5月14日更新分・海洋の旅 【石頭FBノート】 | 手上のコイン Blog

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石頭FBノート 海洋之旅 '170514

五月天の石頭がFBのノートに書いてる日記を、ちょこちょこ翻訳しております。おかしいところがあれば、ご指摘下されば幸いですm(_ _)m



海洋の旅 5月14日更新


誰しもが名前をもっている。普通は自分でつけることは出来ないので、産声をあげた頃に両親か年長者が頭を悩ませなければならない事の一つだ。
何故なら彼らはこの三文字の組み合わせが、この生命の運勢を決めるだけでなく、多くの人の記憶に残る具体的な印象に影響すると考えるからだ。

名前は生まれた家に関係がある。生まれた季節、気候、場所や、両親の期待とリンクしている。あるいは、八字五行で算出された命盤が導き出した文字で、その運命づけられた名を組み合わせる。

僕は父母に自分の名前の由来を尋ねたことはない。きっと父親が長いこと海の上で仕事をしていたことに関係しているのだろう。彼らが名前をつける時に八字の命盤を組んでいて、占った僕の運命が水と関連があったんだとしたら、その占い師が、僕の戸籍に記された名前を考えたんだろう。

僕は水が好きで、それ以上に海が好きだ。ずっと帆を揚げて航海に出てみたいという願望がある。そういった生活を体験してみたいわけでも、冒険に出たいというわけでもない。ただ、水が好きで堪らない。
水には形はないけれど、力があって、それに従うしかない。力を振り絞ってみても、最後にはやはりそこに停滞させられてしまう。そう感じていたのは、力を使わないと泳げなかった水泳技術のせいだということに、最近プロに指導してもらってからようやく気づくいた。

水の中で、僕はいつも無心だ。水の流れが僕の身体の上を通っていくのをはっきりと感じ取れる。羽毛のようになめらかに皮膚を撫でてゆき、しだいに僕の人型の身体を引き剥がしてゆく。
水中を前進し続けていると、人の形をした魚になったようだ、と僕はいつも想像する。
常に水中を悠然と泳いでいる魚のように自分の筋肉を水中の生き物とシンクロさせて浮いたり沈んだり潜ることに集中する。

昨日海洋公園の巨大な水槽の前にたたずんで、水槽内の生き物を長いことじっと眺めていた。
まるで自分が水の中で泳いでいるようで、水の外の状況は自分には全く関係がなく、館外の強い日差しは館内の影を消し去って、水の中の白銀の線がせわしなくきらめいて水面の波が水底に点々と光る星を作り出している。

公園内の設備は行き届いていて、末っ子の楽しみも、魚になったような気分になりたい僕の需要も満たしてくれた。
園内の海洋生物の演出は簡素で、過度にトレーニングされている様子はない。他の同じような施設の方が華やかで生き生きとして見えるが、それぞれの展示室が最終的に海洋の尊重と保全のための要求、教育とエンターテイメントとのバランスを満たしていて、僕はこの四十年の歴史をほこる公園に対し心から敬意を覚えた。

陸上の海洋の旅を終え、二人の息子もこのか弱い生命に対する憐憫を覚えたようだ。この休暇もようやく手にしたものだが、無駄にはならなかった。
僕の両親が僕の名前を大海に関係のある名前にしてくれた事に感謝してる。それは僕の人生に影響を及ぼし、ゆとりが生まれるのを感じられた。
恋せずにいられないこの無重力の世界。
もし本当にこの世界で生きることができたなら、僕は貪欲になることも欲望に飲み込まれることもないようにと願うだろう。






占いに興味が無いもので、なんのことやら?って感じだったんですが、八字も五行も占いの一種?命盤っていうのは占星術でいうホロスコープみたいなもんなのかな?教えて!詳しい人!(←他力本願かい)
…いや、八字が生年月日でそこから占うくらいはわかったんですけど。五行はあれですよね、五行説のやつですよね。陰陽師が使ってたやつよね。


ってことで。一応書いておくと、石頭の本名は石錦航です。航の字は船の意味がありますね。