吉本興業事件<本澤二郎の「日本の風景」(3386)

<アベ官邸と深い仲のお目こぼし>

 昨日、日刊ゲンダイニュース編集部の小幡元太記者が、7月2日付の新聞を郵送してきた。念のため開くと、暴力団・やくざ者に詳しい溝口敦の吉本興業事件評が出ていた。

 「反社にも暴力団同様の判断をした吉本の新対応」と、吉本を身びいきするような見出しにがっかりした。芸能界とやくざの関係を多くの国民は知っている。反社会的勢力とは、イコール暴力団・やくざのことである。だからこそ吉本の芸人の犯罪性を国民は問題視しているのであろう。

 吉本といえば、安倍晋三との関係が深い。公正中立の捜査当局が、お目こぼしをする間柄だから、余計に国民の関心を集めたものだろう。

 「木更津レイプ殺人事件」を追及するジャーナリストは、やくざと入れ墨に関心が強い。先のG20では、吉本喜劇を拝借したアベのことを庶民大衆は記憶したばかりだから、余計に当局のお目こぼしと追及するヒラメ記者のことが気になるのである。

 

<やくざと一体関係の芸能界>

 やくざ取材は、社会部の仕事だと割り切ってきたジャーナリストも、それでも政界のやくざ代議士のいかがわしい活動に対しては、厳しく書いてきたものの、さりとて魅力的な女性を次々とレイプして、歓楽街の性ビジネスを仕切る入れ墨やくざの暴利を知ろうとしなかった。

 

 元警視総監・法務大臣の秦野章の発言でまとめた「日本警察改革論」(エール出版)でも、暴力団対策法をかすった程度だった。ただ、彼が「右翼・暴力団・総会屋は一体」と断罪したことは覚えている。

 肝心の無数の被害者の女性のことについて、当時まったく関心がなかった。やくざに強姦、性奴隷の挙句、半年後に逃げ出そうとしてドーカツ、その殺人的恐怖で即死状態、2日後に呼吸が止まってしまった「木更津レイプ殺人事件」の悲惨すぎる戦争遺児の重大事件は2014年4月28日。

 

 これの徹底取材から、強姦された女性、100%の日本人女性が、警察に駆けこむことがない、という途方もない真実に愕然とさせられたものである。ついでTBS山口強姦魔事件の官邸犯罪に関心を寄せる理由だ。幸い、清和会OBの友人が、この方面に詳しい。先日は「倶利伽羅紋々」という言葉を覚えさせられたばかりだが、彼は当たり前のように説明した。

 自民党の情報関係に席を温めていた人物の解説は、ジャーナリストのそれを優に上回っている。警察力の分析もすばらしい。貴重な人物は、創価学会の闇の部分にも通じている。

 そのやくざと芸能界が一体関係にある、とりわけ吉本とアベ官邸のかかわりの中で、この事件は表面化したものだから、本来は捜査当局が重大な関心と捜査を開始する場面であろう。

 

<意味不明の記者会見とヒラメ記者質問>

 数か月前になるが、テレビのない我が家ゆえに、息子が「アベマテレビ」という無料で見ることができるネットをセットしてくれた。ここでは朝鮮の王朝時代のドラマが面白くて、10代のころの時代劇にのめりこんだようにはまってしまった。

 ここにもテレビニュースも流れていることから、吉本事件の関係者の記者会見が生放送されていた。そもそも吉本興業さえよく知らない日本人だから、なんのことか現在も理解できない。問題を起こした芸能人の会見と、その会見に反対していた吉本社長の長々とした会見もあったが、ヒラメ記者の分かりにくい質問に辟易して、見るのを止めてしまった。

 

<芸能界とテレビ界とやくざ暴力団の深い仲>

 今朝の房総半島は、見事な陽光が大地を照らし出していた。梅雨空を吹き飛ばすような、午前6時の太陽の無限のエネルギーに圧倒され、目を向けることもできなかった。それこそ半島の隅々まで、公平に照らし出して、自然の恵みをもたらしていた。

 

 政治もまた公正・公平でなければ、社会は安定しない。この6年間の日本政治はおかしくなっている。公正でないためだ。

 官尊民卑・男尊女卑は言うまでもない。社会の隅々で不公平・不正が起きている。それを監視するジャーナリズムが腐敗してしまい、国連からも指摘される始末である。

 

 不正で手にした東京五輪が1年後にやってくると目下、NHKを先頭にして、世論操作に余念がない。独裁政治の脅威である。法治そのものが形骸化している。それでいて官邸は、昨日からゴルフ三昧の日程を強行して恥じない。

 

 やくざが跋扈して、警察がお目こぼしをする時代は、これからも続くのであろうか。やくざを退治する政府はいつのことか。健全な民主主義社会はいつの日か?

2019年7月26日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)