離婚して6年になる。
元夫とは15年半の結婚生活だった。

 

 

離婚したあとも、私たちはよく会っていた。
仲が悪かったわけではなかったから。

 

 

むしろ私は、ずっと知っていた。
彼のやさしさや、純粋な部分を。

 

 

一緒にいると、そういう部分が見えてしまう。
そしてそのたびに、苦しくなった。

 

 

夫婦としてはもう成り立っていないのに、
人としての愛は、ずっと残っていたから。

 

 

だから私は、どこかで思っていた。
「この人のことを、本当に大好きになったときに離れるんだろう」と。

そしてその感覚のまま、
私は大好きになって、離婚した。

 

 

 

それでも私は、離れられなかった。

距離が離れた2年前からも、2年間ほぼ毎日連絡は続いていた。

ただ繋がっているだけで、支えられていた。

 

 

その瞬間瞬間は、そのときの思いで、嘘ではなかった。

でも、いろんな理由をつけて、彼と繋がっている意味を見つけ

つながり続けていたんだと今は思う。

 

 

そこからある事実が判明し、それでも離れられないときが

続いていたある日、はっきりと感じた。

「もうこれ以上、自分を傷つけたくない」

「もう、苦しいのは嫌」

「もう、自分を耐えさせるのは嫌」

 

 

そのとき、はじめて

自分のために区切りをつける決断ができた。

 

 

 

これまでも2度、覚悟を決めて伝えたこともあった。

だけどそれは、自分のまっすぐな思いではなく、

周りの思いも含んだ、純粋ではない覚悟だったのだと思う。

だから離れられなかった。

 

 

 

そしてついに今年2月。

彼に「もう区切りをつけます」と伝えた。

「自分の気持ちを守るために」と、伝えた。

 

 

 

 

 

そのあとは不思議なくらい、心は静かだった。

 

 

残っていたのは、

静かな愛だけだった。

「静かな存在の記憶」

「あたたかな存在の記憶」

それだけが、残っていた。

 

 

 

全部、私が選んできたことだった。

つながっていたかったことも、

離れられなかったことも。

 

 

でも、

自分を最優先にするという感覚を知って、

はじめて選びなおすことができた。

 

 

その決断のあとに残ったのが、

静かな時間だった。

 

 

 

 

 

彼は私に、愛することを教えてくれた人。

そして

 

私の本当の気持ちを、見せてくれた人。

 

 

 

 

 

 

去年の5月から胃痛や胃の調子が徐々に悪くなった。

みるみる食べられる量が減り、どんどん痩せた。

 

34kgはあった体重が、31kgにまで減った。

酢ももう1年近く摂ってない。

絶不調のときはゴマを食べても胃痛だった。

 

 

ショックというより、苦しかった。

毎日ずっと胃が痛くて、

心は元気なのに、体が食べ物を受け付けない。

食べたいのに、食べても空腹でも痛かった。

胃が弱って炎症おこしているから、胃酸が胃壁にあたって

ほぼ一日中痛みが続いていた。

許容範囲を超えると下痢になる。そうして痩せた。

毎日胃薬。胃薬で少しは食べられて、32kgに増えた。

 

 

 

この状態が年末まで続いていたとき、

ありがたいことに、いい先生を紹介してもらえて

鍼灸治療に通い始めた。

 

そしてその頃、ある決断をした。

 

 

それが、人と離れる決断だった。

あるグループから離れた。

 

 

ずいぶんとお世話になった場所。

いろんなことがあった場所。

楽しいことも、とても辛いこともあった場所。

 

 

決断するのにも時間がかかった。

けど決行したんだ。

わたし、死ぬと思ったから。

どうしてもやりたいことがあるから、

ずっと死ねないと思ってここまで生きてきた。

だから、決行するしかなかった。

 

 

「私の居場所はここじゃない」

そう、ずっと私の体は訴えていた。

「もう、耐える必要はない。」限界だったのだ。

 

 

 

1月、徐々に薬を飲まなくていい日が増え

週に1回服用でも大丈夫になって

2月には薬が必要なくなった。

 

 

そして3月、33kgに増え、今は33.7kgはある。

生理ももう1年ほどまた止まっているが、

もう少しで再開するかもしれない。

 

 

奇跡的に、復活したんだ。。

身体がゆるみ始めている。

 

 

私は今、食事を1日5回摂っている。

少しずつ、一回で食べられる量だけ。少なめに。

 

 

1日1回や1日2回の食事がいいとか

色々言われてるよね。

でも私の身体には、今の5回という食事が合っている。

 

 

今、だいぶ調子が良く、胃痛はほぼなくなった。

 

自分の身体の声、心の声を聴くということ。

できているようでできていなかった自分にやっと気づけて。

 

 

これってね、

そのグループから離れたことが、良くなった理由じゃないんだ。

いやそれももちろん理由の1つにあるんだけど、

なにより、自分を安心させてあげられたこと。

自分を安心させてあげるという自分自身の行動。

自分への愛が、1番の理由。

 

 

ずっと私は、心を殺してきたんだ。

もう、自分を出せなくなってた。

私がほんとうの自分を出せない場所になっていたの。

いっときは出してたと思う。でも、出せなくなってしまった。

 

 

だから、繋がっているだけで、身体がかたまってしまっていた。

呼吸も浅くなり、臓器も身動きとれなかったんだと思う。

胃は、それをずっと訴えてくれていたんだ。

すごいよね…ありがたいよ…。

 

 

それくらい私にとって、

呼吸ができる、安心できる場所に存在していることが、

最も重要だということだった。

そんな安心を、ここまで痩せてやっと自分に

与えてあげられた。

ギリギリまできて、やっとね。

 

 

安心って人生の土台だと思う。

でも人それぞれ安心の定義みたいものは違う、きっと。

 

 

今、だいぶ体調が良くなって、

鯖などの青魚も食べられるようになって、とても幸せ。

 

 

おやつはお子様せんべいや卵ボーロ。おいしいよ。

今は時々クッキーみたいなものも食べられる。

 

 

 

身体がサインをくれている。

これはよく聞く言葉。

ほんとうにそう。

 

だけど同時に、そこまで耐えられる忍耐力があるということ。

忍耐はときに必要かもしれないけど、

ほんとの自分でいるためには、

身体に負担かけないためには

忍耐は必要ないんだろうな。

 

 

昔、鬱だったときに主治医の先生が言ってた言葉

 

「世の中の人みんながちょっとずつ我慢すればいい。
 1人だけとか、一部だけが我慢してるからおかしくなる。
 みんなが少しずつ我慢すれば
 今度は、 みんなが誰かの為に何かしなきゃ~って思うようになる。
 それは、うつ病の人が 何かしなきゃいけないって思うやつじゃなくて
 心から湧き出る、この人のためにこうしたいって思う、

 あったかいそんな気持ち」

 

 

ほんとにそうだなと思う。

相手への思いやりになるってことだよね。

先生のやさしい気持ち、好きだったな。

 

 

 

 

 

 

最近、記事を読んでくれている方がいることに気づいています。 



うまくいってる実感が持てない日もあって、

自信がなくなることもあるけど、

それでも、こうして誰かに届いているんだと思うと、少し救われます。



読んでくれている方へ、ありがとう。



イルカ



新しい動画「まだ会ったことのない人」

作りました。

 

良かったらぜひ、ご覧ください!

 

 

 

 

 

 

でも実は、ある人に感想を聞いてみたところ

「い、意味がわからない・・にやり」とのことで。笑

 

ちょっとだけ

「あーーそうか・・」とがっかりしました。

 

 

この動画の話は、もう何年も前に

私が実際に出会った出来事で

私が感じたことそのものです。

 

 

心で感じる部分を描いているので

それを忠実に的確に表現しないと

伝わりにくいことがよくわかりました。

 

 

それと同時に、

はっきり何が言いたいのかわからないものだと

感じようとしないと感じられないのかもしれないとも

思いました。

 

 

 

原体験は、とても心が温かくなるものでした。

 

みてくださった方はわかると思いますが

大雑把に説明するとこうです。

 

 

家の花壇に花を植えている人がいるようです。

 

3月

「花を育てています」という立て札。

花が咲いています。

 

6月

「土改良中」の立て札。

 

その1週間後

「花 植えています」の立て札と

小さな芽。

 

 

ここで、植えた人の人柄がみえる。

育てている人の思いがみえる。

「なんかいいな」と思ったんです。

 

 

会ったことはないけど、

心だけみえる。

花の成長で繋がっているような。

 

 

「花を植えています」とあえて書いておくことで、

土を荒らされることもない。

花への思いやりがみえる。

経過を教えてくれる、やさしい人。

一緒に成長みよう。って言ってるような人。

そんなみえるような心が可愛いって思った。

 

 

どんな人が育ててるんだろうと

自然に思う。

 

 

花を育てている人の心

それをみている私の心

その2つが重なって、この動画があります。

そして、それを見てくれた人の心も

どこかで重なるかもしれない。

私は、そんな瞬間が好きなのかもしれません。

 

 

伝わりにくい部分もあるかもしれません。

これからも、もっと表現を磨いていけたらと思います。

 

 

ただ、表現方法を変えたとしても、

惹かれない人もいることもわかります。

色んな人がいるもんね。

 

 

だけど私は「なんかいいな」と思ったから、

こういう思いに

なんかいいなって思う人が

みてくれたらいいなと思います。

 

 

こういうものを、また表現していきます。

 

 

もし気に入ったら、ぜひチャンネル登録もよろしくお願いしますうさぎ

 

 

 

 

 

 

 

私は、今日も生きているよ。

 

 

こんばんは。いつもありがとう。

 

 

今日は仕事で失敗した。

そのことで、いつも一緒に仕事してる職場の女性が

ちょっと嫌な言い方してきた。

私がその場を去る前に、少し呆れた感じの言葉も発した。

 

 

私も、自分の仕事のできなさはわかってる。

だから、女性の言葉を聞いたときに「自分はだめだ」と

また思ってしまった。

だから、それからしばらく心が落ちた。

 

 

でもね、そのあと店長が、私がこれから困らないように

画期的な機械を使う方法を教えてくれた。

まあそれは、お客さんのためでもあるのだけど。

 

 

帰り際にも店長と話す機会があり

全然別の話をしてたんだけどなんとなく、私のだめなところではなく

そのままの私を面白がってくれてるような気がした。

私を否定してないような気がした。

嬉しかった。

 

 

家に帰ってからも、失敗したことでまだもやもやしていた。

自分とむきあった。

 

 

私の心の奥には、できない自分だと思われたくない、という気持ちがあった。

だから、必死にできる自分を装いたくなる。

悔しい私。

でもそれができないこと、苦手なことは自分でわかっている。

 

 

自分と向き合ううちに、過去同じようなことがあったことを思い出す。

 

 

 

 

小学生のころ、体育が苦手だった私は

体育の時間にソフトボールをしていた。

 

でもボールもうまく扱えないし、どこに行ったらいいか

わからなくて、ふらふらしてたんだろう。

好きな男の子にものすごく嫌な顔されて、その子は私に怒鳴った。

 

きっとこのとき、「できないと人に嫌われる」とか

「できないと怒られる」という思い込みができたんだと思う。

 

 

 

このことを思い出して、またしばらくして、思い出したことがある。

 

それは、不安だった夜に、優しさを受け取ったこと。

 

まだ私が新婚の頃だった。今は離婚しています。

 

元旦那さんが仕事帰りに飲みに行って遅くなることが多かった。

それでもいつも必ず終電では帰ってくるのに

その日は終電時間すぎても帰ってこない。

 

心配で連絡するも連絡がとれない。

夜中、焦る。

不安の中、夜中に玄関のチャイムが鳴る。

穴からのぞくとそこには3人の男性がいる。

 

 

だれ?

怖かったけど、もしかしたら旦那さんを連れて帰ってきてくれたのかと

開けたら

旦那さんの先輩が、他の人もつれて

旦那さんが酔って寝てしまって、かわいそうだから起こさなかった。

でも奥さんが心配してるだろうから、伝えに来たと。

 

 

そういうことがあった。

 

 

この今日の出来事と昔の出来事がつながっていく。

 

 

傷ついたあと、優しさをくれる人がいた。

それは、私を置き去りにしない、私そのものに向けられた優しさだった。

 

 

これに気づいたとき、思ったんだ。

 

 

あ、

これからもしまた、傷つくことがあったらそのときは

誰かに愛を届けることを選ぼう。

誰かに優しい言葉をかけよう。

 

 

誰かに評価されたり、誰かが自分の基準を押し付けてくることがある。

自分は自分でいいって思えているときはそう傷つかない。

でも、もし傷ついたときは、誰かに愛を届けよう。

そう決めた。

 

 

そう決めたとたん、すっと元気になった気がする。

 

今日は朝から心が忙しい。

でも、ここに落ち着いたら、自分を誇りに思えてきた。

 

 

それも、私に優しさを、愛を届けてくれた人がいたから。

 

とてもありがたいなと思う。

 

結局、私はしあわせだったよ。

 

 

ありがとう。