何故、最初から僕の名前や立場を知っていたのか、とか
何故、まるで元々僕を知っているかのような様子だったのか、とか
数多のスカウトを断ってきたのに、何故弱小事務所社長のスカウトを条件付きとは言え受け入れたのか、だとか
薄ら感じていた不思議な点と点が線で繋がった



もしも、社長としての僕の熱意が伝わって、だとか我が事務所ならモデル活動をしても良い、と思ってくれての事なら良いなと思った
もしも、ひとりの人間として僕にならついて行っても良いと思ってくれたのなら自分の人生や歩いて来た道も無駄では無かった、と思えた



何故、僕のスカウトを受けてモデル契約をしてくれたのかは分かった
彼の言葉に嘘は無い事も分かった
けれども、その上で『何故僕なのか』『何故、忘れたい過去を思い出させるのか』という焦りや憤りにも似た消化出来ない複雑な思いがふつふつと湧き上がってくる



「食べ切れない分は冷蔵庫にでも入れて、嫌でなければ明日食べたら良いよ」

「シム社長は本当に食べないんですか?」



大きなダイニングテーブルは備え付けだったのだろうか
ひとりで使うにはあまりに広く、そしてひとりで使う光景を想像すると寂しい



「他人行儀になられると余計に食欲が落ちるから止めてくれ」

「...すみません」



広いテーブルで向かい合って座っているから、表情が見えない、なんて事は無い
苛立ちが伝わらない筈もない
話を聞いてみたら驚く程純粋で真っ直ぐな、二十歳になったばかりの何も悪い事をしていない青年に当たるなんて最低だ



「謝るのは僕の方だ
まだ、直ぐには君の話を消化出来そうになくて…悪かった」

「俺が勝手に憧れて目標にしてこの国に戻ってきただけだ
シム社長…チャンミニヒョンは何も気にしないで欲しい」

「...ごめん」



僕なんかの料理を楽しみにしてくれていたのに、まるで世界が終わったような重苦しい雰囲気の中で箸を持つチョンユノが不憫だ
でも、僕だって…過去を知られていたのがショックだし、生まれ持った素質や才能のある若者に『憧れ』だと言われるような実績も何もないほぼ無名の元モデル
だからこそ、真っ直ぐな気持ちを伝えられても居心地が悪い



「チャンミニヒョンに会うまで、どんなひとだろうって想像してた」

「そう」

「普段何をしてるのか、何が好きなのか、とか…
どんな風に喋るんだろう、とか
ショーのバックヤードインダビューで一度だけ声は聞いた事があったけど...この話もしない方が良い?」



初対面の時から、まるで年齢なんて関係無いのだと言わんばかりに不遜な態度を取ってきたくせに、今更殊勝な顔を見せる
腐っても社長だから、契約モデル達は僕の顔を立ててくれているけど、彼にはそんなの望んでいないのに
いや、そうさせているのは僕の態度がこんなだからだ



「今はまだ頭が混乱してるから、ごめん
でも...実際に会ってどうだった?
昔は体重制限が厳しかったから、今はあの頃より体重も増えた
姿勢や歩き方は気を付けているけど、歳も取った
『あの写真』の頃とはもう随分違うだろ?」



折角僕を見てモデルを目指したと告白してくれたのに、どうにかしてそれを否定させようとしている
否定されたらされたできっと傷付く、なのに受け入れる事も出来ない
受け入れられるような経歴ではないからだ



大きなテーブルを挟んだ真向かいに座っている
少し距離があって良かった
それとなく視線を逸らせるし、気まずそうな青年に気付かない振りをしていられるから



「俺は…モデルだった頃のチャンミニヒョンの年に漸く近付けた
でも、チャンミニヒョンは俺と同じだけ年齢を重ねているって…当たり前なんだけど分かって悔しい
それと、感動もしたよ」

「感動?悔しい?」



思わず首を傾げたら
「やっとちゃんと見てくれた」
と泣きそうな顔で言われた
ひと回り近く年下の、まだ若過ぎる青年に気を遣わせて、僕は一体何をやっているのか



「追い付けないのが悔しい
俺がどれだけ背伸びして大人ぶっても敵わないのが悔しい」

「感動は?」

「どんな想像よりも目の前のシムチャンミンが綺麗で感動した
生きて動いてる、しかも俺を見てる、って…」



漆黒の瞳を至近距離で見ても、本音は見えなかった
分かり易い、だけど秘めた何かを抱いているように思えた

今僕をじっと見つめる黒い瞳も変わらずに僕を捉えている
そして、まるで人形のように完璧な青年は今一番人間らしく見えた
望まなくても何でも持っているように見えるのに、確かに今、僕に向けて野望のような熱を孕んだ視線を寄越している



「チョン君みたいに完璧な子に言われたら、取って食われそうだよ」

「食べたりしない
憧れで、好きで堪らないんだから」



何も返せないでいたら、青年も切り替えたように下を向いて食事に集中したようだ
薄くなったアメリカーノをゆっくりと飲み干した頃、チョンユノの前の皿も空になった



「ご馳走様です
作ってくれてありがとう、美味しかった」

「無理に褒めなくて良いよ」

「無理?どうして?
俺は本当の事しか言ってない」



そうだった
分かっていたのに、知られたくない過去を蒸し返された事で卑屈になっているようだ



「僕は片付けて帰る
タクシーは自分で呼ぶから、チョン君は部屋に戻ったら?」



立ち上がりキッチンスペースへ向かった
何となく彼の前に立つのが気まずいから、ダイニングから出て行ったらテーブルの上の食器を片付けよう
カウンターに手を置いて、ふうと息を吐いた
背を向けているからチョンユノの動向も分からない



今夜はゆっくり眠れないかもしれない
過去が脳裏にちらついている
だけど、何時までも卑屈になっていても仕方無い
『才能が無かったのだから仕方無い』
『裏方が天職だった』
『過去があるから今がある』
そう、心から思っていたつもりだったけどまだ乗り越えられていない

これからは少しでも頼れる大人になるように、きちんと過去と向き合っていこう
結果を出せずに干されて希望の仕事は来なくなり引退したのだから、後輩達の育成やマネジメントに力を入れなければ…



「片付け、俺も手伝う」

「え…うわっ、びっくり……!」



振り返ったら何時の間にかチョンユノが立っていた
びっくりした、と言い終わる前に言葉は出口を失った



「昔から憧れてる、好きだって言ったのに…
伝えたらチャンミニヒョンに心を閉ざされて、どうしたら良いのか分からない」

「…どうして良いか分からなかったら、ハグしてキスまでするのか?」



出逢って数時間でもっと凄い事をした
この青年はやはりどこかズレているし海外生活が長いし、見た目より実際は幼い、いや年相応なところもあるから驚きは小さかった
だけど、密着している胸がシャツの上からでも分かってしまうくらいドキドキと上下していて、どうしたら良いのか分からない



「俺を追い出そうとするなよ」

「此処は君のマンションなのに、変な事を言うなよ」

「チャンミニヒョンが俺から離れようとした」



まるで拗ねているようだ



跳ね除けてしまいたい
一刻も早くひとりになりたい
そう思っていたのに、漆黒の瞳に僕の姿が映っていると逃れられなくなる
どうしたってこの青年はあまりに魅力的で、だからひと目見ただけで抗えなくなったのだ



「そうだな、確かにひとりになろうとした」



まだ解放されないままだから、細く見えて広い背中をそっと擦った



「どうしたら良いのか分からない
これは僕の問題なのに、僕の気分で当たってしまって悪かった」

「…チャンミニヒョンはモデルを続けたかったのに仕事が無くなったって本当なのか?」



言い難そうに、恐る恐ると言った様子で尋ねられた
僕だって嘘なんて吐かない
それに、冷静に考えれば干されなくたってそもそも続けられなかった、世界では戦えなかった
身長もスタイルも中途半端、ブランドが欲しがるカリスマ性も無かったのは自分が一番分かっていたから



「君が見たって言うショーに出た後、出演モデルの中で評価された仲間も居たけど、僕は何も無かった
それ以降海外の大きなコレクションには呼ばれる事も無かったし、オーディションへの参加も出来なくなった」



当時の事務所スタッフやマネージャー達に何度も何度も『どうすれば良いのか』と相談した
彼らは口を揃えて『君には国内のショーや雑誌、広告モデルが向いている』と僕を説得した
仕事を選ばなければ、続けられた
結局僕のプライドの問題だったり、理想が高過ぎたのだろう



「君は僕と身長が変わらないけど、バランスが凄く良い
何より、ひとを惹き付ける魅力がある
自分が上手くいかなかったからこそ、君をちゃんと売り出したい」

「……」

「海外では声を掛けられなかったって言うけど、僕にとってはむしろラッキーだった
僕が声を掛けるよりも先に、知らない誰かに取られずに済んだんだから」

「だから!俺はあんたのところでモデルになりたかったんだって!」

「ふ、そうだったね」



気が付いたら、青年は何時ものように僕に接していた
話したく無かった、封印していた過去だけど、少し話したら意外にも簡単に心は軽くなった
まだ、ほんの少しではあるけれど



「で…チョン君、そろそろ離して欲しいな」

「分かった、その代わりお願いがある」



少しだけ腕の力が緩んだから、至近距離で真正面から向かい合っている
身長が変わらないから、視線は同じ高さだ



「何?」

「チョン君、とか君、じゃなくて『ユノ』って呼んで欲しい
仕事の時とか、他の誰かが居る時は何時も通りで良いから!」



毒気が抜かれてしまう
こんなにも完璧で恵まれている青年が僕に憧れ、必死に名前で呼んで欲しいと訴えている
卑屈にしか捉えられないと思ったのに、絆されてしまう



「俺、ストーカーじゃないよ
あのパーティーは、その…チャンミニヒョンが来るって分かって顔を出したけど、本当に憧れなんだ、だから…」

「君は嘘を吐かないんだろ
伝わってるよ、ユノ」

「……っ、チャンミン!ありがとう!」



また、がばっと抱き締められた
やはり彼はまだまだ幼い、大きな子供だ

見つめ合うと緊張したけれど、密着してしまえば目を見なくて済むから緊張しない
そう思ったけど、耳元で「好きだ」なんて言うからドキっとした



「…はあ…大変だ」



聞こえないように呟いて、またぽんぽんと背中を撫ぜた
親愛と憧れの『好き』でキスをしたり抱きたいと言うなんて驚きだけど、彼にとってはこれは愛情表現の一種で言葉遊びのようなものなのだろう



「チャンミニヒョン
やっぱり今夜は泊まっていってよ」



やっと開放されたと思ったら、満面の笑みで言われた



「はあ?何言ってるんだよ
着替えもないし…」

「スーツ以外なら色々あるよ
モデルとして何でも着こなせるように、って服は沢山持ってる
カジュアルにならなければ大丈夫だよな?」

「……」

「もしもスーツが必要なら、明日の朝一旦チャンミニヒョンの部屋に戻ったら良い
そうだ、下着も靴下も新しいものがある!」



まるでお泊まり会ではしゃぐ子供だ
断ったら眉を下げて悲しむのか、それとも必死に引き止めるのか…
分からないけど、僕はとことんチョンユノに…ユノに甘い自覚がある



「分かった
その代わり、こんな事滅多に無いからな
幾ら君が素晴らしい逸材だとしても、社長として特別扱いは良くないし…」

「やった!」



飛び跳ねる勢いで喜ぶユノを見たら、これで良いと思った
ひとりの部屋に戻り、眠れない夜を過ごして過去に囚われるよりも良いかもしれない
それに、『本気で次は抱く』と何度も話すのは言葉のあやで、モデルとしてそれだけ憧れてくれているだけだと思えたから安心だ



そう思ったのだけど…



「ベッドはひとつしか無いから、チャンミニヒョンはこっち側で良い?」

「別にどっち側でも良いよ
それに、これだけ広かったら気にならないよ」



新しい下着と新しい部屋着まで借りて、あの夜以来、の寝室にやって来た
欠伸を噛み殺しながらベッドに潜り込んで目を瞑ろうとしたら、漆黒の瞳が覗き込んできた



「…何?」

「次は絶対抱くって言ったけど、我慢する
無理矢理は良くないし、俺の気持ちはちゃんと伝えたから」

「え…何、それ…」

「だから、好きなんだよ
憧れだったのが、実際に会って恋だと気付いた…いや、恋愛の好きになったんだ
絶対に諦めないし絶対に俺を好きにさせてみせるから、その時はチャンミンを抱く」

「…っ…」



熱い瞳と熱い言葉、熱い唇が頬に触れた
それだけで僕にまで熱が移ってしまったようにくらくらした
眩しいし敵わないし、どうしたら良いか分からない



「何だよ、それ…
冗談だと思ったから受け流せたのに、本気なのかよ…」



両手で顔を覆って呟いた
顔まで熱い



「チャンミニヒョン、顔が赤い
こんな顔が見られるなんて、昔の俺が知ったら嫉妬する」



僕は十歳…いや、十一歳も年下の同性と恋をするつもりなんて無い
なのに、嬉しそうな声を聞いて胸が騒がしくなった



今夜は別の意味で眠れなくなりそうだ











━━━━━━━━━━━━━━━

長くなりましたが、後一話か二話です
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです

お話のやる気スイッチになるので
読んだよ、のぽちっをお願いしますドキドキ
                ↓
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村