またまた、これもタイトル通りです。婚活という言葉を男性である自分が使うことすら、いまだに少し抵抗はあるのですが、むしろ前向きにとらえて、恥ずかしいことじゃない!ということで、家族にも、友人にも、会社でもオープンにしています。



自分が40年間結婚をしてこなかったことは、自分にも原因がありますし、タイミングでもありますし、おっさん臭い言い方ですが、人のご縁だったんだろうと思います。それで、男性が40年も独身であることはやはり少し恥ずかしいのですが、自分では肯定的にとらえています。

それで、最近書いたことですが、お見合いがうまくいかないことを自分ではなくて、自分以外の外部要因に求めることが多かったですが、最近は積極的に自分に対して原因を求めるようになってきています。そう考えることで、お見合いに対する自分の考え方もさらに肯定的になりました。

結局、お見合いも、それを通して人間成長する場だなと思いました。短期・中期で、顔のルックスや年収なんかを変更することは難しいです。でも、人間性だったり、考え方というのは、変更していくことが可能です。

人が社会人になって、仕事を通して、自己成長していくのと同じようなことでしょうか。仕事は全然恥ずかしくないことですが、40代の婚活は少し恥ずかしいです。なんか同じことを堂々巡りで書いてますが、これが俺だ!って感じです。まー、こうやって何でも前向きに捉えることくらいしか、取柄はありませんが(笑)。

それにしても自分の基準が厳しすぎると思います。自分は普通の会社員なのに、何かスポーツ選手の奥さんになるようなスケール感で相手を求めているところもあります。ルックスを気にしなければ、合いそうな方もいました。素敵な人もいました。

でも、自分のわがままで沢山お断りしてきました。で、前にもブログに書いてましたが、結婚しても昼顔妻になる結婚ってなんなの?という思いもあります。もちろん、ルックスだけで選んでるわけでもないので、交際になる方は、人間的にも、ルックス的にもとても素敵な方です。

ここ数年、自分がルックスで勝負できなくなっていることが、とても悔しいです。でも、ルックス、ルックスも繰り返していると、何か人間的にとても軽薄なような気もします。いや、確かに自分の未熟さもあって、自分は大いに軽薄です。でも、それが自分です。

でも、男性として何歳になってもルックスで勝負できるような自分でいたいです。そのために、40歳になった今でも、健康のためではなく、ルックスのためにダイエットをする日々です。それは、きっと60代になっても変わっていないと思います。

今は、西嶋秀俊や藤木直人を目指しています。年齢的にも年上の方たちです。本当に格好いいですよね。大爆笑されそうですが、結構本気で目指しています。最終的には田村正和のような佇まいになりたいですね。

20代、30代は割とキムタクを目指してきたような感じですが、ちょっと路線も変わってきたかもしれません。でも、今でもキムタクは大好きです。同性的にも好きです。というのは、同性愛でなくて、男目線でも格好いいなと思うという意味です。

というか、20代の時は、福山雅治や、レオナルド・ディカプリオや、渡部篤郎とか言われている時期もありました。B面でいうと、サッカーの城とかいうのもありました。城は別にB面でもないですが。あと、韓流スターに似ているというのは、30代の中ごろまで言われまくりました。

なんか自分の恥部をさらし過ぎですね。でも、これが俺です。笑いを取るためなら、なんでもネタにする男です。今は三枚目に堕ちていますが、いつかきっと、俺の二枚目時代が復活します。でも、今でも割と中身は二枚目だと思っています。



なんか、記事の内容、めちゃくちゃですね。一緒に爆笑してください!
タイトルの通り、そのまんまです。なんとなく、文章を書いたり、打ったりすると、その文が長ければ長いほど、その文にキャラが出るような気がします。自分の場合は、自分でいうのも変ですが、ちょっと生真面目で、冗談がうまく言えないタイプのような気がします。

一方でほかの方のブログを読んでいると、なんか楽しくなったり、気分がホッとするようなブログがありますね。そんな文章を書いてみたいと思います。でも、真似できそうで、真似できないです。また、文章そのものがうまい人もいます。こんな風に表現できたらいいなー、と思うこともあります。

文章の書き方というのは、読んできた本に影響される部分と、その人の性格が出るんだと思います。4対6くらいの割合でしょうか。自分の場合は、結構2,000冊くらいは本を読んでいるので、その影響は大きいです。

中学生時代は星新一にはまってました。高校時代、大学時代は心理学関係の本ばかり読んでいました。小学校に入るまでは、大図鑑と童話全集なんかを読んでました。社会人になってからは仕事関係の本が圧倒的に多いです。

仕事関係というと、マーケティング、広告、インターネット、通販関係の本が多いです。あと、20代後半と、30代前半は自己啓発書にやたらとはまりました。どこかで書きましたが、自己啓発書は、5~10冊も読めば十分です。でも、個人的には200冊くらい読みました。今は全く読みません。

なんにせよ、人間性や人生経験が文章に発現するんですね。だから、ずっとブログを書き続けるということは、ごまかしがきかなくて、自分の人間性が伝わるメディアですね。とはいえ、有名人が書いているようなスカスカなブログだと中身がないので、人間性が伝わってこないですね。

文章で人間性が伝わるので、素敵な人だな、楽しい人だなという文章を書けるような生き方をしたいですね。文章は人の生き様だと思います。だから、ブログを書かない時(ほぼすべての時間)に、どのように生きるかが重要ですね。んー、中身のない文章(泣)。ブログでそこそこのボリュームで書き続けるって難しいですね。ブログがすごい人は結構尊敬します。


GNHとは国民全体の幸福量を量る指標で、ブータン王国の国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクによって提唱された概念です。この概念と対比されるのは、Gross National Product(GNP)等の経済的な豊かさを量る指標です。

このGNHという概念を知ったのは、20代の頃だと思いますが、なんとなくちょっと小馬鹿にしていました。発展途上国の経済先進国に対する負け犬の遠吠えだと思っていました。国が経済的に豊かにならない言い訳だとすら思っていました。

でも、年齢を重ねるごとに、GNHという概念は個人の生き方としても、もっとも重要な指標なのではないかなと考えるようになってきました。アジアの国々を旅行して、特に強くそう思いました。もちろん、お金はあればあるだけ困らないもの。

しかし、ちょっとした小金持ちになると厄介です。もうちょっとさらにお金を持ちたいと思いだします。さらに増えても、また同じことを思います。ある研究論文では、経済的豊かさと、幸せは比例しないという研究もあります。

むしろ、お金を持って、人生の歯車が狂う場合もあります。というと、ちょっとお金持ちに嫉妬してるみたいですが、そんなことはありません。一度小金を持ってみてください。ちょっと調子が狂います。それと、お金に執着してしまいます。

お金に限らないことですが、執着することが人生を不幸にしている可能性があります。地位、プライド、正義感、家族、お金、健康等々、執着することが多いと、生きていて息苦しくなってしまうかもしれません。一度全部捨ててみてください。

本当に捨てる必要はないのですが、捨てたと考えてみると気が楽になることもあります。とにかく、お金にだけ幸せが待っているわけではありません。幸せは家族にあるかもしれません、海外にあるかもしれません、自分の心の中に正解があるのかもしれません。

もっと力を抜いていきましょう。もっと人生楽しみましょう。なんか宗教的な言い方かもしれません(笑)。