$otona no maigo**


久しぶりに言葉を綴る。
ここ数カ月の間で大きな変化。

今は住む場所も、仕事も、ライフスタイルも違う。
25歳で海外で働く!は叶っていないけれど、でも海外にすごく近いところにいる。

温かくなってきたので、散歩に繰り出そう。

今のわたしなら、美しいものをたくさん見つけ出せるから。

この生活を与えられていることに感謝。
今日もよい1日になりますように。
絶対気づかないでしょ。
涙がとまらないってこと。
なんでかわかんないけど。

左手の温もりを失いたくないと思いつつ、
いつ失うかわからない恐怖に怯える。

幸せってこわい。
いつからこんな臆病になっちゃったんだろう。



iPhoneからの投稿
今、一番したいことは?
と聞かれたら、
「会社を辞めたい」
という。

会社を辞めた気分で東京駅を歩いてみたら、
すごく色んなものが見えた気がした。

不要なものかもしれないけど、
周りを見渡し考える心の余裕、
横を見る余裕、
それから人の顔や行動を見る余裕。

途中、何組かのカップルを見た。
幸せそうな土曜日の夜。

それがいかに幸せか、想像できる自分の心と今に感謝。

そこで思う。
今の私にとって、一番のご褒美は、会社を辞めて自由になること。
自由な発想を取り戻すこと。

でも、すぐに手に入るご褒美はご褒美じゃなくなっちゃうから、
だから、「これを達成したら、会社を辞める!」ての決めることにする。

せっかくなら、その後生きていく上で、働く上で役に立ちそうなこと。

たまたま立ち寄ったブックオフで見つけた、とある資格。
今の仕事に深く結び付いている資格。
あえて自分を試すために、この資格を選んだ。
体系を理解する中で、もしかしたら今の仕事を好きになれるかもしれないし、
それでも好きになれなかったら、資格を取ってやめればいい。
今の仕事で得たスキルが、ちゃんと形になるし。

それから、海外で働く!ていうもともとの目標を考えたときに、
アメリカの組織と相互関係のあるこの資格は、もしかしたら私を助けてくれるかもしれない。

そんな想い。

それから、忘れちゃいけないのが英語。
ずーっとさぼってたけど、やっぱりできない自分に「悔しさ」を感じるべきだ。
彼の言うとおり。

かたちとして見えた方がいいので、TOEIC900点とったら合格にしよう。

上のふたつ、1年以内に達成して、自分に胸を張って辞めよう。

不満ばっかりたらたら口にする前に、
自分の中で合格ラインを決めて、納得して離れられるように(逃げではなく!)
ちょっと心入れ替えて、がんばろうっと!!!
ずっと、旅をしたかった。
旅をして生きていきたかった。


自由に、自由に。
自分が思うがままに。


どこかに落ち着きたい自分なんで想像できなくて、
いきあたりばったりでいいって思った。


24年という短いようで長い、長いようで短い時間の中で、
今私には守りたいものがある。


自分よりも大切だと思えるもの、それを「愛」と表してみる。


自分の人生、まだまだやりたいことがあって、
「かっこいいなー」て思える理想があって。


でも、今私が感じている「愛」ほど、心揺さぶられるものはあるのだろうか。


涙が溢れるほどの感動。
それをいつも追い求めてきた。


スターバックスで働いていたとき、仕事に対する情熱から、涙が出るほどの感動を味わった。
その経験があって、「仕事」で生きていきたいと思った。
感動を与えてくれるのは、仕事だと思った。
(実際、今も「仕事」に感動を求めている。
私が携わっている仕事には、私が求めている感動はないので、タイミングを見て別の仕事を探したいと考えているが。)


今、ある一人の人間のために涙を流す。
その人は私が求めていた理想に近く、同時に遠いけれども。


私が「平和」「幸せ」と感じたことを、同じように感じてくれ、
いつも自分が好きなものを共有してくれる。
厳しく、頑固で、自分の意見を決して曲げない。
自分の夢を語ることをおそれず、嘘を嫌う。


その人の苦しみを想像し涙を流し、
その人の叱りに対して反省の涙を流す。
わかりあえたことに対する幸せの涙を流し、
はじめてもらった一言に、心のどこかでずっと待ちわびていた一言に、喜びの涙を流す。


この幸せは、きっと一人で戦う(ものだと思っている)「仕事」では味わえない。
一人で歩む(ものだと思っている)「旅」では味わえない。


愛。


愛を教えてもらった私は、同時に懼れを知る。
懼れは時に人を傷つけ、
また愛と同じくらいに心を揺さぶる。


「旅」の定義を考えながら、明日は明日の道を探す。

自分の心に正直に、
何をやりたいか、何が幸せか、
どうやったら人の役に立てるか、
人を幸せにできるか。

考えなくっちゃ。

世間体とか気にせずに。

一度の人生だから。
長い休暇が終わるかもしれない。そんな予感。



愛を伝えるのを躊躇しているほど、人生は長くない。
桜の花のように。



その通りだ。



終わってほしくないような、早く夏になってほしいような、
そんな気分。
あかりが灯る家に帰りたくて。

こんな気持ちになったことはないけれど。

でも、もしかして、あの日のように扉を開けたら待っているんじゃないかって思った。

そんなはかない期待を繰り返し、自分を正当化し、見失ってゆく。

そんな恐怖。

幸せでいることの、恐怖。

一人ではないことの、恐怖。

会えない1週間、思考が色々なところへ飛ぶ。

考えるべきこと、やるべきことは山ほどあったはずなのに、

今はたった一人のせいで、「その他」を考えずにいる。

私の休暇は一体いつ終わるんだろう。
何の意味があるのか。
ここで引き留めることで、何の意味がある?

本当に私はそれがほしいのか。
それを得ることで、何がプラスになる??

ただ、負けた気がして悔しいだけなんだと思う。
私は、私の生き方があるし、これからなんだってできる。

もう一度、時間の使い方を考え直すことだってできる。

なんだってできる。

久しぶりの更新。

最近は、本当に長い休暇を取っていたかのようで、「時間」に対する意識が疎くなっていた。

原因は明白だ。

今日、私が待ち望んでいた言葉をもらった。


ただ、思っていたような「甘さ」ではなく、なぜか「苦さ」を感じた。

そして、再び私の中の独立心が這い上がる。

自分でもよくわからないや。自分の心のメカニズムが。


とにかく、「時間」とか「目標」とか、しっかり持って、
自分らしく進んでいこう。

この5ヶ月、完全に溺れていた。

一種の「安心」なのかな?

今すごく、すごく自分自身の最近の生活パターンを振り返り、反省したい気分だ。

よくわからないけど。

よくわからないなりに綴って、また明日からまっすぐ歩いていこう。
最近、今の自分に困惑気味だ。

自分の足で立っていなくちゃいけないのに、変わらないものなんてないのに、
25歳で海外!という目標が揺らいでいる。

たった1人のせいで。

変わらないものなんてないから、自分の道を選び続けたいと思いつつ、
どうしても考えざるをえない、存在。

困った。

「たくさんの人に会って、自分を磨くから!」
と言ったくせに。。

ほんと、馬鹿みたい。

これじゃぁ、3年前と何も変わってない。