渋沢栄一:論語と算盤⑨ | Heal Yourself & Heal Myself

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『真の親切』

世間には、冷酷無情で誠意が感じられないのに

信用され、成功している人もいます。

 

反対に、真面目で誠意にあつく

良心的で思いやりのある人が

世間から認められずに

落ちこぼれとなる事も

少なくない。

 

 

「志」と「振舞い」

 

「志」が真面目で良心的で思いやりに

溢れていても、「振舞い」が

鈍くさかったり、自分勝手であれば

手の施しようがない。

 

 

「志」が「人の為になりたい」と思っていても

その「振舞い」が人の害になっていては

善行ではないのです。

 

 

例えば、

親切がかえって不親切になった話。

 

雛が孵化しようとして卵の殻から出られないのを見て

親切な子供が殻をむいてやりました。

ところが、雛は死んでしまいました。

 

 

「志」が多少曲がっていたとしても

 

振舞いが機敏で忠実、人から信用されるのであれば

その人は成功することもあります。

道義にかなっているように見せかければ

聖人でも騙しやすくなります。

 

 

実社会においても、人の心の善悪より

「振舞い」の善悪に重点が置かれます。

 

 

例えば、

江戸幕府の八代将軍吉宗公が

市中の見回りに出たさい、

老婆を背負い、お寺にお参りしていたので褒美を与えました。

 

ところが、普段は行いの良くないならず者が

これを真似して

「俺も一つ、褒美をもらいたい」と

関係のない老婆を背負い、

お参りに出かけ、吉宗公が

この人にも褒美を与えました。

 

 

側役人が「彼は褒美をもらいたいために

孝行を偽っています」と待ったをかけました。

すると吉宗公は「真似も良いことである」と

言葉をかけました。

 

 

※悪賢い人や表面をうまく取り繕う人が

※比較的成功し、信用される場合が出て来てしまう。。。