東京は桜が満開でしたね♪
例会を行っている永福町でも桜が満開でした。

今日の例会は、基礎コーナーは、I東支部長による「くちなし、蔓類の
植替え」、お教室はT屋講師による「飾・卓・地板の揃え方・使い方」
でした。
....。
内容が、濃ゆいです~っ。
I東支部長の講義では、うちのシュート芽ばかりの若木の縮緬蔓の
対処方法が分かったり(ふむふむ)、
梔子は自生しているお姿をお伺い。
公園に植わっている姿しか見たことがない私は、I東支部長の
梔子のあまりの格好よさに、見とれて、半恍惚状態に( ̄▽+ ̄*)
ここまでで、私のキャパが70パーセント位、埋まっていました。
そこにT屋講師のお話が...。
大変貴重なお話でした。

飾の文化の起源から。
皆さま、神宮(神社)で祭礼の際に、宮司さん(?)の前に置いてある机
というか棚というか、ご存知ですか?
楉案(しもとあん。または楉(しもと))というのだそうです。
(神社では室内で、神宮では、屋外で行う祭事のようですが。)
楉案(しもとあん)の上には、供え物などが置かれています。
これが飾の起源...。平安時代。
ここから始まり、
室町・安土桃山時代の銀閣寺などに見られる書院造り。
床の間の出現ですね。
床の間、違い棚、附書院、座敷飾り。
配置や置くものも決まっていて、それぞれを教えて頂きました。
(”銀閣寺、書院造り”で検索して画像を見ると分かりやすいですo(〃^▽^〃)o)
ほぼ同時期に出現している数寄屋造り。
こちらはいわゆる書院造りの形式ばった形を排除した床の間。
床の間の上にあり、水平に柱をつなぐ長押(なげし)が無いのを始め、
書院造りに比べ、床の間も小規模になっています。
千利休によって完成された世界ですね。
(こちらは”千利休、数寄屋造り”で検索して画像を見ると分かりやすいですo(〃^▽^〃)o)
お話を聞いていて、小さい頃の記憶を思い出しました。
小さい頃の家は古かったので、床の間も、違い棚もありましたが、
香炉、花器、文硯、確かにそれぞれ配置が決まっていました。
そんな意味があったのですね((((((ノ゚⊿゚)ノ
で、江戸時代、大正、昭和(ここでは略。)で、現在の飾へ。
飾の部位の名前も色々。
筆返し、てんいざ(天居座?)、框(かまち)、達磨脚...。
は~っ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
皆さん、ご存じでしたか?
分かりやすいところでは、展示の下に敷く敷物の名前は、
毛氈(もうせん)。
調べてみましたが、お雛様に使う緋毛氈は魔よけの意味があるらしい
ですが、そのほかの毛氈の色の違いにどんな意味があるのかは
分かりませんでした。
その他、初めて聞く名前のオンパレードでした。
う~ん、消化しきれていません(笑)が、
本当に楽しかった~(///∇//)
書き取ったメモを何度も読み返す必要がありますね(;^_^A
頭いっぱいで寝れなくなりそうなので、かわいい画像をどうぞ。
日高タンポポです(≧▽≦)
先日偶然にもうちにお越しになりました。
小さい春ですねo(^-^)o

