2025/12/08  19:00 サントリーホール 大ホール

ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン

 

■シューベルト:4つの即興曲 Op.90, D899

■ドビュッシー:アラベスク 第1番

■ドビュッシー:月の光(ベルガマスク組曲より)

 

■プレリュード&Co  ~アーティストセレクション

 

数十年前、中高生だった頃、今のようにYouTubeや配信サービスなどなく、普段音楽を聴きたいと思ったら、レコードやCDを買って聴くのが演奏会に行く以外の唯一の手段だった。

レコードショップに行くと、巨匠と言われる音楽家のレコードやCD(だけ)があり、ショパンやベートーヴェンを聴きたかった私はたまたま行ったレコードショップにあったツィメルマンとアシュケナージのものを購入した。

中高生の頃以降は、弾く方はあまりモチベーションが高まらず、だらだらとやめたり再開したりを繰り返していたが、その間もクラシック(特にピアノ)を聴くのは嫌いではなく、時々これらのレコードやCDを取り出しては聴いていた。

私とピアノの今にも切れそうな細い縁を何とか繋いでくれていたのだ。

特に好きだった(今でも)のがツィメルマンのバラード1番だった。バラード1番は他のピアニストが弾いているのを聴くと「何か違う」と思ってしまうくらい、ツィメルマン版が私にとっての唯一だった。

今は他のピアニストが弾いているのを聴いても’違う’とは思わないが、やはりベストは未だにツィメルマン版である。

私はフィギュアスケートを見るのも好きなのだが、オリンピックチャンピオンの羽生結弦選手がこのツィメルマンのバラード1番をプログラムに使っていた。何かのインタビューで、羽生選手が「このツィメルマンのバラードでないとダメ」と言っていたが、「分かる~」と思ったものである。

 

前置きが長くなったが、今年の春に「コンサートに行こう活動」を始めようと思ったとき、ツィメルマンが来日することがあれば必ず聴きに行こうと思っていたのである。

 

今回のプログラムは、前半はシューベルトの即興曲+ドビュッシー。

当初はシューベルトのみの予定だったが、ツィメルマン本人の意向でドビュッシー2曲が追加されたそうだ。

そして後半は、プレリュード& Co. と名付けられた、多数のプレリュードっぽい曲から、そのときどきで約15~20曲を選んで演奏するという趣向である。意図など詳しくは、下記サイトにツィメルマン本人の言葉で語られている。

クリスチャン・ツィメルマン「プレリュード & Co (その仲間たち)– アーティスト・セレクション」について | クラシック音楽事務所ジャパン・アーツクラシック音楽事務所ジャパン・アーツ

具体的な曲目はプログラムには印刷されず、当日ペラ1の印刷された曲目リストが配布される。実際、日によって多少の入れ替えがあるようである。

 

前置きが長くなったが、演奏自体の感想を一言で言うなら、「別世界」とでも言おうか。

「月の光」などでは天から降ってくるような音があったり、ラフマニノフの「鐘」では遠くから地を伝わって響いてくるような深い音があったり、一体これらの音はどこからどうやって出てくるのか、と思う。

この’音’の醍醐味は生で聴いてこそ、より感じられるものだと思う。今日の演奏会に行くことが出来て、本当に幸せだ。

若いピアニストの「今の自分を全て出し尽くすから聴いて!」みたいな演奏会も大好きだが、年齢と経験を重ねてきたが故に出来るたくさんの引き出しを駆使した試みには、とても心動かされた。

 

少し残念だったのは、今日は客席の雑音がかなり多かったことである。

曲間だけでなく演奏中(しかも最後の曲の「鐘」のクライマックスでも)に頻回に聞こえる咳や、物(多分チラシ?)を何度も落とす音、前半にはあろうことかアラーム音まで鳴っていた。

人間なので、ある程度はしかたがないと思うが、今日は明らかにマナー違反と思われることも散見された。

先週の久末航さんのリサイタルの際は、何もそこまで、と思うくらい客席は静まり返り、一音たりとも聞き逃さないという聴衆の総意がひしひしと伝わってくるようだったことが記憶に新しかったため、余計にそう感じてしまったのかもしれない。

 

と、少し残念なことはあったが、長年恋してきた相手に会えたような、素敵な夜だった。

聞いたところによると、ツィメルマンは日本が好きで、六本木辺りに自宅を持っているとか。だとするとサントリーホールは地元のようなものだろうか。

先日70歳の誕生日を迎えられたそうだが、是非今後も末永く元気でいていただき、また再び、いや何度でもあの素晴らしい音を聴くことができる機会があれば良いなと思う。