『儚きことは、なんとやら (十五)』ショートストーリー
春も終わりが近付き夏が近付きつつある今日この頃。 休憩に入ろうと伸びをしていると、執務室を訪ねてきた刀剣が。 「――失礼するよ、主」 執務室に入って来たのは年末年始の連隊戦で顕現した福島光忠だった。 「執務室に飾る花を変えてきたよ。今日はこの花を、君に」 「わあぁ……」 執務机から目に入る床間に置かれた花瓶には花びらが何重にも重なるラナンキュラスの花が華やかに飾られていた。 「ラナンキュラス……赤色の花言葉は「感謝」、「あなたは魅力に満ちている」。君にぴったりだと思ってこの花を選んだよ」 「本当口が上手いんだから。福島も皆も褒め上手ね」 「本心を言ってるんだけどね。――ああ、審神者部屋の花も変えたいから手が空いたら教えてくれるかな?勝手に主の部屋に入るなんて出来ないから」 「丁度休憩しようと思ってたところだから今から行く?」 審神者部屋に向かう道中、福島が飾る花が場所によって花の種類が違うことに気付いた。 「福島。場所によって花の種類が違うけれど……もしかして執務室と審神者部屋の花も違うの?」 「もちろんだよ。飾る場所に相応しい花をと思っていてね」 「飾っている場所はそんなに多くはないと思うけど、種類が違うと育てるのも大変じゃない?」 「大丈夫だよ。好きでしていることだからね。これは所謂、人間でいうところの趣味ってやつなんだろうね」 そうこう話していると審神者部屋に着いた。藍姫だけが部屋に入り、床の間に飾る花瓶を持ち出して来て福島に手渡す。福島が花を変えて戻ってくるまで部屋の前で待っていることにした。 回廊から空を眺めて時間を潰していると、楽しそうな声が聞こえてきた。この喧騒も今では落ち着く音となって心を落ち着かせてくれて安心する。 (……もうすっかりこの本丸が私の家になっているみたい) 帰る場所がある――それだけで安心して職務も出来るしゆっくり過ごせる。こんな事生家に居た時は感じることも思うことすらもなかったことだ。それが今度お盆に帰った時にどう変わるのか……。 「待たせたかな」 福島の声が聞こえてきて振り向くと、花を変えてきた福島がこちらに向かって歩いてくるところであった。 「バラの花と他の花を組み合わせたアレンジにしてみた」 「綺麗ね……ありがとう、福島」 花瓶を受け取り審神者部屋の床の間に戻し、部屋を出て襖を閉め振り返ると藍姫の目の前に一輪の赤いバラの花が差し出される。 「これは俺から君に」 「何時も一輪渡してくれるのも欠かさないのね」 「バラは本数で花言葉が変わるのは知ってるだろ?伝えられる時に伝えたくてね。それじゃあ、俺は内番に戻るよ」 優しく微笑んで背中を向けて去って行く福島とバラの花を交互に見つめながら藍姫は見送った。 バラの花をクルクル回しながら執務室に戻っていると、途中回廊で大般若長光と遭遇した。 「おや、こんなところであんたに遭遇するとは珍しいこともあるもんだ」 「そうね。稽古場方面から来たってことは、手合わせでもしてたの?」 「まあね。……その花は、あれかい?福島光忠からもらったやつってところか。前畑当番した時に多くの花々を育てているのを見てね」 「ええ。執務室や審神者部屋に食堂とか玄関先とか、花を飾っている場所の花を変えた後に必ず一輪渡してくれるの。ふふっ、律儀というか褒め上手っていうのか」 「…………」 バラの花をクルクル回して弄ぶ藍姫を大般若は目を瞬かせて見つめる。この様子からすると特に深く考えてもいないというのは分かる。顕現させてくれた主だから、その恩義から向けられているものだと思っているのだろう、相変わらず。 (呑気なものだねぇ、この無自覚刀剣たらしは……) 側から見ていても分かるというのに、人間は鈍感な生き物なのかと思ってしまうが個人差があるらしい。そうなると、藍姫はかなりというか超が付く鈍感な人間なのだろうか。 そもそも自分にそんな好意を寄せる奴は人であれ人で無いにしろ無いと思っているのかもしれない。だから顕現させた刀剣達が自分に向ける好意が特別なものだという考えにすら辿り着かないのだろう。好意は好意でもそうじゃない連中ばかりだというのに……。 (此処最近は隠す気もなく分かり易く接してる刀剣もいるっていうのにな) 近頃顕現した刀剣は割と藍姫との距離が近めなのもあってか、やきもきしている刀剣もいる。別に独占しているわけでもないし藍姫もそちらだけを気に掛けているわけでもない。今まで通り全員の主として大切に使ってくれている。 「花を愛でるのも良いが、俺が飾った美術品を愛でるのも忘れないでくれよ?」 「忘れてないよ。毎日ちゃんとキレイにしながら愛でてるよ」 「――ついでに俺にも、毎日あんたを口説いて愛でさせてくれると嬉しいんだがな」 藍姫との距離を詰め、一房の髪を摘み口付ける。 「美しいものは愛でたい質(たち)なんでね」 「そうやってどういう反応するか見て楽しんでるんでしょう……質(たち)が悪いわよ」 眉間を人差し指でグッと押されて離され、藍姫は歩いて行ってしまう。去って行く藍姫の背を大般若は押された眉間を摩りながら見つめる。 「……本心で言ってるんだけどねぇ……」 自分の本心が中々伝わらないと同様、他の刀剣の気持ちも藍姫には伝わっていないのだろう。この本丸にどれだけ特別な想いを藍姫に対して抱いている刀剣が居るか……。 角を右に曲がる際にバラの香りを嗅いで微笑む藍姫の横顔が見え、大般若の胸の内に少しモヤモヤしたものが。 「……福島光忠……もしかして強敵になるか……?」 さり気なく花を贈るなんてことが出来、「花を変える」という理由で藍姫と定期的に顔を合わせる口実があると距離も詰めやすい。注意しておかなければいけない刀剣かもしれない。 「俺も角度を変えてみるべきか……」 近侍以外で何かと藍姫と顔を合わせる様にするにはどうするべきか……そんな思考を巡らせながら大般若はその場から移動する。 (十五)ショートストーリー 終わり