朝の8時15分――この時間帯、鹿波高等学校に1人のポニーテールの女生徒が登校してくる。
 この時間帯、丁度テニス部が玄関にまとまってやってくるのとかぶってて、玄関は毎朝女子でごった返してい  る。女子達の目的は……。
 
  「きゃーっ!丸内くーん♪」
  「寺島君。これ受け取ってぇ」
  「廉くーんっ!」
 
 この黄色い声が聞こえて、1日が始まる。
 
 
 
 
                    1章  ―― 変わる日常 ―― 
 
 
 
 
 玄関に繋がる階段を登るポニーテールの女生徒――夏目茜(なつめ せん)は嘆息する。毎朝黄色い声が響く玄関前は騒々しくて、玄関先に行くのも苦労する。
 集る女子達のお目当てはテニス部のアイドル〝スリープリンス〟。丸内大助(まるうち だいすけ)、寺島泰(てらじま やすし)、広咲廉(ひろさき れん)の3人はテニス部期待のエース達で、女子達から黄色い声を浴びている鹿波高校のアイドル的存在。ファンクラブもあるらしく玄関前に集っている殆どの女子はファンクラブの人達だ。
 
 
  (毎朝煩い……耳が痛い……)
 
 
 騒ぐのは勝手だが耳触りで騒音に部類してもいいのではと思う。人並みを縫って進むのが上手くなったがこうも人が多いのは慣れない。
 人と関わるのを避けてきた3年と数ヶ月、1人でいるのが当たり前になっていて周りに人が居ると落ち着かない。
 
 
 
  「あ、茜ー!おっはようー!」
 
 
 
 人だかりから抜けると1人の女生徒が茜に近寄ってくる。彼女はクラスメイトの山野愛(やまの あい)。1年生の時も今度も同じクラスで、明るくて表裏のない正直なムードメーカ。スリープリンスの広咲廉の彼女である意味女子の頂点にいる。
  「毎日大変だね。こんな人だかりの波縫って出てきて」
  「もう慣れた。……ほなうち先に教室行っとく」
 靴箱を開けて上履きに履き替えた茜が先に行こうとすると、愛はぐいっと腕を掴んできた。
 
  「廉が来るまで茜も居てよ、ね?」
  「いややって……!」
  「茜が男性恐怖症なのは解ってるけど、廉は良い人だから大丈夫だよ」
  「いややって何度も言うてるやん!うちは誰とも関わりたくない、人は嫌いやから誰も信じん、構わんでよ――」
 半ば強引に愛の腕を振り払い、茜は掛け足にその場を去り階段へと足をかけて登って行く。
 
 
 茜に背中を向けられ、愛は曇った表情を浮かべて去る茜の背中を見つめていた。俯くとぽんっと頭に手が置かれる。
  「おはよう、愛」
  「あ、廉……おはよう」
  「……愛もめげねぇよな、夏目のこと」
 愛の傍に来た廉はしゅんとする愛を励ます様に頭を撫でる。
 
  「私茜の事親友だと思ってるのに茜は信じてくれなくて……もっと話したいのに……」
  「焦るなって。時間掛かるって俺は忠告したぜ?それでも夏目と仲良くなりたいって言ったのは愛だろ?前より口利いてくれてるってのは進歩した証拠。な?」
  「うん……」
 くしゃくしゃっと撫で廉は後ろを振り返る。
 
  「ま、それに比べて大助は話掛けも出来てねーな」
 廉の視線の先にいる茶髪の少年はそぽを向く。彼は丸内大助。スリープリンスの1人で交差した前髪が特徴的なスポーツ少年だ。そぽを向いた顔は少し赤くなっていて、廉は大助の肩に腕を回しにやりと悪戯な笑みを浮かべる。
 
 
  「お前も変わってるよなー。〝影のリーダ〟なんておっかねぇ異名付けられてる夏目と話したいなんてさ」
  「誰と話そうがいいだろ!てか、廉も前まで似たような異名付いてたくせによくいうぜ」
  「さーて何の事やら」
  「…………」
 惚ける廉を放っておいて大助は階段を足早に登って行く茜の姿を見て小さく溜息を付いた。
 
 
  (話掛けるタイミングは何時だってあるんだよ。席隣だし……でも、話掛けたいと思っても声掛けられねんだっての)
 
 
 大助は茜と話してみたいとそう思っている。でも周りの女子達とは違い近寄り難いし一匹狼で何時も1人でいるし……中々タイミングを見計れずにいた。
 そして、気になって仕方がなくつい目で追ってしまうようになったのは去年の6月から。茜の姿を探してしまい、見つけると安心して見入ってしまう。
 
 
 
 大助から離れた廉は近くにいる短髪の少年にへと歩み寄る。
  「なら泰もそうだな」
  「何のことだ?言っている意味が解らない」
 廉より背の高い黒髪の短髪少年は寺島泰。彼もスリープリンスの1人で、何時も冷静で落ち着き払っていて茜と同様無表情だ。
 
  「まあ何時か解るって。泰は鈍ちんだな本当」
  「……やられたいのか……?」
 若干顔付きが変わった泰に廉は「本気にするなよ」とケラケラと笑って見せる。だがじーっと廉を見る泰は疑ったままだ。
 
 
 これからこのスリープリンス達と関わっていく事になるなんて、茜は思ってもいなかった。
 
 
        *  *  *  *  *  *
 
  ―  昼休み  ―
 
 
 お弁当を手に教室を出ていこうとする茜の後を愛が追いかけてくる。
  「何処行くの?一緒にお昼食べよう、茜♪」
  「……ご勝手に」
  「うん、勝手する!」
 茜の隣に来て愛はニコニコとしている。そんな愛を見る茜は訝し気で少し疑いの眼差しも混ざっている。
 
 
 
 
 茜達がやってきたのは中庭。春の陽気漂う今、外で食べるのは一番気持ちの良い時かもしれない。芝生に座りお弁当を広げて2人は昼食に入る。
  「外で食べるのもいいね。何時も教室なのに今日はどうして外で食べようとしたの?」
  「1人でのんびり食べよう思ったから。教室、人多いさかいのんびり出来んもん」
  「1人で居て寂しくないの?賑やかな方がそれなりに楽しいと思うけど」
 
 愛はおかずの中のミートボールを摘まみながら茜に問う。茜は弁当箱を膝に置き中身を眺めたままぽつりと呟く。
 
 
  「……寂しくない。1人の方が楽でええ」
 そう言いご飯を口に運ぶ。口を動かしながら茜はふと思い出していた。2年に上がっって初めて教室に入った時周りがコソコソと話していた。
 
 
 
  ――夏目と一緒のクラスかよ……。
 
  ――あいつ1年の時騒ぎ起こした張本人だろ?よく学校なんか来れるよな。
 
  ――同じクラスってだけで友達に何か言われるのに、あーあ最悪ぅ……。
 
 
 
 そう話していたクラスメイトの言葉に茜は傷付きはしないものの、改めてそんなもんだと思ったものだ。 
 悪い噂とか周りの言葉だけでその人を判断する、自分達と違うと関わろうとしない、面白おかしく色々と話を膨らませて貶して楽しむ……あの時もそうだった。信じてた言葉にも友達にも見放されたあの時、所詮は上辺だけのものに過ぎなかったと嫌な面を知ってしまい人が嫌いになり信用もできなくなった。
 
 
  (所詮は他人……いくら友達とかそれ以上とかって思ってても簡単に切れる)
 
 
 傷付くくらいなら初めから信用なんてしなければいい、そうしようと決めた以来家族以外の言葉を信用出来なくなった。だから愛が友達になろうと何かと構ってくることに対しても冷たい対応しか出来なくて、それなのに彼女は〝友達になりたい〟と頑なで、諦めようとしない。
 うちと友達になってもずっとそのままなんてありえない。
 
 
 
  <――……あれ見て、山野さん夏目さんなんかと一緒にお昼食べてる>
  <問題児とよくお昼なんかできるよね~。しかも山野さんって広咲君の彼女なんでしょ?ないと思うけど、彼女繋がりで広咲君が関わってると思うと株下がるよね。止めて欲しいよねー>
 
 
 
 中庭にやってきた数人の女子達がヒソヒソと話ながら傍を通り過ぎていく。
 ――ほら、近くにいるとそう言われるのは目に見えてる。それに愛と付き合ってる広咲君にまで飛び火がいっている……それで別れでもしたらうちのせいになる……。
 
 女子達の会話に痺れを切らし愛が何か言おうと立ち上がるより前に別の声が割って入ってきた。
 
 
 
  「そういうの偏見って言うんじゃねーの?俺嫌いなんだよな」
 
 
 
 その声に女子達は慌てて中庭を去って行き、茜達の下に大助が近寄ってくる。愛は去って行く女子達にべーっと舌を出す。
  「私ががつんと言おうと思ってたのに……」
  「一歩遅かったな」
 大助が茜に視線を落とすと、茜は目を伏せ顔を背ける。大助は距離を保ってしゃがみ、茜の弁当に気付きおかずを摘まむ。
 
  「……美味い……!これ夏目の手作り?」
  「そうだよ。茜って自分でお弁当作ってるんだって」
 愛割り込んできてそう答えると大助は「へぇ……」と感心した声を零す。
  「俺卵焼き食いたい。作ってきてくれよ、夏目」
 顔を覗き込んできて大助は手を合わせ茜に頼みこんでくる。微かに青ざめた顔で茜は俯き、微かに震えている。
 
 
  「私も茜の卵焼きたべたいなぁ。お願い、作ってきて!」
 愛も茜の顔を覗き込んで頼みこんで来る。断わるに断わり切れずこくりと頷く茜を見て一番嬉しそうに大助が声を上げる。
 
 
  「よっしゃ!来週楽しみ出来た♪」
 小さくガッツポーズをする大助に茜はようやく顔を上げてチラッと大助を見やる。すると目が合い、大助はニッと眩しい笑顔を見せる。
 その笑顔にどうしていいか解らず茜は再び目を伏せる。
 
 
 
 愛以外のクラスメイトと関わったのはこれが初めてで、これから関わる機会が増えて行くとは、茜はこの時思ってもいなかった。
 
 
 
        1章  終わり