”宿命”を”使命”に変えていける信心…‼ | 現代にも活きる日蓮大聖人の言葉と精神

現代にも活きる日蓮大聖人の言葉と精神

現代社会は、科学の発達により利便性が向上しました。しかし、生活面の向上が精神面の向上に必ずしもつながっていないと思います。鎌倉時代の混乱期に、人々を絶対に幸福にしたいと願い行動した日蓮大聖人の言葉と精神を、平易な言葉で伝えていきます。

 

”できないこと”より、”できること”を見つめよう!

 今年の3月の聖教新聞の「名字の言」というコラムに、とても勇気づけられる記事が載っていました。それは、生きづらい世にあって”自分らしく生きる”ために、そして”自分らしく生きている”ということを身をもって示してくれた内容で、自分の胸に共感と納得を沸かせるものだったので、ここで紹介したいと思います。……プロのミュージシャンとして活躍する全盲の壮年部員がいる。1歳の時、転落事故で脳を損傷。視力を失い、運動中枢や言語中枢も深刻なダメージを受けた。しかし、家族の懸命な支えもあり、奇跡的な成長を遂げた。 医者からは当初、「立つことも歩くこともできない」と告げられた。だが、治療、リハビリ、マッサージが功を奏し、立てた!そして歩けた!「しゃべるのも無理」とも言われていた。ところが4歳の頃、唱題する父のひざに座って「ナンミョウー」と一緒に声を発するように。以来、徐々に言葉を話すようになっていく。 ある日、母が口ずさむ学会歌を、おもちゃの鍵盤で見事に再現した。その才を誰よりも喜び、たたえ、伸ばすために応援してきた両親の愛情に包まれ、ぐんぐん上達。今、各地のステージでキーボードを弾きながら熱唱する彼が言う。「僕の音楽で、どれだけの人をえがおのできるか。これからが勝負!」 改めて、宿命さえ使命に転じていける信仰の力を実感した。そして、人間の底知れぬ可能性についても。 誰もが、その人にしかない使命を開花できる。信じ、祈り、励まし合う存在があれば、”できないこと”より”できること”をみつめ、自分らしく挑戦を重ねていくならば。…以上です。実に奇跡的な内容で、本当に驚かされます。普通であれば、自分の宿業(しゅくごう)や宿命に、泣き寝入りしたり、逃避したり、投げやりになったりしそうです。しかし、この人この家族は、南無妙法蓮華経と唱え続けながら、その宿命に真っ向から立ち向かっていき、現在も進み続け、更に他人をも”笑顔にすること”を考えています。”できないこ”とをなげくより、”できること”を探して、伸ばして、実践して、他の人に勇気や感動をも与えるという、それこそ奇跡ではなく、”信仰の実証”を示していると言えます。

 

”宿命”を”使命”に変える、宿命転換の信心…‼

 日蓮大聖人は、「末法の世に生まれ苦悩にあえぐ衆生(しゅじょう=全民衆)を救う」という誓願を立てて、出家し修行し、一切経を読破しました。仏教典の高下浅深を見極め、幸不幸を左右する原因は何かを探し求め、たどり着いたのが法華経です。そして、不幸を幸福に、宿命を転換していく根本の法こそ、南無妙法蓮華経であり、その妙法を唱えていけば必ず成仏する(皆が幸福境涯を得る)ことができると説きました。しかし、私たち末法に生まれた衆生は、生命そのものが濁り汚れているから、残念ながらそれ(自分の中に仏性があること)を素直に受け入れることができない、そしてさらに妙法を実践している人を迫害する傾向にあると言われています。せっかく自分の宿業を乗り越えられる妙法という”良薬”があるのに、”苦くて不味い”からといって、退けたり疑ったりして、服薬を拒否してしまっているのです。ですから、その症状は、一向に改善されないばかりか、さらに重篤な方向に進行してしまうのです。そのことに、気づくことができない  ”末法の衆生の”悲哀があります。法華経の譬え話の中に、「良医の譬え」というものがあります。譬えの概要次のようなものです。…聡明で薬の処方に精通し、百人にも及ぶ子供をもつ良医がいました。ある時、良医が所用で遠方へ出かけている間に、子供たちが誤って毒藥を服して苦しんでいました。悶絶する子供の中には、苦しみに堪えかねて本心を失う者までいました。良医が帰宅すると、子供たちは大いに喜んで、毒病を治して欲しいと願い出ます。良医は薬を調合し、「此の大良藥は、色香美味、皆悉く具足せり。汝等服すべし。速やかに苦悩を除いて、復衆の患無けん」と言って、子供たちに色形、香り、味のいずれもすばらしい大良藥を与えました。すると、本心が残っていた子供はすぐに良藥を服して快復しましたが、本心を失った子供は、毒気のせいで良藥を良藥でないと思い込み、服用しませんでした。未だに苦しむ子供を不憫に思った良医は、薬を飲ませようと、方便を設けます。すなわち、子供に、「自分は老いて死期が近い。この大良藥を、今、ここに留め置いておくから、お前たちは、これを取って必ず服用しなさい(趣意)」と告げて、家を出て、他国に至ってから使者を遣わし、父は死んだと子供たちに告げさせたのです。訃報を聞いた子供たちは、「もし父が生きていたら私共を憐れみ、救ってくれるが、今やその父は遠く他国で亡くなってしまった。私共は孤独で頼るところがない」と深い悲しみに嘆きました。そして父の慈愛と力を思い起こした子供たちは、ついに本心を取り戻して大良藥を服し、快復したのです。その後、良医は帰宅したのでした。…この譬えでは、良医とは仏、毒薬を服した子供は一切衆生に譬えられます。まず、良医が遠く他国へ出かけることは、仏が過去世に、様々な名前で出現して衆生を導いていたことを指します。次に、良医が一度家に帰って大良藥を子供に与えることは、仏が娑婆世界に出現して毒病に喘ぐ衆生に法華経を説くという、現在の化導に当たります。また、本心を失って良薬を服そうとしない子を治療しようと、良医が他国に出かけ使者を遣わし亡くなったと告げさせたことは、仏が入滅することを現わします。すなわち、仏の存在に慣れてしまい、仏法を尊重しない衆生を覚醒させるため、常住ではあるけれども、敢えて滅に非ざる滅(涅槃)を示されるのです。最後に、良医が帰宅することは、方便による滅の相を現わしながらも、未来永劫に亘り衆生を教化する様相を表わしています。このように良医病子の譬えとは、仏が久遠以来、実は常住でありながら、出現したり入滅したりして、大慈悲をもって衆生を導き利益してきたことを表わす譬えなのです。末法今次には、このたとえは次のように置き換えられます。末法の良医とは日蓮大聖人です。そして良薬が南無妙法蓮華経です。南無妙法蓮華経と唱えれば、どんなに重い宿業も軽くし、更には業病も消してしまう効能があると断言されています。医者や科学的な方法でも処方できない宿業という難病を、なんと有り難いことか、この妙法が必ずや救いきってくれると断言されています。但し、すがるのでは無く、”信”じて、”行”じなければ無理ですが…。

 

結論:日蓮大聖人は、自身も佐渡流罪をはじめ数々の困難苦難に遭いました。そしてそれは、一般世間の罪ではなく、”過去世に法華経を誹謗した行為によるものであであり、その罪を消すために今難を受けているのです”と「佐渡御書」の中で言われています。同じく佐渡で書かれた「開目抄」には「過去の因を知らんと欲せば現在のかを見よ 未来の果を知らんと欲せば現在の因を見よ」と言われています。仏法は、全て”原因と結果”で繋がっています。そして、生命も、過去・現在・未来とつながっているものと捉えています。ですから、現在の自分の容姿も、貧富も、貴賤も、病気も、障害も、才能も全て過去世の行いの積み重ね(宿業)であり、その中で法華誹謗の罪は特に重く、したがって、受ける罰も深く重いものとなると言われています。しかし、妙法を信授し南無妙法蓮華経と唱えていけば「衆罪は霜露の如く、慧日は能く消除す」と教えられています。いろいろな苦しみはあろうけど、南無妙法蓮華経という太陽の光で、霜が解けるように消えてしまうという意味です。過去世の法華誹謗の罪で受けた罪であるから本当はもっと重く長く受けるところを、妙法の功力によって軽く転じて受けているということです。これは「転重軽受法門」という御書に書れています。「地獄の苦しみぱっと消えて」とも言われています。先に紹介した壮年は、自分では分からないけれど、自身の過去世の法華誹謗の行為のために盲目・身体の不自由という罪障を受けて現れた(宿命)と言えます。しかし、真剣に南無妙法蓮華経と唱えて宿命を転換して、今では音楽を通して人を励まし喜ばせることが楽しみ(使命)となったと言えます。これこそ妙法の良薬の実証と言えます。