感動した。
iTunesでは今、世界中の大学の講義が無料で視聴できます。
大学時代に意識していた大学、
慶應義塾大学総合政策学部(SFC)の授業を2コマ拝聴しました。
その感想は…
『あかん!SFCの授業、めっちゃええ!』
こんな授業大学時代に受けてたら人生変わってたかも!
大学時代は他大学に比べれば講義の上手な先生が多かった。
でもつまらない先生の授業は本を読んで代用してた。
結局の所、『学問』なんてゼミ本番以外は
本さえあれば勉強できると思ってた。
社会人に出てからも著名人の経験や伝えたい事は
本を読めばわかる、知ることができると思ってた。
でも今回の話しの多くは体験談をベースに
現在の日本の問題や若者がすべき事が凝縮されていた。
本では公にされてない事も多かったと思う。
今まで自分がやってきた事とか
今何とかしようと思っていた事、
IT、WEB、講師…、転職、起業、社会起業、
そのスケールの小ささを
思い知らされた。
勿論、それらを否定する訳じゃない。
みんな立派な仕事だ。
でもそれは自分がすべき事なのか、多分違うんじゃないか、
そう思わされた。
しかし講義は18~23歳くらいまでの大学生や大学院生が対象。
でも自分に置き換えて捉えたら、今からでも変えられる?
今から!?お金も仕事も人脈もないのに。
でも、間違いなく熱くなった。
やはり偉人には金を出してでも会わないといけない。
それにしても、目の前の不確定なお国のお墨付きの仕事をエサにするような
資格ビジネスに浪費しなくてよかった。
今度の日曜日の会合は今日の衝撃を胸に積極的に参加してみよう。

大学時代に意識していた大学、
慶應義塾大学総合政策学部(SFC)の授業を2コマ拝聴しました。
その感想は…
『あかん!SFCの授業、めっちゃええ!』
こんな授業大学時代に受けてたら人生変わってたかも!
大学時代は他大学に比べれば講義の上手な先生が多かった。
でもつまらない先生の授業は本を読んで代用してた。
結局の所、『学問』なんてゼミ本番以外は
本さえあれば勉強できると思ってた。
社会人に出てからも著名人の経験や伝えたい事は
本を読めばわかる、知ることができると思ってた。
でも今回の話しの多くは体験談をベースに
現在の日本の問題や若者がすべき事が凝縮されていた。
本では公にされてない事も多かったと思う。
今まで自分がやってきた事とか
今何とかしようと思っていた事、
IT、WEB、講師…、転職、起業、社会起業、
そのスケールの小ささを
思い知らされた。
勿論、それらを否定する訳じゃない。
みんな立派な仕事だ。
でもそれは自分がすべき事なのか、多分違うんじゃないか、
そう思わされた。
しかし講義は18~23歳くらいまでの大学生や大学院生が対象。
でも自分に置き換えて捉えたら、今からでも変えられる?
今から!?お金も仕事も人脈もないのに。
でも、間違いなく熱くなった。
やはり偉人には金を出してでも会わないといけない。
それにしても、目の前の不確定なお国のお墨付きの仕事をエサにするような
資格ビジネスに浪費しなくてよかった。
今度の日曜日の会合は今日の衝撃を胸に積極的に参加してみよう。

4月30日に投稿したなう
金曜日に注文した本が届いた。最近ずっと図書館の本ばっかりやったけど、久しぶりに買った。GWはこれを読もう。読みたい気持ちはあるけど、ちょっと今、しんどいので今日は読まないかも(ノω・、)
4/30 12:22
>>もっと見る
携帯生活、おしまい
先程、携帯を解約して帰ってきました。
思い起こせば、学生時代の94年に初めて
今は亡き関西テレメッセージという会社のポケベルを持ったのが
通信機器デビューでした。
そして確か96年にNTT・Docomoのポケベルに乗り換えました。
その後98年にこれも今は亡きNTT・PersonalのPHSを買いました。
初めて通話できる端末でした。
当時はまだ携帯は端末も通話料も激高だったので安価なPHSをチョイス。
NTT・PersonalがDDIポケットに事業売却(?)される少し前に
DDIポケット(現WILLCOM)に買い替え。
DDIポケットに不満は無かったものの、
ちょうど当時のメルトモ(当時はメルトモなんて言葉はまだ無かった)が
DDIポケットからJ-Phoneに乗り換えた。
当時、J-Phoneが携帯キャリアで初めて『家族割引』を開始していて
兄が持っていたので同じようにDDIポケットからJ-Phoneに乗り換えた。
しかも、初めて『写メール』ができる端末を買った。
何故か他社携帯キャリアは家族割引になかなか参入して来なかった。
※J-Phoneが初めて写メールを始めたように思われているが、
DDIポケットのPHSではずっと前からできてて、
実際自分もそれを使っていた。
さらに言うと、ネット接続、HP閲覧はPHSは携帯よりずっと前からやっていた。
自分はPHSは唯一の手のひらサイズのタブレットも持っていて
それでよくHPを見ていた。
J-PhoneがVodafoneになり、そしてSoftobankになっても
この最初の端末を使い続けた。
3Gへの移行とSoftobankになった記念キャンペーンで
3Gの携帯を買って、今年の1月末まで使ってた。
Androidのアプリを作って試すために今年の1月に
NTTDocomoのスマホを買った。
そのスマホを今日、解約した。
約18年間、種類は違えど毎日毎日
いつも何らかの通信端末を持ってきた。
それを今日、やめた。
今までそれなりに名刺を渡して、
(前の番号時代も含め100~200枚は配っているはずですが)
過去に名刺を見てかけてきた人は1人もいないので大丈夫だと思いますが、
それを見てかけようとした人がいたらすいません。
家に固定電話もIP電話も無いので
どこにも転送されません。
あるのは愛用のMacと新しいiPadだけ。
skypeやFaceTimeはもちろんできます。
必要性を感じたらまた持つつもりですが、
さて、この先、どんなかんじになるのかな…。

思い起こせば、学生時代の94年に初めて
今は亡き関西テレメッセージという会社のポケベルを持ったのが
通信機器デビューでした。
そして確か96年にNTT・Docomoのポケベルに乗り換えました。
その後98年にこれも今は亡きNTT・PersonalのPHSを買いました。
初めて通話できる端末でした。
当時はまだ携帯は端末も通話料も激高だったので安価なPHSをチョイス。
NTT・PersonalがDDIポケットに事業売却(?)される少し前に
DDIポケット(現WILLCOM)に買い替え。
DDIポケットに不満は無かったものの、
ちょうど当時のメルトモ(当時はメルトモなんて言葉はまだ無かった)が
DDIポケットからJ-Phoneに乗り換えた。
当時、J-Phoneが携帯キャリアで初めて『家族割引』を開始していて
兄が持っていたので同じようにDDIポケットからJ-Phoneに乗り換えた。
しかも、初めて『写メール』ができる端末を買った。
何故か他社携帯キャリアは家族割引になかなか参入して来なかった。
※J-Phoneが初めて写メールを始めたように思われているが、
DDIポケットのPHSではずっと前からできてて、
実際自分もそれを使っていた。
さらに言うと、ネット接続、HP閲覧はPHSは携帯よりずっと前からやっていた。
自分はPHSは唯一の手のひらサイズのタブレットも持っていて
それでよくHPを見ていた。
J-PhoneがVodafoneになり、そしてSoftobankになっても
この最初の端末を使い続けた。
3Gへの移行とSoftobankになった記念キャンペーンで
3Gの携帯を買って、今年の1月末まで使ってた。
Androidのアプリを作って試すために今年の1月に
NTTDocomoのスマホを買った。
そのスマホを今日、解約した。
約18年間、種類は違えど毎日毎日
いつも何らかの通信端末を持ってきた。
それを今日、やめた。
今までそれなりに名刺を渡して、
(前の番号時代も含め100~200枚は配っているはずですが)
過去に名刺を見てかけてきた人は1人もいないので大丈夫だと思いますが、
それを見てかけようとした人がいたらすいません。
家に固定電話もIP電話も無いので
どこにも転送されません。
あるのは愛用のMacと新しいiPadだけ。
skypeやFaceTimeはもちろんできます。
必要性を感じたらまた持つつもりですが、
さて、この先、どんなかんじになるのかな…。

あぁ、三洋電機
昨日、あるセミナーで元三洋電機の社員さんに会った。
40数年働き『キャリア退職』をしたそうです。
このキャリア退職というのは、Panasonicの合併に伴って
自主退職すれば割増の退職金がもらえるという制度。
卑怯かつ悪意のある合併までしておいて
P社は約8000億円の大赤字。
三洋の商品ブランドをハイアールに売却、
姫路の時代遅れの新工場閉鎖。
そんな状況なのに、家の近くのP社の巨大研修施設に
多くの新入社員が満面の笑みで行き交う。
自分たちが大赤字の会社にいるという自覚は
カケラも感じられない。
先日も京阪電車で移動中、ちょうど帰宅時間帯に
P社本社の社員たちが大量に乗ってきたが、
新入社員でもないのに若手社員が車内でワイワイ。
中年社員は乗降口でスマホに夢中で
降りようとしている人の妨げになっていても無視。
もう胸元にあるP社のバッヂは最低の人の証に見えてしまう。
3月に会ったP社の外国人技術者も
『P社は最悪です。物作りの現場でコストの話ししか出ない。
こういうのが作りたい、こういうのが便利という話しはない。
終始コストの話しばかりで、いい商品ができる訳がない』
と言って3月末で退職していました。
三洋を切り離して出なおした方がいいと思います。
40数年働き『キャリア退職』をしたそうです。
このキャリア退職というのは、Panasonicの合併に伴って
自主退職すれば割増の退職金がもらえるという制度。
卑怯かつ悪意のある合併までしておいて
P社は約8000億円の大赤字。
三洋の商品ブランドをハイアールに売却、
姫路の時代遅れの新工場閉鎖。
そんな状況なのに、家の近くのP社の巨大研修施設に
多くの新入社員が満面の笑みで行き交う。
自分たちが大赤字の会社にいるという自覚は
カケラも感じられない。
先日も京阪電車で移動中、ちょうど帰宅時間帯に
P社本社の社員たちが大量に乗ってきたが、
新入社員でもないのに若手社員が車内でワイワイ。
中年社員は乗降口でスマホに夢中で
降りようとしている人の妨げになっていても無視。
もう胸元にあるP社のバッヂは最低の人の証に見えてしまう。
3月に会ったP社の外国人技術者も
『P社は最悪です。物作りの現場でコストの話ししか出ない。
こういうのが作りたい、こういうのが便利という話しはない。
終始コストの話しばかりで、いい商品ができる訳がない』
と言って3月末で退職していました。
三洋を切り離して出なおした方がいいと思います。

