忠告する相手、間違ったみたい……」
 茜の後を追おうとしたが、里美の言葉に足を止め振り返る。
 
 
  「大ちゃんさ、茜に話掛けてるみたいだけどどういう理由なわけ?」
  「理由?話掛けるのに理由がいるのかよ」
  「立場の違い――そう言えばよく解るんじゃない。去年の事は勿論だけど、人気者と怖がられる人……上手くいくとは思えないわ。周りも納得しないだろうし」
 周り――その言葉に大助は唇を噛み締める。
 
  「……周り周りって、勝手に引き立てて騒いでるだけだろ!?俺は夏目と話したいから声掛けてんだ、俺は夏目が――」
  「――聞きたくもないよ!その言葉の先なんか!」
 声を張る里美に大助は目を丸くする。
 
 
 
 
 目を丸くする大助に里美はどうしようもない想いを膨らませる。
 
 何時だって誰よりも近い位置にいると思ってた。幼馴染で小さい頃から一緒で、親同士仲が良くて……成長していく度に大ちゃんは背が大きくなってかっこよくなって、何時だって皆の憧れで中心。あたしも女性になっているんだと自覚すると共に大ちゃんの事、1人の男性として好きになってた。
 幼馴染で互いの事もよく知ってるし、しょっちゅう顔を合わせるし成長したって気付けないかもしれない。幼馴染がこんなに近くて遠いなんて……。
 
 真っ直ぐでそれしか見えなくなる様な情熱さはすごくかっこいい。そんな情熱さを人に向けたら、もうその人しか見えなくなる。それが自分だと心の中で思ってた。でも高校生までの間にそんな浮いた話1つもなくて、小学生の時にテニスにはまったっきりでそれ以外興味がないみたいだった。でも……。
 
 
 鹿波高で茜と会ってから大ちゃんは変わった。茜と話したくてうずうずしてて、2年生に上がって茜と同じクラスになってから毎日楽しそうにしてた。
 
 ……直ぐに大ちゃんが茜の事を好きになってるって解った。今まで誰にも向けられたことのないものが茜に向けられた。あたしじゃなく。
 
 
 
  「何で何時も近くに居たあたしじゃないの?ずっと……傍にいたのに……!ずっと、向けてきたのに……!」
 
 
 
 大助は眉を潜め、状況を理解できていないようだ。里美の言っている言葉の意味も。
 
  「…………あたしは、ずっと大ちゃんだけなんだよ……」
 
 
 封じ込めてしまおうと思った想いが溢れてきて、それは涙を誘い目の前をぼかしていく。
 
  「大好きなんだよ……?大ちゃんが……ずっと、大好きなの……」
 
 
 里美の告白に大助は目を瞬かせ立ち尽くしていた。
 
 
 
        4章前編   終わり