プラス思考は役に立つ。しかし、それでもなお、プラス思考には難点がある。と著者は言います。

著者とは、スリクマー・S・ラオ氏。書名は、

コロンビア大学超人気講座 ラオ教授の「幸福論」―人生に「いいことが」次々と起こる35の法則



著者は言います。

「その難点とは、プラス思考によって表と裏の二つの面ができてしまい、どちらか一方だけを大切にするようになってしまうことです。そもそも「プラス思考」という言葉自体に二面性が秘められています。「プラス思考」を選ぶなら、定義上「マイナス思考」を拒絶することになります。」

そして、

「何かに「望ましくないこと」というラベルを貼って、障害をつくり上げました。次に、この「望ましくないこと」のもっとも良い面を、見つけようとしました。でも、そんなことをするよりも、いま自分が取り組んでいる仕事にそのエネルギーを注ぎ込んだほうがずっといいのです。そもそも、最初に「悪いこと」とラベルを貼らなければ、「悪いこと」を
克服するためにエネルギーを浪費する必要もなかったのです。」


「実験室の迷路でチーズを探しているマウスを考えてみましょう。間違った角を曲がり、行き止まりにぶつかってしまうと、マウスはすぐさま回れ右をして、別のルートを試します。そして、チーズを見つけるまで、何度も何度もいろいろなルートに挑戦します。
さて今度はこんなふうに想像してみてください。
もしも袋小路に三回行き当たると、そのたびにマウスはそこで一休みしてエネルギーを再充電しなければならないとしたらどうなるでしょう?絶対にチーズはあると自分に言い聞かせなければならないとしたら?
もつと頑張って、失敗についてクョクョ考えないようにしなければならないと自分を叱吃激励しなければならないとしたら?
チーズを見つければ、きっとこの暗黒の日々は光り輝くようになると自らを励まし、行き止まりに突き当たるという「悪いこと」はじつは迷路のことをより深く知るためには「良いこと」なのだと自分に言い聞かせなければならないとしたら?
笑っちゃいけません。こんなふうに説明すれば、ただやみくもにトライし続けるマウス戦略のほうが、プラス思考を使うよりずっと優れていることが、簡単にわかるでしょう。」


「「プラス思考」をしなくても良くなる」

「ただ、自分がしなければならないことをするだけでいいのです。そのほうがはるかに効果的です。」


著者は、プラス思考よりいいものとして「非常に強いレジリアンス」というものをあげます。


「レジリアンスとは、ある物体が、曲げられたり、圧縮されたり、または伸ばされりしたあとで、もとの形や位置に戻る力のことを指します。一般的な表現を使えば、「逆境からの回復能力」とも言えます。」


「レジリアンスが非常に強ければ、素早く回復できるので、はたから見ている人は、あなたが倒れたことすら気づきません。あまりに素早くて、本人ですら、自分が不運と回復のサイクルにはまっていることを意識していないのです。さらに、あなたが首尾よく「悪いこと」ラベルを使わなくなっていたら、そのサイクルにはまることすらなくなるでしょう。」


「不必要で、実りのない自己批判と、他人を責めることに多くの時間を費やしているのです。無意味な罪悪感に悩み続け、自分でも愚かしいとわかっている言い訳をします。もし、あなたにレジリアンスがあれば、すぐに立ちあがり、先に進んで素晴らしいことができるのです。」


著者は、もうひとつ、幸福のためのヒントをあげています。


「それぞれの「目標」は結果なのですが、あなたには結果をコントロールすることがまったくできません。もう一度言いましょう。あなたは結果をコントロールできません。こう行動すれば必ず成功できると信じて、そのとおりに完壁に行うことはできても、望んだとおりの結果には到達できません。」

「結果よりもむしろそれに到達するプロセスに投資すればいいのです。」

そして、コントロールできるものとして著者があげるのが「行動」です。

「ですから、あなたは全力を傾けて、目標に向かって邁進しなければなりません。集中力と決断力を持ってやるのです。つまり、プロセスに投資するのです。どんな結果になろうとかまいません。到達したかった場所に到達できれば、そこがどこであれ、そこが新しい出発点になります。そして、もう一度最初からプロセスを繰り返すのです。これをもう一度、さらにもう一度と繰り返していくのです。
こんなふうにプロセスに投資すれば、失敗するなどというものは存在しません。毎日が刺激的です」


やはり重要なのは「行動」ですね。


寓話や具体例が満載のこの本も、ご一読ください。おすすめです。

「コスタリカやタイのような国で年に数か月暮らし、目減りした貯金でも豊かなライフスタイルを送ることができるだろうか?強い通貨で給料をもらうためにイギリスの会社に勤めることはできるだろうか?答えはすべて、今まで以上に「イエス」だ。

「ライフスタイルデザイン(LD)」というコンセプトは、キャリアをいくつも積み重ねる人生プランに取って代わる有力な考え方だ。LDはとても柔軟性が高く、今とは違ったライフスタイルを試すことができる。」


グローバルな移動によるこの柔軟なライフスタイルの発想こそ、閉塞感漂う日本でビジネスをするすべての人にヒントになります。


著者は、ティモシー・フェリス氏。タイトルは、「週4時間」だけ働く。


著者は、これまでのライフプランのモデルは、


「早く、若くして引退する」ことを目標とするものだったと言います。


著者の住むアメリカは、よりその傾向が強いでしょう。



それに対し、提案するのは、


「人生を通して定期的にリフレッシュ期間やアドベンチャー(ミニリタイアメント)期間を設ける。何もしなくていい身分になることを目標としない。何かワクワクするようなことをやっている」


というライフスタイルです。


発想を転換することで、たとえば


「自家用飛行機をチャーターしてアンデス山脈を越え、最高級のワインを楽しみながら世界でも有数のリゾートスキー場でシュプールを描き、王様のような暮らしをして、別荘の広々としたプールサイドでくつろぐ生活。実は、今までほとんど人に言ったことがない小さな秘密なのだが、これらすべてにかかるお金はアメリカで暮らすときの家賃より安い。」


という事実の上で、具体的にリモートワークという働き方とずばぬけた労働生産性により、体も気力も元気なうちに、ミニリタイアメントを実現するというものです。

そのために必要なものを著者はこう表現します。


「自分の目標に基づいて集団から抜け出し、明確な優先順位と人生哲学を持って自分と向き合っている」こと。


また、こんなヒントも記しています。

「ドルで稼ぎ、ペソで生活し、ルピーで報酬を支払うと面白いことが起きる。でも、それはほんの序の口だ。」


詳細は、ぜひ度一読を!!

「資源価格の高騰によって景気と所得が分離されてしまった」



「「交易条件」とはどれだけ効率よく貿易ができているかをあらわす指標です。たとえば資源を安く手に入れて、効率的に生産した工業製品を高い値段で輸出すれば儲かりますよね。逆に、高い値段で資源を手に入れた場合、製品に価格転嫁できなければ儲けは薄くなります。」

「リーマン・ショックの前、日本では○二年から○七年の六年間にわたっていざなぎ景気を超える長期の景気拡大が実現しましたが、にもかかわらず国民の所得は増えませんでした。それは、交易条件が悪化したことで原材料費が高くついてしまうようになったため、売り上げが伸びても人件費にまわせなくなったからです。」


景気は回復しても、もう所得は増えないという日本、そして先進国共通の現実を、超マクロな視点からわかりやすく伝えるのが、

水野 和夫氏と萱野 稔人氏の共著
超マクロ展望 世界経済の真実 (集英社新書) です。


だからこそ、高度経済成長の恩恵を受けた親の世代とは違うライフプランを立てていかないのが、われわれ30代。


上記著者は続けます。

「新興国の台頭は不可避的に先進国の労働市場をグローバル化します。先進国から新興国へと生産拠点がどんどん移転されていき、たとえば日本の労働者はそれによって新興国の労働者と競争しなくてはならなくなりますから。
そういった状況では、先進国と新興国のあいだで賃金レベルは平準化していきます。つまり日本国内の賃金水準は下がっていかざるをえない。また同時に、新興国から安い商品もどんどん入ってくるようになりますから、この点でもデフレは先進国の置かれた構造的な問題だということになります。」



「実物経済のもとで利潤がもたらされる場所と、その利潤が集約されコントロールされる場所が、資本主義の歴史上はじめて分離するということですね。軍事だとかルール策定といった資本主義の中核にあたる部分は、もはや実物経済における利潤創出の活動とは別のところで担われるようになる。」


「そうなると生じてくるのは資本と国民の分離です。利益はふつう国民に還元されるのですが、資本と国民が分離すると、中国の中産階級は十分な利益を享受できなくなります。」



グローバル化した労働市場のなかで、どこに身を置くのか?

先進国の国民として、中国の成長とどうかかわるのか?


これは、ライフプランを考えるうえでの大きな問題です。


さらに、


上記著者の萱野 稔人氏は
POSSE vol.8 マジでベーシックインカム!?

のなかでこんなことも述べられます。


「だから成熟社会では必然的に低成長社会になります。これは言いかえるなら、成熟社会では貨幣によって満たすことのできる欲求は飽和化してしまうということです。その結果、人びとの欲求はお金では買えないもの、たとえば豊かな人間関係だとか、社会的な承認だとか、自然との共生といったものですね、そういったお金では買えないものにより向かうことになる。よく、最近の若者はバリバリ働いてイイ車を買うというようなことをしなくなった、なんて言われますが、それは若者たちがたるんでいたり怠けていたりするからではなく、彼らが成熟社会のなかで成長し、その価値観を引き受けているからです。」


豊かな人間関係だとか、社会的な承認だとか、自然との共生

という新しい価値観の構築を、限られた所得の中で実現していくのが、われわれの役割です。

バブルの幻影とは異なる成熟社会をつくりあげていくということです。