入院して直ぐ、N先生から「親御さんを呼んでください」と言われる。両親は共働きで不規則な勤務、地元から病院まで新幹線を使って3時間以上かかる距離だから、無理ですと私が言い淀むも、「今すぐ連絡を取りたい」と引かないN先生
後で聞いた話だと、この時の病状は生きるか死ぬかだったとのこと。ステロイドの点滴も効いてきて、サチュレーション96パーセントとか取れていたけど、この後さらに発作を起こしたら危なかったらしい。
とりあえず両親に入院したことと、病院まで来て欲しいことをメールで伝える。
そこから6時間ごとにステロイド点滴をして、吸入指導。後日両親が面会に来てからICをした。ICでは両親に向けて病気の説明と対策、あとこれからどう過ごすかを話した。N先生的にはとりあえず峠は越えたけれど重積発作を起こすほど重症、まだ発作も治らないしいつ発作を起こすかもわからない、働くのは難しい、地元(親元)に帰るのはどうか?といったこと。あと、重症すぎて僕は看られない、ここの病院では手に負えないのでアレルギーの専門病院を紹介しますと言われた。
両親と相談して、働くのはしばらくは無理、地元には帰りたくない(現旦那と同棲中でした)と簡単に打ち合わせして、あとはN先生に任せるということにした。
入院中も入浴時発作を起こして、シャワー禁止になるなどハプニングはあったけど2週間ほどで喘鳴が聞こえる!ようになり退院許可が下りた。
この入院時
メチルコハク酸プレドニゾロンで症状が治らずリンデロン第一選択となる
退院直前発作を起こしてレスキュー
使用再開 。
仕事はそのまま有給→休職いうことに。
2017.2 K病院へ転院
ここで出会ったM先生は喘息の権威
めちゃくちゃ的確な指示を出してくれて感動しました
アレルギー性気管支喘息の重症と再診断される。転院後リンデロン→プレドニンへ変更、プレドニゾロンを使わずに点滴に通うよう言われる
この頃はステロイドの副作用により筋力も低下してて、夜ごはんを作るためにキッチンに立つのもやっと。フライパンを持ち上げられなかった(笑)右の股関節に違和感と痛みがずっとあって、大腿骨骨頭壊死になると嫌だなーと思ったのと体力的に歩けなかったのもあってこの頃はロフスト生活してました。
2017.2.6からプレドニン30mg
2017.2.13からプレドニン20mg
2017.2.20からプレドニン15mg
2017.3.1からプレドニン5mg
2017.5.24からプレドニン2.5mg
2017.6.21からプレドニン2mg
2017.7.26からプレドニゾロン1mg隔日投与
2017.8.16からステロイド内服OFF
2017.4M先生が移動のためT先生へ交代。このT先生、呼吸器内科としては優秀かもしれないけど、処方箋は漏ればかりだし診断書は数ヶ月待たされるし、症状を伝えると精神安定剤を出そうとする…本当に相性が悪い主治医だった。プレドニン10mg以下の減量は未知の世界、少しゆっくり減量したいというも強行突破され、プロトコル通りの減量。毎回減量開始2週間は記憶がないほどベッドから起き上がれない生活へ。
2017.8
レルベア+スピリーバへ
2017.9なんとかプレドニンが0mgに!喘息の症状も1月の入院前よりだいぶ落ち着いた雰囲気。でも、ステロイドのせいにしていた右の股関節にあった違和感が治らない。T先生に報告して、すぐにMRI検査
つづく