今回のテーマは重くなるかもしれませんが、
今の僕を形成するまでとても大事なことだったなと思うし、
もし当時の僕と同じような状況にいる人がいたら、
励ましたいなぁと思ったので書いてみることにしました。

何よりも、どうしてもお礼を言いたかった人がいるのですが、
今はもう言うことが出来ないので、この場でお礼の気持ちを
伝えたいと思ったので書いてみます。


2000年1月、世の中がミレニアムフィーバーやネットバブルや
コンピューターの2000年問題で騒がれていた頃、
僕が納得の行くホームページを完成させせました。

ところが、全く反響がありませんでした。


理由は、チラシの中身は完成させたのに、
良い場所でチラシをまけなかったからです。
(ホームページの中身は完成させたのに、
それを知らせる方法が悪かったということです)

ゴルフ関連のサイトに、自分のホームページへリンクがあれば、
それなりに集客することはできます。

しかしゴルフ関連のサイトに集う人々は、ゴルフに興味はあっても、
会員権を目的として来ていません。
その人達に会員権を売るためには、なぜ会員権があると良いのか?
なぜ今買うと良いのか?なぜアナタが必要とするのか?
その人達が購入するまでの、かなりハードルの高い障壁を消す為に
ホームページでしっかりセールスをする必要があります。
でも、まだ駆け出しだった当時の僕には、その力がありません。
会員権と言う商材は高価で、ゴルフをされる方の、ほんの一握りの
方しか買いません。

試しに、ゴルフ関連のホームページ運営者に、
僕のホームページへのリンクのお願いをしてみました。

アクセスは増え、問合せも増えたものの、
大半が冷やかし程度の問合せでした。

その人たちを説得して売るチカラは、
当時の僕にはありませんでした。


説 得 し て 売 る チ カ ラ が 無 い 僕 が す べ き 事 は 、 

説 得 し な く て も
買 っ て く れ る お 客 さ ん を 見 つ け る 事 で す 。


僕が考えた、チラシをまくのに最高の場所とは、
検索エンジンで「ゴルフ会員権」と検索されたとき、
先頭に表示させることでした。

※検索エンジンとは、ヤフーやグーグルなど、
検索キーワードを入力すると、ホームページ一覧を
表示するホームページのことです。

40歳以上の方に、『ゴルフ会員権を買いたくなったら、
どんな行動をとるのか』を実験した時、ほとんどの人が検索
エンジンで「ゴルフ会員権」と入力をし、探し始めていました。
そして一番最初に表示された会社からクリックし始めていました。

だから、検索エンジンで「ゴルフ会員権」と検索したら、
自分のホームページが一番最初に表示される必要があると
考えました。

検索エンジンに「ゴルフ会員権」とキーワードを入力する人は、
もう直球で会員権に興味がある人です。
この人たちには、あまりセールスが必要ないと考えました。

この場所を外して成功はありえないと考えました。

当時、40歳以上の方に圧倒的に支持されていた検索エンジンは、
ヤフーさんでした。

ところが当時は、ヤフーさんに登録されるのは困難を極めて
いました。
今のような、お金さえ払えば登録審査が受け付けられる
ビジネスエクスプレスというサービスもなかったので、
自分で自分のホームページをヤフーさんに推薦して、
あとは掲載されるのをひたすら待つと言う形でした。

しかしこれが、全然掲載されない。

ホームページを完成させて5ヶ月以上、ヤフーさんに
登録依頼をしたけれど、全く掲載されませんでした。

なぜ掲載されないのか、理由を知る術もないので、
あとは神頼みと言った状況でした。

他の検索エンジンには登録されたものの、
反響がイマイチでした。

ホームページを見たお客さんから、たまに来る問合せメールに、
時間をかけて凄く心を込めて返事を書いても、返答はあまりなく、
ガッカリしていました。

それにも加えて、もっとガッカリしたのは、会社の売り上げが
だんだんと下がっていったことでした。

僕が本来の営業業務を怠り、全く売れないホームページに
全エネルギーを注いでいたのも原因のひとつでしょう。

さらに追い討ちをかけるように、僕の良い相談相手になり、
会社の司令塔とも呼べる、上司のIさんが突然ガンになり、
入院を余儀なくされ、更に会社のパワーが落ちていきました。

そして、発覚からわずか3ヶ月でIさんは他界してしまいました。

父の会社に当時いた社員の中で、Iさんはもっとも古くから
在籍していました。

だからIさんとは、ずっとずっと前から僕と話す機会がありました。

僕が中学生だった頃、Iさんに焼肉屋に連れて行ってもらい、
Iさんがどうして大手自動車メーカーの開発部門と言う
花形の仕事から、比べると遥かに小さい父の会社に
転職したのか、熱っぽく語ってくれました。
趣味のゴルフをどうしても仕事にしたくて、
その中で、どうして父の会社を選んだのか?
いかに今の人生の方が楽しいのか、僕に語ってくれました。
Iさんの話を聞いて、父のことを誇らしく思えたし、
そんな風に喜びながら働いているIさんを嬉しく思いました。

 「晃ちゃん、自分の好きなことを仕事にすると良いよ」

当時、Iさんが言った一言が、その後の僕の人生を大きく変えたと
言っても過言じゃないでしょう。

Iさんの葬儀の時、この時の会話や、ホームページを作る上で、
親身に相談に乗ってくれたことなど、今までの色んな思い出が
頭の中を駆け抜け、涙が止まりませんでした。
父をはじめ、他の全社員も、同じように泣いていました。

悲しい気持ちになりながらも、現実を考えると悲しさに浸る余裕も
無いくらい、不安な気持ちになりました。

社内でIさんは、最も能力が高く、人間的にも魅力のあった人
なので、とても頼れる存在でした。
そのため、全社員がIさんに依存し、半人前の意識で仕事に
関わっていたように見えました。
(まだ駆け出しだった僕が言うのも大変おこがましいのですが。
もちろん、当時の僕は半人前の半人前の半人前程度ですが。)

大きな司令塔を失い、会社の将来に大きな不安を感じました。

父が
「晃一、ホームページにかける気持ちは分かるが、
ここは営業に専念してくれないだろうか?」
と力を無さそうに言った言葉に、僕も言い返す力も残ってなく、
黙ってうなずく他ありませんでした。


ところが、です。

社内にただならぬ気迫と言うか、凄まじいエネルギーが
みなぎり始めました。

全社員が、Iさんの気持ちに応えるべく、ひとりひとりが
とんでもない力を出し始め、仕事に熱心にとりかかるように
なりました。

誰かが言ったわけでもないけれど、
この会社を盛り上げることが、Iさんへの気持ちに応えることだ
と、全社員が同じ気持ちで仕事に取り掛かり始めました。

それはもう、誰かに依存した半人前の意識ではなく、
全員が自立し、その人本来のパワーで、とりかかる
ようになってきました。

当然、売り上げも上がり始めました。

僕も負けじと、半人前の意識を捨てて、渾身のパワーで
仕事に取り組み始めました。
Iさんが与えてくれた、このホームページの素晴らしい設計を
何がなんでも世に送り出し、結果を出してやると、
再び決心しました。


  ここから、僕らの会社の快進撃が始まりました。

続く

今一番悔やまれるのは、Iさんにお礼の気持ちを伝えられないことです。
この場を借り言っても届くか、わかりませんが、
Iさん、本当に、ありがとうございます。

夕日を見ながら、渡嘉敷島にて。
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