そんな中、「これからどんな時代になり、どんな価値観がウエイトを占めるようになるのか」気になる人も多いと思う。
今回自分なりに「新時代の魔物の正体」を掴みに行ってみようと思う。
まず、「昭和ー平成時代の魔物の正体」を明らかにする。
昭和ー平成時代は「共通の豊かさ」を目指してきた時代であり、「みんなやってるよ?」という言葉に乗せられ、嫌々でも「周りの目があるために、やらねばならぬ」が多かった。
例えば、学校。
「周りのみんなが勉強してるから、あなたも勉強しないと!」や「良い学校に入らないと!」など、ある意味、主体的というよりは、周囲(他人)の評価欲しさに頑張らなければならなかったといっても過言ではないだろう。
だから、周りと違う子は白い目で見られ、肩身の狭い思いをしなければならないことが多かった。
簡単に言うと、周りと違うだけで排除される風潮が漂っていたとも言える。
そんなひどい話があるわけないだろ!って思う人もいるかもしれないが、現実問題として、いじめが全然なくならないのは結局のところ、そういう面が大きいんだと思う。
仕事もそう。
一流企業や公務員に入って一生安泰を目指し、それが「世の中の共通価値観」として君臨していた。だから、一流企業に入れば他人から一目置かれ、公務員になれば「一生安泰素晴らしい!」となっていたわけだ。
そして、その結果、マイカーやマイホーム、豪華な家具や家電を手に入れ、明るく幸せな家族と過ごすことが「共通の幸せ」という価値観が生まれていた。
ここまでが、昭和ー平成時代の正体。
つまり、「共通の幸せ」を追い求める価値観が正体。
そして、付け足しとして、
「モノのない時代」だった昭和時代に、「モノがあることが幸せ」という価値観を植え付けられ、多くのモノを大量生産&大量消費となり、今では日本中に「モノが溢れてきた」。
そして、「モノが余ってきた」。
すると、どうなるか?
一言でいうと、人々は「モノに価値を見出しにくくなる」。
つまり、モノに固執しなくなる。
欲しいモノは人からシェアすればいいし、メルカリやオークション、中古などにもモノは溢れかえっている。
「新品同様に使えるのに定価よりも安い」
これだと、「いつでもモノは手に入る」状況になるわけだ。
すると、人々は
「モノはいつでも手に入るから、他の人と差別化が図れない。今まですごい!と思っていたブランドモノだって、新品じゃなければ手に入る。あれ?モノ持ってても意外と普通だな。」
となる。
つまり、「モノの価値が薄れてくる」わけだ。
じゃあ、次に、今は「何に価値があるの?」っていう話。
簡単にいうと、上記を読んで分かるように「モノではない」。
「目に見えないもの」。
これが正体。
どういうこと?そんなんじゃわかんねえだろ!って怒られそうだが、本当のことだから、なんとも言えないが、もう少し詳しく紐解いていこうと思う。
「目に見えないもの」とは、
「人の思いや考え、ビジョン、共感、応援、信頼、信用、おもしろい企画、楽しいコト、ワクワクするコト、イベント企画、お茶会的な女子会的な集まり、パーティー、勉強会、セミナー、講演会」などなど。
「感情が動くコト」に、人々は満足感や充実感、幸福感を感じるようになってくる。
だから、Facebookや InstagramなどのSNSで「いいね!」をもらって満足する人々が多くなったり、その「いいね!」欲しさにインスタ映えする場所へ旅行するといった行動が増えている。
また、クラウドファンディングも然り。
ビジョンを描いて、そのビジョンに共感してもらえる人に支援してもらうという仕組み。
世の中は目に見えない思いや考え、ビジョンなどに価値を見出しつつある時代な突入しているのだ。
で、色々と時代の変遷をここまで見てきたが、じゃあ、その先はどうなるかというと、
「より小さいコアなコミュニティで生きる」
ようになると思う。
一言でいうと、
「多くの人から、『いいね!』をもらう必要ないねと気づき、一部の少人数の人でもいいから、分かってくれる人に分かってもらえばいいよね!」という価値観になってくるはず。
つまり、母体がどんどんコアで小さくなっていく。と同時に、ジャンルも幅広くなっていくだろう。
例えば、カレー好き🍛コミュニティであれば、激辛カレーコミュニティもあれば、甘口カレーコミュニティもあるだろうし、またはトッピング特化カレーコミュニティもあり、スパイスカレーコミュニティもあるだろうし、その幅は広がるばかり。そして、広がれば広がるほど、そのコミュニティは細分化されていく。
だから、個人としてみるならば、とことん好きなことや楽しそうなこと、ワクワクすることに追究することに価値が出てくる。
他の他人からすると、「えっ?それなんだ?独特だな!」とか、「お前しかそれ知ってたりやってるのいねんじゃねえ?」って思われることに価値が出てくる。
そして、それはモノではない。
おもしろそう、楽しそう、ワクワク、ドキドキなどの感情である。
これからは、それを追い求める時代に入った。
そして、付け足すが、そういう時代になると、大多数の人に分かってもらう必然性がなくなる。
「別に、分かってくれる人に分かってもらえばいいよね?炎上とかしたくないし。」
っていう思考に流れてくる。
だから、有料課金のサロンやメルマガが多いのだ。あれは、有料にすることで、批判的な人を入れないハードルとしていることも一つの意味として機能している。
本当に興味があって好きでなければお金は払わない。だから、批判的な炎上要員は基本的に有料課金はしない。だから、サロンやメルマガが上手く機能しているともいえる。
もし無料だと、大多数の様々な価値観の人の中で、少しでも「価値観が違う」と思われれば、批判が批判を呼び、下克上が起こりうる土台ができてしまう。
だからこそ、
「分かってくれる信頼のおける人だけでコミュニティ作って、共感し合い、楽しもう!その方が心置きなく楽しめるよね^_^」
ってなる。
つまり、魔物の正体は、
「モノからコトへ」
「物質から精神へ」
「大多数からミクロへ」
こんな風に魔物は動いている。
この魔物を捉えた上で、自分はこれから何をしていきたいのか?
を考えることが大事だと思う。
「これからどう生きる?」
