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のぶろぐ

2015年1月、33歳にて世界一周の旅スタート!

ヴェリコ・タルノヴォは琴欧洲の故郷らしい。
それをゆきちゃんから聞いて、角界のベッカムの存在を思い出した。
そう言えば日本人にとってはブルガリアはヨーグルトと琴欧洲だったな。。


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ブルガリアの古都ヴェリコ・タルノヴォ。

12~14世紀頃まではブルガリアの首都だったようだ。

この日は前日に続いてゆきちゃんと、宿で知り合った大学生のようくんとぼく3人で、中世の雰囲気の残るヴェリコ・タルノヴォへと向かった。

中央バスターミナルまでトラムで行き、10:00のバスに乗った。

ヴェリコ・タルノヴォまでは約3時間。



ほぼ予定通りに到着し、着いてすぐ帰りの17:00のチケットを買ってから、まずはブルガリア料理を食べにレストランへ。


ガイドブックに載っているブルガリア料理は残念ながら無かったので、無難にチキンとマッシュルーム料理にした。

8.9レフ(約630円)


ソースが抜群に美味しくてパンを追加でオーダーした。


よく考えてみればブルガリア最終日に初めてまともにレストランで食べた。

宿の朝食をがっつり食べて、お昼は軽めに食べて、夜はまた宿で食べる。

そんな毎日の繰り返しは、レストランに行く必要性をなくしてくれる。

こういう素晴らしい宿が北欧や西欧にもっとあればよかったんだけどな~。


お腹を満たしたら、たまたま見つけた展望台へ。


ここからの景色は最高だった。


ひょっとしたらこの町で見た一番いい景色だったかも。



その後はお土産屋さんの並ぶ通りを歩いた。


ここで売られていたのがブルガリアで有名なバラを使った商品。


う~ん、男が使う商品ではないかな。

この辺りは観光地でお土産屋さんもたくさん並ぶのだが、そんなに観光客が多いわけではない。



町並みはきれいでゆっくり歩けるので、ソフィアよりも町歩きにはずっといいと思う。


途中で見つけた教会。


天気が良くてきれいに晴れ渡った青空と水色のドームのコントラストがいい!

やっぱり観光には天気は重要だ。


そしてこの町の見所であるツァレヴェッツの丘へ。


入場料6レフ(約420円)を払って中へと入った。


ここから町中が見渡せるが、先ほど行った展望台の方が好きかな。


逆光もあって写真を撮るには少し厳しかった。


バスの時間が近づいてきたので、バスターミナルへと戻りながら元来た道とは違う道を通った。



そしてモニュメントに行く時に通ったこの橋。


なんだこのたくさんの人の跡は。
サスペンス劇場にでも出てきそう。


そしてこういうのをやるのはやっぱり若い人に限る!ということで、


ようくんにとってもいい記念になったと思う。


このモニュメント町の景色もまたよかった。



時間がギリギリになりながらバスターミナルに行き、また3時間かけてソフィアへ戻った。


同郷のゆきちゃんとは、お互いのこれまでの旅の話で盛り上がったり今後の予定を話し合ったり、そして徳島で過ごした懐かしい話までできて、本当にいい再会だった。

お互い無事に旅を続けて、また世界のどこかで再会できたらいいなと思う。





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この日はブルガリアでおそらく1番有名な観光地へ。
ツアーという手もあったけど、やっぱりバックパッカーは自力で行かないと!


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来る予定のなかったブルガリア。

ここに来た理由は友達のゆきちゃんに会う為。

しかもその子は同じ徳島出身で、町こそ違えど車で15分ぐらいの距離にお互いの実家はある。

東京で出会ってお互い世界一周の旅を予定している話をした時は、同じ地元から世界を旅する仲間がいることを嬉しく思った。


ぼくの世界一周出発の2~3日前に地元のファミレスで会い、お互いの旅のプランを話し合ったのも何か変な感じがした。

東京ならまだしも徳島でだから。


1月出発で東回りのぼくと、8月出発で西回りのゆきちゃんはブルガリアで予定が合い、約9ヶ月ぶりの再会を果たした。

意外な程久しぶりの再会。
もうあれからそんなに経ったんだな。


朝、ホステルで朝食をたっぷり食べてリラの僧院へと向かった。


Hostel Mostelからはトラムでアフトガーラ オフチャクペルのバス停まで約20分ぐらい。

そして10:20のバスに乗り、約3時間でリラの僧院へとたどり着いた。
片道11レフ(約770円)


帰りは15:00発なので1時間半ぐらいの滞在。


門をくぐって中へと入った。


あまり期待はしていなかったのだが、思ったよりも白と茶色の色使いがきれい。


そして中心には教会


リラの僧院は1983年に世界遺産に登録されているブルガリア正教会の修道院。

今までカトリックの教会を中心に見てきたので、正教会は少し形が違うのが見てとれる。


教会の内部は撮影禁止なので写真はないが、その規模の割には荘厳な雰囲気が感じられた。


外部の天井や外壁にあるフレスコ画は精巧に描かれている。






周りを囲む建物は白と茶色のコントラストがきれいで、





細かい装飾もこだわりを感じる。




あまり期待してなかったリラの僧院だけど、来て本当に良かったと思う。


そして何よりここが素晴らしいのは、入場料が無料ということだ。


まあお土産物屋さんはあるけど、




いつも通り買いはしなかった。

ゆきちゃんはいろいろ欲しそうなものがあったみたいだけど。



ある程度全て見終えて、一緒のバスに乗ってきた韓国人やイギリス人と談笑。

その後ゆきちゃんと2人で記念撮影。


ちなみにゆきちゃんもブログを書いているのでご紹介。

世界一周きゃんたび

ぼくなんかより文章力・表現力があって、毎回楽しく読ませてもらっていると共に、ブログの書き方も参考にさせてもらっている。


ここで過ごす1時間半は長すぎず短すぎず、ちょうどよかったと思う。

ぼくらは15:00のバスに乗ってソフィアへと戻った。



ホステルでの夕飯は野菜もビールも付いていて最高の満足度!
やっぱり朝食と合わせて3ユーロは安い!!


そしてせっかくブルガリアに来たのだから、これを食べないわけにはいかない。

スーパーで大量に並べられていた、、


ヨーグルトだ!



ただ本場だからと言ってそんなに美味い!と思うことはなく、普通のヨーグルトだったかな。


ちなみにこの日のクライマックスは、セルビアからブルガリアに来るバスで知り合ったノルウェー人に、北朝鮮を観光した時の写真を見せてもらいながら話を聞かせてもらった。

突っ込みどころ満載の話は、資本主義の社会で育って本当に良かったと思わせてくれた。

ちょっと興味を持ってしまったけど、今回の旅では無理そうかな。




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ついにヨーロッパ最後の国に到着。
何か予定変更がなければ最後になるはず。
突然あそこに行きたい!とか思うこともあるので、終わってみないと分からないかも。


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ベオグラードからバスで8時間半、ブルガリアの首都ソフィアに到着。


実はちょっとしたトラブルがあって、セルビアとブルガリアの国境まで来た時、なぜかぼくらの乗ったバスがゲートに進まない。

どういうことかと思って運転手に確認すると、国境施設のコンピューターダウンしたとの事。。

どれだけ待たされるんだろうかと不安になったが、約1時間で復旧したらしく、無事にブルガリア入国を果たした。



ぼくの泊まった宿は、Hostel Mostel。

日本人にも外国人にも有名な宿。

宿の価格自体高くなく、さらには朝食・夕食を3ユーロで食べることができるので、コスパは抜群だと聞いていた。


到着した日は夜遅かったので、到着した後にすぐ就寝して次の日から観光することに。

まずは噂の朝食を頂いた。



これだけで3ユーロ払ってもいいぐらい。

お腹いっぱい食べて町へと繰り出した。


ここはレストランやカフェが並ぶストリート。


おしゃれだけど価格は少し高めだったかな。


裁判所。



後は町中にあるヨーロッパ建築の様々な建物や教会を見て回り、






到着したのはアレクサンドル・ネフスキー大聖堂。


また来ればいいやと思って中に入らなかったのだが、結局最後まで入らず仕舞いになってしまった。

失敗したな。。


帰りは公園を通って宿へと戻った。




ソフィア町中はきれいな建物が並ぶけど、既にヨーロッパの町並みに飽きたぼくには特別感はなかった。

ただほとんどが徒歩圏内にあるのはありがたい限りではあったと思う。


夜は友達と合流。

朝食と合わせて3ユーロの夕食を食べた。


ビールもついてこの価格!

素晴らしいとしか言いようがない!


そして夜の町並みも散歩した。











ライトアップはやっぱりきれい。

夜景については、歴史がどうこうとか関係なく、ヨーロッパ全体で楽しめてよかった。

ヨーロッパに飽きたとか言いながら、もう少しで離れるとなると少し寂しくもなる。

早く中東に行きたいぼくも、行ってしまうと隣の芝生が青く見えるのかな。




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ヨーロッパの旅が終わりに近づいた頃、ぼくはセルビアで雨に泣かされていた。
今思えば駆け足で回って疲れた体を休めるには良かったのかも。


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サラエボからミニバスで約5時間、セルビアのベオグラードに到着。

到着した日は雨だったので、次の日からの町歩きに備えて宿でゆっくりと休憩した。


そして次の日、外に出てみたが見事に雨。


ホステルにいてもすることがないので、南アフリカ人のクリスと一緒にフリーウオーキングツアーに参加した。

「雨だから人数集まらなくて中止かもな」、なんて笑っていけど、20人ぐらい集まって問題なくツアーがスタート。


この辺りはナイトライフで有名な通りらしい。


ラキアという40度ぐらいのアルコール度数のお酒を一杯頂いた。


食道から胃が熱くなるのがよく分かる。

雨で少し冷えた体は少し温まった気がする。


その後は正直これといった見所のない場所を歩いて、最終ポイントの要塞にたどり着いた。





今回のツアーは外れ。
ガイドの説明が単調すぎてもう1つ楽しめなかった。


ツアー終了後は自分で少し町中を歩いた。

駅の近くのバス停でブルガリアのソフィア行きのチケットを買い、



NATOにの爆撃によって破壊されたビルを横目に見ながらホステルへと戻った。


シャワーを浴びて雨で濡れた体を温めてから休憩した。


夕飯はホステルでオススメのローカルレストランを聞いて、行ってみることにした。



頼んだのはビールにサラダと、



メインのポークのフライ。


これは相当ボリュームがあったが、味は抜群でついつい全部食べきってしまった。

価格が安いとついつい食べ過ぎてしまう。

よくない傾向だ。




次の日は南アフリカ人のクリスとまた町歩き。


前日に行かなかったところだけさらっと回った。



カフェやショップが並ぶクネズミハイロバ通り


セルビア正教会のカテドラル。



日本人がどうして事故が起こらないないのか調査に訪れたとも言われる巨大なラウンドアバウト。



結局ベオグラードには3泊したが、全く天気に恵まれなかった。

少しもったいない気もしたけど、もうやることもないので次へ移動することに。

旧ユーゴスラビアの首都は思ったよりも都会で、そして思ったよりも安全だった。

観光スポットとしては物足りないが、物価は安いし治安も悪くないし、住んでもいいような町だと思う。




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現在地のイスタンブールは相変わらず楽しい。
やることが多すぎるのでちょいと長居する予定です!


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モスタルからバスで2時間半。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボに到着した。

着いた日はもう既に夜遅かったので、軽くその辺りで買ったビールを飲んで就寝。

次の日の1日観光に備えた。



サラエボの有名な観光地が上の写真にある橋だ。

この日はモスタルに続いてこの国の負の歴史を勉強する為、フリーウオーキングツアーに参加した。


旧市街の中心にある教会。


この教会の周りにはサラエボ町中ではちょこちょこ目にするバラが地面に描かれていた。


これはボスニア紛争時に爆弾によって一度に3人以上が亡くなった場所に描かれているのだそうだ。


この教会の周りだけで2ヶ所。
今では平和な町なのに。。


この教会の横には廃墟があった。
こんな町のど真ん中に何という土地の無駄使いだろうか、と思ったらガイドの説明によると、誰がオーナーだか分からないから解体することもできないらしい。


う~ん、そういうものなのかなあ。


サラエボはオスマントルコが支配した時期があり、その後はオーストリア・ハンガリー帝国による支配があった。

その為、この町は2つの国から影響を受けており、この境で町の雰囲気が大きく違う。


こっちがオーストリア・ハンガリー帝国。


反対側がオスマントルコ。


確かにオーストリア・ハンガリー帝国側は典型的なヨーロッパ建築なのに対し、オスマントルコ側は建物が低く、モスクも存在する。


ちなみにオスマントルコ側の旧市街は、何だか日本の観光地でも歩いているような雰囲気。


瓦のような屋根と木造の建物が並ぶ町並みは、日本を長く離れたぼくには少しホッとしてしまう。


お土産物屋さんも多く並んでいる。




この時計台は、12時をさす時が日没の時間になるよう、細かく設定がなされている。


やはりイスラム教徒にとってはラマダンは大切な期間なので、そのような仕様になっているらしい。


サラエボと言えばボスニア紛争だけではなく、世界的に大きな事件の起こった場所。


ここでオーストリア皇太子がセルビア人の青年に暗殺され、これによってオーストリアはセルビアに宣戦布告。

ヨーロッパの火薬庫と呼ばれていた場所で起こった大きな事件に、各国がそれぞれの思惑でこの戦争に参加し、第一次世界大戦が始まった。


昨年サラエボ事件から100周年だというニュースを聞いたのはよく覚えている。

ドイツやポーランドを旅していた頃は第二次大戦後について多くを学んだが、ここでは第一次世界大戦について学ぶことになった。

両世界大戦ともヨーロッパがきっかけを作っている。
ぼくはヨーロッパの人たちは歴史をよく知っているなと思うが、2つの世界大戦に大きく関わっているからというのも理由の一つなのだろうか。


ツアーを終えてお昼を食べた。

名前は忘れたが、ボスニア料理はほとんどがこんな感じの肉料理らしい。

ちなみにこれで6マルク(420円)
この価格でこの味は十分満足できる!


そしてお店を変えて飲んだボスニアコーヒー。


これは正直あまり好きではない。

角砂糖にコーヒーを足して飲むスタイルだが、コーヒーの粉が口の中に入ってくる。

やっぱりコーヒーはブレンドかアメリカンが好きだ。


いい休憩になつらたので、次に向かうのは町中から2kmぐらい離れたところにあるスナイパー通り。


話はまたボスニア紛争に戻る。

この何でもないような大通りは、紛争時には常にスナイパーが銃を構えていて、動くものは残らずセルビア兵士によって撃ち殺されたという。


この周りには銃弾の跡が残る建物がたくさんあった。



モスタルに行った時も思ったことだが、わずか20年前の出来事である。


ここは各国のジャーナリストが泊まって戦況を伝えていたホテル、ホリデーイン。



第一次世界大戦のきっかけとなったこの町。

それから約80年後に起こったボスニア紛争は、20万人もの死者を出して、第二次世界大戦後のヨーロッパでの最悪の紛争と言われている。


戦後70年の日本も他人事ではないと思う。
70年という年月は、国民への説明を十分に果たさずに重要な法案を通してしまう政権を作ってしまうのだ。
この事については旅中にもたくさんの外国人に質問を受けており、世界でも注目されていることが分かった。
これからも自分の意見をきちんと持って彼らに説明するよう心がけようと思う。


ぼくがバルカン半島に来た理由はこの2つの紛争の歴史に触れる為。

実際に訪れることで興味を持つことができ、心からここに来てよかったなと思う。


ただ暗い歴史に触れて少し気分が下がってしまった。

という言い訳を元に夜はバーでサッカーを観ながらビールを飲んだ。




お勉強ばっかりでは疲れるから夜ぐらいは息抜きも必要ということで!





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