今日は、日本がなんで道徳性が無くなりつつあり、おかしくなってきたのかについて述べようと思う。
よくニュースで、コンビニのアイスが入ってる冷凍庫に入る人とかコンビニのおでんに指を突っ込む人とか、あげればキリがないが、道徳性が無くなってきたように思う。
それはなんでか?
これは、突き詰めると、「戦前と戦後の教育の違い」である。
戦後は、アメリカに負けて、言うことを聞かねばならず、アメリカ式の自由主義、個人主義となった。
だが、この自由主義と個人主義の捉えを間違って捉える人があまりにも多すぎた。
大丈夫か?と
本当に大事なものは、フェイドアウトさせられた。
これは、アメリカの戦略。
戦前までの日本は結束力があり、ちょっとしたことだけど、アメリカは嫌だった。
なぜなら、いつ日本が復興しないようにマッカーサーは仕組んだのだから。
それまでは、四書五経や論語で家庭教育でなんとか人としてのベースというか、道徳心を養ってきた。
だが、アメリカ マッカーサーはそれをダメにした。
すると、家庭教育で父が子に四書五経を口伝で伝えるという日常会話が消えていった。
すると、人の道徳心が全体的に落ちていった。
結果、アイスの冷蔵庫に入ったり、おでんに指を突っ込んだりする人が増えた。
だから、こうしたことが起こらないように、学校の道徳はもちろん、家庭教育の道徳も四書五経や論語等で会話することが大切になってくるのではないだろうか?
つまり、家族総動員で四書五経や論語を学び、みんなで子を育てるのだ。
仕事が忙しいなどの理由で育児放棄せず、3分でいいから子供と四書五経や論語について話す時間があるとよい。
そうすることで、子は四書五経や論語が「当たり前の価値観」となる。
そうなれば、人としてのベースが出来上がる。
そうした流れを作り出すことがこれからの時代はより求められるのではないか。
