勉強好きになって欲しいと思い、子どもの前で勉強する姿を見せたとしましょう




信頼関係も築くよう努めてきました




これで勉強好きになるはずと思いますよね?




親としてはすぐに結果が欲しいですが




残念ながらすぐに結果が出るとは限りません




気を付けなければならないのが




親ができることというのは子どもに「真似したい!」と思わせるところまでだということ




その後「する」のか「しない」のかという選択権は子どもが持っています




それを姿を見せたからといって「絶対真似すべき!!」




とその後の行動まで親が管轄しだすと命令になってしまい




子どもの意に反していれば衝突が起きることになります




姿を見せるということはあくまで自発的な行動を促すためにすることだと思っています




そのために親は




やる気を出させるための努力を惜しまない




選択権は子どもにある




ということを意識して行動する必要があるのかもしれません

勉強をする子になって欲しければ親が勉強をする姿を見せる


ピアノの練習をして欲しければ親がしてみる


人を育てる時にはそうなって欲しいと思う姿を見せると良いという話を聞きますよね?


良いというのは指示・命令をしなくても自発的に行動してもらえるようになるという意味だと思います


自発的な行動を引き出せると育てる側としてとても楽になります


注意したいのは育てられる側から見ると同じ姿を見ているはずなのに


真似したいと思う人もいれば、そうでない人もいるということ


後者であればいくら一所懸命頑張る姿を見せても無駄ですよね


ではその差は何なのでしょうか?


それは…


「信頼」ではないでしょうか


信頼する人の姿を見れば真似したくなるでしょうし


信頼できない人の姿を見ても真似したいとは思いませんよね


そうなって欲しいと思う姿を見せる前にまずは子供との信頼関係を築くことに努めたいですね

親が好きなものは子どもも好きになることが多いですよね?


親が本好きであれば子どもも本好きになることが多いし


音楽が好きであれば子どもも音楽好きになりやすいですよね


私の父は「阿刀田 高」の小説が大好きで、本棚にもたくさんありました


親が好きなんだから子どもである私もきっと好きなんだろうなと思うかもしれませんが


私は読んだことがありません


その理由は…


父が小説を読んでいる姿を見たことなかったからです


そのうえ父の部屋は立ち入り禁止だったので本棚に小説があることも知りませんでした


引っ越しを機に父の本棚に自由に触れられるようになりましたが


そのときには本を読むという習慣がなかったため、読むことはありませんでした


親の好きなものが子どもも好きになるというのは


読書であれば本に触れられる環境があること


読書している姿を見るからではないでしょうか


子どもに好きになって欲しいものがあれば


そのもの自体にに触れられる環境を用意すること


姿を見せること


この2つを意識してみるといいのかもしれません